鍛冶打ちと魔術
エフォート大陸 エザヴェーリル地方 シンドリー
シンドリーは近くに鉱山地帯があり、鉱物を採取してすぐ鍛冶をするためにドワーフ族が近くに集落を作り、そこから発展した場所だ。今では鍛冶師の聖地となり、多くの鍛冶師が集まる『鍛冶都市』となっている。
鍛冶場が山ほど存在し、毎日金属を叩く音が響き続けている。それぞれの鍛冶場の炉から熱気が漏れ出し、寒い日が無いとも言われている。
他にも金属工芸も盛んで、細かい装飾を施した武器や食器、趣向品なども作られている。そういった物を取り扱う店ももちろん存在し、それらを買い付けに来る商売魔族達も外から沢山来ている。
鍛冶から連鎖して大きな街となったこの場所は、連日賑わいを見せ、多くの魔族で溢れているのだ。
そのシンドリーの片隅、私用鍛冶場で魔王が鍛冶をしていた。
鍛冶用の装備に身を固め、極限までに熱した金属を撃ち続ける。叩いた時の金属音は小さな鍛冶場の外まで響き渡る。
そこから少し離れた場所で、小さくなった2mのヴァンダルとアギパンがその光景を見守っていた。
「魔王様も飽きないねえ。また偉大なる鉄剣打ち直すなんて」
「魔王様が正式に魔王になる前から愛用されてますからな。それだけ愛着があるのでしょう」
「その敬語魔王様が近くにいると自動発動するの?」
「貴方が馴れ馴れしいだけです」
打ち終えた鉄剣を土入れし、頃合いを見て焼き入れをした後、形状を確認する。さらにスキル『鑑定』、魔術【構造解析】をして詳しく見ていく。そして、魔力を注いで強化していった。それを傍から見ていたヴァンダルは、
「『鍛冶』スキルだけでやっていく俺からしたら魔術を使うのは邪道なんだよな」
「ほう、魔王様のやり方に異を唱えると?」
「確かに魔術を使えば強化は容易だろうさ、でも材料の組み合わせや打ち方、熱の入れ方で鍛え上げていく技術あってこその鍛冶だ。それを蔑ろにするようでならない」
「言わんとしていることは分かる。だが考えてもみなさい。3000年も鉄剣が持つと思うか?」
「……確かにそうだな。鍛え直しているとはいえ、3000年も使っていれば素材そのものが使い物にならなくなるか」
「さよう、それでも使える様にするには魔術を使うしかなかったのだろう」
「と言われてもなあ……。やっぱり俺は鍛冶だけでやるべきだと思うし、でも素材を良くすのにはありなのか……、いやしかし……」
ヴァンダルが頭を抱えている間に、魔王が休憩しにアギパン達の所にやって来た。
「さっきから聞こえているぞ」
「げ」
ヴァンダルがまずい、と表情に出してしまった。
「気にするな。信条はそれぞれだ、咎めたり強要する必要は無いと思っている」
「流石魔王様だ。お心が広い」
「寛大な対応、感謝致します」
ヴァンダル達は頭を下げた。
「よい。今はプライベートの時、無礼講で一向に構わん」
そんなプライベートの日に何故この3名が集まっているかというと、先日魔王の
ヴァンダルが気まずそうになったのは、魔王のプライベートにお邪魔してつい文句を言ってしまったためである。
「丁度いい。お前達に鉄剣の出来を評価してもらいたい」
「さっき『鑑定』と【構造解析】使って自分で見てませんでした?」
「鍛冶と魔術にかけている時間はお前達の方が多いだろう。それならば練度も我より上だ。なら上の者に意見を聞くのが最善であろう?」
「勿体なきお言葉」
「そういう事なら遠慮無く見させてもらいますよ」
ヴァンダルが席を立ち、出来上がったばかりの鉄剣を見る。
まだ打ったばかりの金属の塊でしかないが、研ぐ前の段階のためそれなりに形にはなっている。
「打ちの方は全く問題無いです。後は研ぎ次第ですが、まあ魔王様なら問題無いでしょう」
アギパンも鉄剣を見た。
「魔術回路も素晴らしい出来です。まるで体内を流れる血管の様に複雑で繊細、無駄のない構造です。そこいらにある武器とは比べ物にならないでしょう」
「そうか、そこまで言って貰えるなら成功という事だな」
そこでアギパンがあることに気付いた。
「魔王様、この剣もしや【
「よく気付いたな。確かにその剣には【自動回復】が組み込まれている。今回初めて入れてみたのだ」
「付与じゃなくて組み込みですか」
ヴァンダルが食い気味に聞いてくる。
「如何にも、付与は魔術的に後付けなのだが、組み込みは熱入れの段階で魔術回路に記憶させる。そうする事で剣が砕けても魔力を流せば何度でも発動する」
「確かに付与は剣の形状が大きく損なわれると消失しますからね」
「魔術だからこそできる芸当だ」
魔術とは『知恵の技術』だ。構造を理解し、魔力を正しく処理し、行使する。
剣に施した魔術も、剣の構造を理解し、魔力回路を用いて魔力の流れを処理し、折れても元通りに直る【自動回復】として完成させた。
「これくらいせねばもうこの剣は持たないだろう。他の剣もあるが、やはりこれが一番馴染む」
細かい部分を確認した後、柄を付けやすくなるよう細工をし、台の上に置いた。
「すぐに始めたいが、少し置いて落ち着いてからでいいだろう。そうだなヴァンダル?」
「ええ、まだ高温ですから研ぐのには向いてないですよ」
「では少し休憩しよう」
『収納空間』からティーセットとお菓子を取り出し、ヴァンダル、アギパンの分も用意する。
「今日はヨーカンなる甘味を用意してみた。共に食べよう」
・・・・・・
魔王達は緑茶とヨーカンを食しながら、魔術の話題で雑談していた。
「そういえば魔王様、【自動回復】って一から作ったんですか?」
四角い茶色のお菓子を食べながらヴァンダルが質問する。
「いや、土台は【
「【回復】って、あの傷を治す【回復】ですか?」
「【回復】には色々な種類がありますからな。再現型、自然治癒促進型、時間逆行型、他にも種類がある魔術なのです」
「今回は再現型を採用した。元の剣の形状に戻るには最適だからな」
「便利ですよね魔術、熟練スキル泣かせの【創造魔術】もありますし」
熟練スキルは長年技術を磨き上げ、高みに至った者のみが保有する事ができるスキルだ。
「そんな簡単な物ではないぞ、熟練スキル持ちの域に達するにはその3倍努力しなければいけない」
「お主程にもなればワシと魔王様でも再現不可能じゃ。卑屈にならんでもよい」
魔王とアギパンは茶をすすりながらヴァンダルに答えた。
「質はいいんですよ、問題は量を作ってくる事なんです。それで若いスキル持ちが泣きを見てるんですよ」
「……確か報告に上がっていた案件だったな、だがそこまで大事にならないと我は踏んでいる」
「その根拠は?」
「半端な【創造魔術】なら耐久年数が低い。前に調べてみたが、どれもこれも10年も持たない粗悪品だった。1000年以上生きる我らにとって価値が著しく低い品と判断されてお終いだろう」
「ですがホープ大陸じゃそこそこ売れてるみたいですよ?」
「確かにホープ大陸の者達は他の大陸の者達と比べ寿命が短い。しかし『長く使える物を使い続ける』という風習がある。たまたま売れる時期に当たっただけですぐに収束するじゃろう」
「今までそういった傾向が無かったから焦っているのかもしれんが、スキル持ち達が作る物はどれも素晴らしい物だ。その腕を信じてやるといい」
「まあ、もたもたしていたら魔術の方が上に行くかもしれんがの」
残りのヨーカンを食べ終え、茶を飲み干した。
「では我は鍛冶の方に戻る。お前達は勝手に帰っても構わんぞ」
「いえ、最後までお付き合いします」
「ここまで来たら研ぎの作業まで見ていきますよ」
「そうか、好きにするといい」
魔王は作業場に戻り、剣を研ぐ工程に入った。鉄剣に合った砥石を用意し、素早く研いでいく。
その姿勢は素人が見ても分かる程しっかりしており、迷いなく綺麗に腕を動かす。
「魔王様の研ぎは何度見ても凄い。正確でありながら細かい変化に柔軟に対応している」
「長年培ってきた賜物ですな。どれを取っても素晴らしい」
「……魔術も凄いからな、魔王様」
魔王の魔術はもはや奇跡の領域だった。
魔力さえあればありとあらゆる物を生み出し、死者すら蘇らせ、果てには別の世界まで創ったという。
「【異空間魔術】、【創造魔術】、【生体魔術】、【生誕魔術】、どれもワシよりも先に編み出し、先駆けとなった。皆が普通に使っている『収納空間』も魔王様が解明する発端を見つけて下さったおかげじゃからのお」
そこでヴァンダルがアギパンの違和感に気付く。
「口調普段通りに戻ってないか?」
「…………少し気が緩み過ぎた。忘れろ」
「いいじゃんか、今はプライベートなんだから」
「……ふん」
不機嫌そうにアギパンが顔を逸らし、ヴァンダルは少し笑っていた。
・・・・・・
研ぎの工程はそこまで時間が掛からずに終わった。
研ぎ上がった剣は見事な輝きを放ち、触れた物全てを切り裂きそうな威圧を放っていた。
ヴァンダルが最終確認をし、出来が完璧である事を見届けた。
「これなら文句無しでしょう。ちょっとやそっとで折れないですし、どんな物でも切れますよ」
「褒め過ぎだぞヴァンダル、しかし以前より切れ味が増した気がするのは確かかもしれん」
「魔術回路の方も狂いなく作動しています。魔王様の全力の魔力注入にも耐えましょう」
「アギパンも高評価か、それなら修正の必要は本当に無さそうだな」
剣に柄を付けて、偉大なる鉄剣が完成する。以前の物と見た目が変わっていないように見えるが、輝きは明らかに良くなっている。
「試し斬りをしたいが、落ち着くまでしばらく置いておくとしよう」
「それがいいかと。その日の内に振って折れるとかありますので」
「お疲れ様です魔王様。本日は見学させて頂きありがとうございました」
アギパンが深々と礼をする。
「構わん。それに誘ったのは我の方だ。礼を言う」
「勿体なきお言葉」
魔王は【
「では我は片付けを終えた後ここを後にする。それまではいても良いぞ」
「そういう事ならここら辺でお暇します。今日はありがとうございました」
「私も失礼します。本当にありがとうございました」
ヴァンダルとアギパンは魔王の鍛冶場を後にし、それぞれの帰る場所に帰って行った。
魔王は鍛冶場を片付けて、最後に出て鍵を掛けた。魔術で何重にも防犯をしたため、絶対に侵入されないだろう。
気付けば周囲は真っ暗で、街は明かりで輝いていた。
「さて、我も帰るか」
偉大なる鉄剣は【収納空間】に入れ、【転移】で魔王城まで帰るのだった。
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