破壊の申し子は今日も眠たげ
ある日の朝
ザバファール大陸 イカザ島
ここにはシヴァが住む神殿『アトランティス』がある。ここで就寝したり、食事を取ったりしている。
シヴァは朝起きるのが苦手なので、システムトリムルティが起こしている。
今日もシステムトリムルティの一つ『アグニ』が声をかけてシヴァを起こした。
「『朝になりました。起床して下さい』」
「ん~……、後5分……」
「『5分も今も変わりません。起床して下さい』」
「ぶう……」
不貞腐れた表情で寝床から起き、思いっ切り伸びをする。神殿から薄暗い洞窟の中に出て、溜まった水で顔を拭いた。
その間にシステムトリムルティの『ハヌマーン』と『ラーマ』が【
「『では朝御飯にしましょう。今日は果実の盛り合わせです』」
【収納空間】から出て来たのは周辺で取れた果物だ。それを【
「はーい……」
寝ぼけまなこで器に盛られた果実を食べ進める。味は甘く、時々ほのかな酸味がする。
巨大な体のため、すぐに食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした」
システムトリムルティの『ガネーシャ』に切り替わり、
「『今日の予定を伝えます。外出をしてザバファール大陸からヘリドット大陸を移動。その間に諸島を偵察します。特に迷宮での異常が無いかを重点的に確認し……』」
シヴァはつまらなそうな顔をして聞いていたが、システムトリムルティにとっては必要な仕事なので、何も知らせずに連れ回す訳にはいかないのである。
シヴァの
「『それでは離陸します。態勢を小さくして下さい』』
「分かったー!」
『クリシュナ』がシヴァに注意を促すと、シヴァの身体が【浮遊魔法】で宙に浮き始めた。ゆっくりと浮き上がり、地上へと繋がる縦穴へ入る。徐々に速度を上げて、地上へと飛び出した。飛び出す際に周囲の下級魔獣が飛んだり走ったりして逃げ出した。
「『本日も晴天。風も良好。ティターニアからの報告通り』」
『ブラフマー』が天気を確認して、シヴァを海へと着水させた。できるだけ水飛沫を起こさないように下ろし、シヴァを解放する。
「『それでは行きましょう。案内を開始します』」
「はーい!」
『アグニ』の魔道具で方向を示し、シヴァはバタ足で泳ぎ始めた。
まだ犬搔きの様な体勢での泳ぎ方だが、これでもかなり上達している。以前は泳げずにシステムトリムルティが【浮遊魔法】で浮かべながら移動していた。魔王が見かねて指導したおかげか、ここ数年で何とか泳げるようになった。
深い青一色に染まった海、雲が描かれた青空、時々遠くに見える鳥や翼竜、跳ね回る魚達、シヴァにとって毎日違う光景は何よりも楽しかった。目にする物一つ一つが新鮮だ。
「ギャーギャー鳴くよドラゴンさん♪ 鳥さん追われてさあ大変♪」
突拍子もなく思いついた言葉とリズムに乗せて歌いながら泳ぎ続ける。時々流れに身を任せて休憩を挟みながら、目的地まで辿り着いた。
目的地と言っても、広い大海原の真ん中だ。
『ヴィシュヌ』が起動し、音声を発した。
「『シヴァの意識を一時的に終了します。これより、任務を開始します』」
その音声と共に、シヴァはゆっくりと眠りについた。身体を丸めて小さくし、赤ん坊の様な格好になる。
それとは正反対に、システムトリムルティが付いた髪が逆立って、まるで巨大な傘の様になる。
「『システムコード・アーパス起動。水中敵影確認。目標を補足しました』」
「『システムコード・ヴァーユ起動。風向、風量確認。影響微小』』
「『トップシステムコード・ヴィシュヌ、攻撃プログラム起動』」
髪のラインに沿って、無数の魔法陣が展開される。そして、
「『発射まで5、4、3、2、1』」
「『ハッザー・シャールンガ』』
一瞬だった。
無数の魔法陣から一斉に光線が降り注いだと同時に、海面に当たる前に海の一部を蒸発させ、補足した敵、魔獣達を貫き、塵も残さない威力で一掃した。
蒸発した海の蒸気でシヴァは軽く濡れてしまったが、それ以外の影響は無かった。逆立った髪はゆっくりと戻り、落ち着いた状態になる。
「『敵性反応、完全に消滅。戦闘態勢を解除します』」
「『数分後、シヴァの意識を覚醒。行動を継続させる』」
システム同士がやり取りをしながら、熱された場所から少し離れた場所に着水する。
しばらくすると、シヴァの目が覚めた。欠伸をしてシステムに挨拶する。
「おはよう……」
「『おはようございます。15分の休憩後、移動を開始します』」
「む~……。そう言えば、魔王様は来ないの?」
シヴァの問いかけに、システムトリムルティは返答に時間がかかった。
「『申し訳ございません。今日は来られないようです』」
「ぶー!」
随分と不貞腐れてしまったが、しばらくしたら機嫌が直った。
・・・・・・
再び移動を開始し、数時間でヘリドット大陸が見える場所まで到着した。
シヴァのスキルがまだ制御出来ていないため、上陸はしない。遠くからシステムトリムルティが調査し、異常が無いか調べる。その間にシヴァは『ラーマ』が取り出した食事を海上で食べていた。
「『システムコード・ヴィヴァスヴァット、監視完了。異常無し。帰還を推奨します』」
『ガネーシャ』がそれを聞いてシヴァに指示を出す。
「『お疲れ様でした。それでは引き返しましょう』」
「うん……」
シヴァは大陸をジッと見つめ、すぐには動かなかった。
システムトリムルティはシヴァの脳波を感じ取り、地上に興味を持っている事を察した。
「『気になりますか?』」
「行ってみたい!」
「『もう少し大きくなってからなら構いません。今はダメです』」
「いじわる!!」
不機嫌になりながら振り向いて、大陸から離れていく。
スキルで被害が出るのを防ぐ以外にも、大陸に近付けない理由がある。
それは、シヴァが以前、魔族領を攻撃してしまった事があるからだ。
システムトリムルティが起動した際に、魔族を敵性体と判断して攻撃してしまったのだ。
魔王が全力でシステムを止めたため、そこまで大きな被害は無かった。
その時の記憶は失われているが、復元して思い出してしまう可能性がある。
まだ幼い精神のシヴァには受け止めきれず、精神障害になるのを避けるために近付けないようにしている。
スキルのコントロールもそうだが、そちらも懸念事項の一つだ。
引き返してから数時間、ザバファール大陸の領域まで戻ってきた。日は傾いて午後になっている。
システムは周囲を警戒しながら進んでいくが、シヴァは気にせず指定された方向にただ泳いでいく。
「今日はもう帰るの?」
「『本日の予定は全て完了しました。現在アトランティスへ帰投中です』」
「えっと、どういう事?」
「『家に帰るという事です』」
「なるほどー!」
退屈な一日が終わってようやく帰れると思い、意気揚々と速度を上げた。
「『警告。勇者が接近中。至急対処せよ』」
しかし、それを阻む者が突然現れた。
『クリシュナ』の出した警告と同時に、システムトリムルティが一斉に稼働する。
「『魔力測定完了。脅威レベル4。敵性対象です。迎撃を開始します』」
「『トップシステムコード・ブラフマー、ヴィシュヌの権限により、シヴァの意識を強制終了します』」
シヴァの意識を無理矢理眠りに誘い、そのまま眠らせる。
【浮遊魔法】で身体を浮かし、髪が逆立ち始める。
「『システムコード・ヴィヴァスヴァット、敵性反応捕捉。有効術式を提示します』」
「『トップシステムコード・ブラフマー、ヴィシュヌ、承認します』」
「『システムコード・ドゥルガー、術式展開開始』」
先ほどとは別の魔法陣が広がった髪に展開され、魔力が集められていく。
「『システムコード・ヴァーユ、目標までの風向、風量確認完了。誤差軽微。問題無し』」
「『システムコード・アグニ、目標までの誘導計算完了』」
「『トップシステムコード・ヴィシュヌ、攻撃プログラム起動』」
シヴァの周囲が、まるで鮮血を浴びたかの様な眩い赤で輝き、大量に魔力を収集した影響で魔力が変質し、海面に赤い雷が降り注ぐ。
空気は歪み、海は荒れ、空をも赤く染め、生き物達は一斉に逃げ出した。
その禍々しさ、重さは一目見ただけで分かる程危険だという事を思い知らせた。
「『発射まで、5、4、3、2、1』」
カウントダウンが始まる。そして、
「『バハドゥール・スラマーディニ・トリシューラ』」
全てを消し去らんとする一撃が放たれた。
・・・・・・
風の勇者『マーマン』は、勇者マカロ達がアヴェンジ山脈で全滅したのを受け、他の大陸の偵察へ駆り出されていた。
正面からの突破は困難とされ、他の大陸に上陸して侵攻する提案がされた。
それが可能かどうかを調べるため、マーマンと【
現在はザバファール大陸を目指して移動中だ。
「しかし、驚きました。まさか他に大陸が存在するなんて」
隊員の一人が呟いた。
「1500年前に魔王が人族を追い込んでから外界の情報が極端に入りずらくなったからな。他の大陸の存在を知らない連中が多いのはそのためみたいだぜ」
マーマンが極秘事項スレスレの情報を答えた。マーマンは昔からがさつな一面を持っているため、こう言った国の重要な秘密を他人に話す事がある。ただし、大事な知人の秘密は守る。
編隊を組みながら飛行を続け、ザバファール大陸が見える所までやってきた。
「よーし後もう少しだ。気張って行くぞ!」
「「「「「はい!!」」」」」
偵察部隊はマーマン含め10人と少人数だ。全員が精鋭のため、遅れを取る心配は少ない。
「到着したら野営を行う。各自役割を果たせ」
「了解しました」
「マーマン隊長、もし魔族と遭遇した場合はどうすれば?」
「ん? そうだな、殺して標本だ」
「え、それは……」
隊員の一人が口ごもった。
「上からの命令だよ。どうしても魔族のサンプルが欲しいんだと。まあ心配するな、全部俺がやるからよ」
笑い飛ばしながら固まった空気を和ませ、大陸へ向かう。
「後5㎞も無いか、魔力の配分に気を付けろよ」
その時、マーマンの左方向から真っ赤な光が放たれ始めた。
「何だ?!」
マーマンは急停止し、状況を確認する。
「『探索』!!」
勇者の派生スキルで光源に向かって『探索』を使う。
『探索』は対象の状態を確認したり、どれほどの実力を持っているのかを調べる事が出来る。
「隊長! あれは一体……!」
「冗談じゃねえ……、あんなのが魔族領にいるのかよ……」
隊員がマーマンの顔を覗き込むと、蒼白になっているのが分かった。
「隊長?」
マーマンは頭を掻きむしり始める。
「無理だ、勝てるわけがない!! あんな怪物と戦ったら人類なんざ一瞬で終わりだ!!」
「隊長、指示を!」
「うるせえ! 勝手にしろ!! 俺は逃げるぞ!!」
隊員達を押しのけて、光とは逆方向に飛び始めた。隊員達は呆気に取られていたが、すぐに持ち直す。
「と、とにかく光源から離れるぞ!」
「お、おう!」
マーマンの後を追うような形で、隊員達も方向転換して飛んで行く。
だが、それも無意味に終わる。
「『バハドゥール・スラマーディニ・トリシューラ』」
放たれた赤い閃光は、隊員達を一瞬で飲み込み消し炭にした。
何の反応も抵抗もする事を許さないその一撃は、無慈悲と言うに相応しいだろう。
そして、先に逃げたマーマンにも襲い掛かり、1秒も持たずに飲み込まれた。
不幸にも無駄に頑丈だったせいで、完全に焼かれるまでに数十秒意識が残ってしまった。
全身を容赦無く焼かれ、一呼吸で内臓が炭となり、手足はボロボロと崩壊し、強烈な激痛が意識を奪っていく。
絶叫する事も許さず、絶対の痛みを与えられながら死を実感させられる。
この間で、マーマンは後悔した。こんな仕事を受けるべきでは無かったと、そもそも勇者として生まれたくはなかったと、あらゆる事を後悔し、死へと向かって行く。
そして、十分過ぎる地獄とも言える数十秒が終わり、ようやくマーマンは死んだ。
・・・・・・
「……ん?」
シヴァが目覚めると、イカザ島の上空だった。
「あれ? 寝てた?」
「『おはようございますシヴァ。緊急の用件があったためしばらく寝てもらいました』」
「そうなんだー、らくちんだったからいいけど」
お気楽な答えでアトランティスに続く穴へ入っていく。
「『戻ったらシステムコード・サラスヴァティのお勉強です』」
「え~!? もう終わりって言ったのに?!」
「『それは外での用事です。戻ったら戻ったでやる事があります。異論は認めません』」
「ぶー!!」
不貞腐れながらも、渋々『サラスヴァティ』の勉強を受けるのだった。
時刻は夜になり、幼いシヴァには起きているのがしんどい時間になった。
その証拠に、うつらうつらと眠りそうになっている。
「『そろそろお休みの時間です。神殿に入って下さい』」
「は~い……」
ノソノソと神殿に入り、ゆっくりと横になる。
「お休みなさい……」
「『お休み、シヴァ』」
システムトリムルティ達はシヴァの寝顔を見ながら、スリープモードに入るのだった。
・・・・・・
シヴァは夢を見ていた。
魔王様と一緒に魔獣を倒したり、料理をしたり、沢山遊んだりした。
そして、地上に上がって、まだ会った事の無い『お友達』を沢山作った。
皆が笑顔で、楽しく過ごしている、そんな夢だ。
システムトリムルティ達はその夢を見守っていた。
いつか現実にするために、叶えて上げるために、気づかれないように解決策を探し続けている。
互いに思い、いつか叶える夢を見て、今日を終える。
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