天の顔を変える者


 魔都 魔王城


 今日も十二魔将会談が行われていた。


 会談はその日の予定、前日の報告などを行う場であり、各自によって変わって来る。


 例えば、アギパンは魔導学園関連の報告、ヴァンダルはギルド関連の報告、レオールは人族領からの侵入者関連の報告になる。


 そして、ティターニアは各地の天気の報告をしている。


 今日もティターニアの天気予定が伝えられた。


「以上が本日の天気になります」

「なあティターニア。今日の午後の天気変えられそうにないか?」


 ラディオンがティターニアに希望を出す。


「申し訳ありませんが、他との帳尻ちょうじりを合わせるとどうしても変更するわけにはいかないんです」


 ティターニアの天気予定は魔族領全体で調整している。これをかたよらせてしまうと、災害に直結しかねないため、容易には変えられない。


「そっかあ、……じゃあ仕方ねえや。今日の訓練の内容をちょっと変更しないとな」

「ティターニア様、1ヶ月前とはかなり変更していますが、何か問題が?」


 マリーナが質問するのも無理は無い。ティターニアの天気予定は何カ月も前から行い、後々微調整していく。1ヶ月前ならばそこまで変更する必要は無いはずなのだ。


「そうかしら? 11年前の天気予定と類似したケースなの。だからそこまで問題じゃないわ」

「そうですか。でしたら私からは以上です」


 大人しく引き下がり、進行に戻る。



 この後も特に問題も無く、会談は終わった。



 ・・・・・・

 

 ティターニアは天気庁に戻り、一人で今日の天気を設定していく。


 設定は天気庁の施設内部にある『中央管理室』で『魔力炉』を操作することで可能になる。操作方法は設置されているパネルを使って入力すれば完了する。傍から見れば簡単だが、固有の魔力を込めながら入力しなければ動作しないためただ操作しただけではダメなのだ。


 ティターニアの魔力だけが操作を可能にししている。と言うよりは、魔力炉に溜まっている魔力自体ティターニアの物だ。故に、ティターニアだけが動かせる。



 天気予定を入力し、一息ついて椅子に座る。


 魔力炉が作動し、轟音を立てながら魔法変換を行う。魔法変換は、天気の変更に必要な雲、乾燥、湿潤、日光出力調整等を行える魔法が行使できるようになる。


 天気庁にはそれらの魔法を指定した場所へ『飛ばす』事を可能にする『魔導遠隔発動装置』が搭載されている。この装置を使って天気魔法を射出し、各地の天気を予定通りに変更する。


 

 天気予定を設定した後は、書類仕事に入る。


 ティターニアは各所の事情を全て確認して天気を決めている。そのため、各所の情報を全て知らなければならない。送られてくる書類に目を通し、次の天気予定を組んでいく。これを1年先まで決めるが、後から急な予定の変更、気候の変化があるため直近で変更する事が多い。


 

 そんな仕事の最中、警告音が鳴り響く。



 空中に映像が表示され、警告となる対象を移していた。そこに映されたのは3組の勇者パーティーだ。どれも5人程度のパーティーだが、感知した魔力量からして実力のある者達だ。


 それぞれ船長と船員が乗った大型船に乗って魔族領に入ろうと試みている様に見える。



 しかし、ティターニアは動じなかった。



「予想通りのルートで来てくれたわね」


 まるであらかじめ分かっていたかの様につぶやき、書類仕事を続ける。


 ・・・・・・


 風の勇者が死亡した。


 

 その知らせは勇者達を震撼させた。


 魔法に特化した勇者は稀で、非常に強い力を有している。その実力は勇者の中でトップクラスだろう。今回の偵察任務も彼の実力を見込んでのことだった。


 しかし、結果は死亡。それがどういう事を意味するか、想像は容易いだろう。


 

 今回選出された勇者は、計3名。


 隠遁の勇者『サスケ』、弓の勇者『ボーガ』、短剣の勇者『カフィ』。強力なモンスターを単騎で倒せる実力を持ち、サポートがあればさらに強い。


 各パーティーそれぞれ船に乗り、別々の大陸に上陸する予定だ。大昔に作成された地図を頼りに、安全に渡航できるルートで進行していた。


 

 しかし、サスケの乗った船は大きな問題に直面していた。


 

 突然の大嵐に会い、船の操縦が困難になっているのだ。


 船員達は急いでマストを閉じたり、荷物を船内に片付けたりと右往左往していた。サスケ達一行は船長の指示で船内に入っていた。


「随分と荒れていますね」


 サスケが船長に話しかける。


「ええ。ですが、ここまで急に変わるのは初めてですよ」

「そうなんですか?」


 魔法使いが船長に聞いた。まだ年端もいかない少女なので色々と知らないのも無理はない。


「そりゃあいきなり目の前で積乱雲ができて大嵐に会うなんて生まれて初めてですよ! この道30年やってますが、見たことも聞いたこともないです」


 船長の力説はとても説得力のあるものだった。頭の上でいきなり雨雲ができれば誰だって驚く。


 そんな話を聞きながら嵐が止むのを待つが、弱まるどころか強くなる一方だった。揺れは大きくなり、船に当たる雨粒の音も激しさを増していく。ついでに雷まで降ってくる始末だ。


 船長の表情も険しくなり、他の船員達と話し合いを始めた。航海について素人のサスケ達でも、危険な状況なのが分かる。窓から外を見ても、激しく雨粒が当たって何も見えない程だ。


「(これは大変な旅になりそうだ……)」


 サスケが先行きが良くないと思った矢先だった。



 船が大きく揺れて、凄まじい音がした。



「え、何?! 何?!!」

「何の音だ?!」


 サスケ一行がいきなりの出来事で混乱していた。サスケもすぐに対応できていない。


「どうした!? 何があったか報告しろ!!」


 船長が船員に大声で指示を出した。奥から慌てて船員が駆け込んでくる。


「大変です!! 船底に穴が開きました!!」

「何だと?!」


 驚いている暇もなく、次から次へと衝撃が続く。慣れていないサスケ達はもちろん、船長達もまともに立てない状況だ。


「岩礁に乗り上げたか?! 外の様子は見れるか!?」

「ダメです! 嵐で視界の確保できません!!」


 船長は舌打ちして自分の腰に太いロープを巻き付けた。絶対に外れないようにきつく締めあげる。そして、サスケ達にロープの反対側を投げ渡す。


「命綱だ! しっかり持っていてくれ!!」

「分かった!!」


 サスケ達は体にロープを軽く巻き付けて、しっかりとロープを掴む。船長はゆっくりと壁を伝いながら、甲板に出た。豪雨に揉まれながらも、何とか船首まで辿り着く。


「船長! 何か見えますか?!!」


 船員が大声で聞くが、返事は無い。あまりの強風で声が掻き消されてしまっている。


 船長は何かを確認して、急いで戻ってくる。何とか声が聞こえる位置まで戻ってきた。


「船長!!」

「急いで帆を張れ!! ここは岩礁なんかじゃない!!」


 再び大きな振動が起き、全員が床にしがみついた。



「俺たちは、巨大生物の上にいる!!」



 船長がそう叫んだ時には、既に手遅れだった。



 次の衝撃で、サスケと船長達は宙に浮いていた。

 否、船ごと宙に浮いていたのだ。



 岩礁の正体は、上級魔獣『マウンテンバックタートル』。


 亀形の魔獣で平均体長80m。背中の甲羅には大量の岩を付けており、全体的に尖っているのが特徴。


 普段は大人しいが、背中に何かしらが引っ掛かると暴れだし、背中に付いている物を破壊してでも取り除こうとする。


 普段は餌を求めて深いところに潜っているが、天気が悪く暗くなったりすると、餌になる魚が浅い場所に移動するため、浮上する事がある。



 彼らがそんな事を知るはずもなく、無残にも船は大破し、海中へ投げ出されるのだった。


 嵐の海は容赦なく落ちた者を飲み込み、海流へ引きずり込んでいく。


 更に、ここは上級魔獣がいる海域。その近くには当然迷宮が存在する。そうなれば必然的に他の魔獣が存在する。

 

 サスケは何とか海面から顔を出して呼吸をするが、他のメンバーが見つからない。


「(くっそ……!! このままだと、全滅する……! 何とかしてこの窮地を脱さなければ……!)」


 

 そんな考える時間も無いまま、サスケは海へ引きずり込まれた。



 足に激痛を感じ目を向けると、そこには頭が2つある鮫がサスケの足に噛みついていた。


 

 必死に抵抗するが、海中で出せる技が無いため藻掻く以外にできることが無い。


 抵抗虚しく、足を噛み千切られ、もう一つの頭がサスケの腹にかぶりつく。一撃で背骨まで達し、内臓の殆どが食い破られた。


 サスケは少ない空気と共に大量に吐血し、抵抗する力を失った。


 それを感知した2つ頭の鮫は、サスケを海中へと連れ去り、餌として食い散らかすのだった。



 船長、船員、サスケのパーティーメンバーも次々と2つ頭の鮫、上級魔獣『ツインヘッドシャーク』に襲われ、一人残らず命を落としたのだった。



 ・・・・・・



 弓の勇者『ボーガ』を乗せた船もまた窮地に立たされていた。



 強風に乗って順調に進んでいると思っていたが、いきなり巨大な燕の大群が襲い掛かってきたのだ。真っ先にマストをズタズタにされ、動きを止められた。さらに船員が次々連れ去られ、空中で断末魔の叫びを上げながら餌にされていった。ボーガのパーティーも既に2人やられた。


 タンク役の『マイク』が叫ぶ。


「ボーガ! このままじゃ持たない!」

「耐えろよ! 波に乗っていれば脱出できるはずだ!」


 ボーガの放った矢は刺さりはするが、致命傷にはなっていない。魔力を込めて放つその矢は、厚さ5㎜の鉄板すら貫通する威力を持っている。だが巨大な燕にはただ刺さっただけの様にしか見えない。


「(何でだ? 何でひるんだりバランスを崩したりしないんだ?! 威力だって申し分ないはずだ!!)」


 心の中で叫びながら、矢を打ち続ける。当たりはするが一向に落ちる気配が無い。


「くそ!! いい加減落ちやがれ!!」

「危ないボーガ!!」


 マイクの叫びと共に突き飛ばされ、甲板を転がった。



 次に目にしたのは、マイクが巨大燕の翼で両断されている姿だった。



 鎧ごと切り裂かれ、頭から腰に掛けて斜めに絶たれていた。断面から鮮血が噴出し、甲板を血で汚しながら転がっていった。


 巨大燕はマイクの亡骸へ群がっていく。鎧や武器を嘴で器用に剥ぎ取り、肉だけを啄んでいく。生々しい音を立てながら、マイクの姿形は徐々に無くなっていく。



 それを呆然と見るしか無いボーガは、戦う気力を無くしていた。


 弓を構えて当てたとしても、効かないことが分かっている。今食べられているマイクを助ける事は出来ない。残り少ない矢を打ってもどうしようもない。どうする事もできない現実に打ちのめされていた。



 他のメンバーも食われ、戦える船員もいなくなってしまった。


 巨大燕は滑空しながら船に突進し、その鋼鉄の様な翼で船を破壊し始めた。


 船は削られ、奥に隠れていた船員も捕らえて食べていく。船内で舵を取っていた船長も食われ、船は完全に動かなくなってしまった。


 ボーガは船の柵に寄り掛かったまま、何故か放置されていた。


 まるで最後のメインディッシュと言わんばかりに取っておかれ、他の人間を食い散らかす。



 そして、ボーガ以外の人間を食い尽くしたのか、その時がやってきた。


 ボーガの周りに大量の巨大な燕が集結し、睨みをきかせていた。


 それを感じ取ったボーガは失意の中で笑みをこぼしていた。


 

 笑みを合図に、巨大な燕、超級魔獣『ジャイアントスワロー』の大群が一斉に襲い掛かり、ボーガを食い尽くした。



 ・・・・・・


 そして、短剣の勇者『カフィ』達は、超級魔獣『ジェノサイドホエール』の奇襲により、一瞬にして氷漬けにされ、全滅した。


 激しい雷雨をかわしながら進んだ先に、ジェノサイドホエールと遭遇してしまったのだ。

 

 ・・・・・・


 ティターニアは書類仕事の傍らで、勇者達の末路を映像で見届けていた。


 仕事を片付け、軽く伸びをして席を立った。

 お気に入りの紅茶のセットを用意し、中庭へ持って行く。


「おお、待っていたぞ!!」


 中庭にいたのは、フェニーチェだった。

 

 

 【大気万象】



「ぎゃああああああああ!!???」


 ティターニアの容赦ない一撃で真っ黒になり、地面に転がった。


「馬鹿な……、対策はしていたのに……」

「そんなの予想済みです。そう簡単に防げると思わないでちょうだい」


 本人は全く動く仕草を見せずに魔法で瞬殺された。前回受けた物理攻撃とは違い、大気中に摩擦を起こして高熱で焼いたのだ。物理攻撃の対策をしていたが、熱による攻撃を防ぐ手立ては用意していなかった。


 丸焦げになったフェニーチェをよそに、ティターニアは中庭に設置している椅子に座る。テーブルに紅茶のセットを置いて、紅茶を入れ始めた。


「それで、またサボりに来たのかしら?」

「それもある!」


 もう一発【大気万象】を入れられた。今度はギリギリ防いだ。


「話は最後まで聞け。勇者達の始末がついたのか確認しに来たのだ」


 ティターニアの動きが一瞬止まった。


「……何故それを?」

「私は天才だからな! 天気予定図を見れば意図的に危険なエリアに誘導させている場所が数ヶ所あるのは分かった。そこまでして誘導したい存在となれば勇者しかあるまい!!」


 意気揚々と理由を語り、ポーズまで決めてきた。そこまで読まれているなら隠すのは無意味だと悟った。


「……流石です。あれだけの情報でよく推理できましたね」

「まあな! で、上手くいったのか?」

「はい、全滅させました。これで脅威は去った事でしょう」

「ふふん。となるとティターニアはまだ気付いていないな?」


 ティーカップに紅茶を注いだところで、フェニーチェの方を向いた。


「それはどういう事かしら?」

「最近天上領から異様な魔力を感知したという噂を聞いてな、こっそり探りを入れていたのだ」


 フェニーチェはティターニアと対面する形で椅子に座り、話を続ける。


「そしたら、異世界からの魔力干渉があったそうだ」

「それが事実だとしたら……」

「ああ、そうだ」



「異世界からの侵略が始まるぞ」



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