鍛冶仙人・ヴァンダル
リングネル大陸 チャンティコ地方 エエカトル
この街は山々の谷を削って造られている。迷宮が近いため、沢山の冒険者が集まっており、冒険者業と観光業で栄え、街は活気に溢れている。
この街の主な住人はゴリアテ族、ギガス族、ヨトゥン族だ。
同じ巨人族なのだが、3つの種族の違いは平均サイズで決まっている。ゴリアテ族は10mから20m、ギガス族は30mから50m、ヨトゥン族は80mから100m以上だ。
そんなサイズ感が違う種族が行き来しているので、街の造りは特殊になっている。
おおまかに商業区と居住区に分けられ、2mいかない種族、5mから10m以内の種族は地上から100m上に造られた専用道路を使うことが義務付けられ、その専用道路に沿って店や施設が並んでいる。3巨人族専用道も設けられており、誤って踏み潰すといった事故が無いように都市計画がされた街なのだ。
そもそも冒険者とは、迷宮の魔獣を討伐したり、素材を集めたり、新たなエリアの探索を行う者達の事だ。危険な仕事のため、命を落とすことは珍しくない。さらにこういった仕事には悪い考えを持つ者が集まってくる。
そこで誕生したのが『冒険者ギルド』だ。冒険者達の規律や保証のために設立された。これにより冒険者のルールが確立し、冒険者用の保険も作られた。冒険者はギルドによって安心して冒険出来るようになったのだ。
・・・・・・
エエカトル リングネル中央冒険者ギルド
冒険者ギルドは複数存在するが、それらの中心、まとめているのが『中央ギルド』である。中央ギルドは大陸ごとに存在し、全部で5つになる。その内の一つがリングネル中央冒険者ギルドだ。
中央ギルドだけあって、建物は非常に豪華で巨大だ。ヨトゥン族を考慮していたとしてもかなり広く、ヨトゥン族が300名入っても余裕があるほどだ。ここも街と同様に体格差を考慮して階層分けされている。
その建物の奥は鍛冶場になっている。そこに、ギルドを統括するギルド最高権力者『グランドギルドマスター』が剣を打っていた。
ヴァンダル・キュクロプス
紫色のオールバック、顔にまで及ぶ無数の傷跡、鍛冶によって鍛えられた筋肉、鍛冶の高温に普段から薄い生地の半袖のシャツ、分厚いエプロンに軍手という格好をしている。
『鍛冶』スキルを極め、打つ物全て最高クラスにする『鍛冶仙人』の称号を得た鍛冶師で、ギルドを統括するグランドギルドマスターでもあり、十二魔将の一柱、ヨトゥン族の大男だ。
身長120m、歳は1905歳。ヨトゥン族の中では最年長だが、老いを全く感じさせない。
高温で熱された剣を打つ音は部屋全体に響き、衝撃波を生み出す。その巨体に合わせた剣なので、一回打つ度に訓練をしていない2m以下の種族は吹き飛んでしまうだろう。
そこへドワーフ族の秘書兼弟子『アメノ』が近付く。
「ヴァンダル様ー!!!! お客様ですー!!!!」
鍛冶の音が大きすぎるので大声でなければ聞こえない。なので精一杯の大声で呼ぶ。
ヴァンダルは視線を一瞬アメノに向けてすぐに戻す。返事はおろか鍛冶を止めるつもりもなさそうだ。こうなったら終わるまで止めないのでアメノは大人しく鍛冶場から出て行った。
アメノはギルド受付に戻り、お客様の対応をする。
「申し訳ございません。ヴァンダル様はお取込み中ですので、時間を置いてから改めてお越し下さい」
「そうか、わざわざすまなかったな。ではこの手紙を渡してくれ。さっき書いた伝言だ」
「これはこれは、助かります。ギルドカードに直接連絡が行くと思うので、よろしくお願いします」
「了解した。では失礼する」
そう言ってその場を去ったのは、半龍族に姿を変えた魔王だった。その事にアメノは気付いていなかった。
・・・・・・
魔王は街を散策していた。
商業区には冒険者のための武器屋、防具屋が沢山ある。その店を営んでいる殆どの種族がドワーフ族だ。
ドワーフ族は『鍛冶』スキルを持つ者が多く、鍛冶が大量に必要な場所に移住する。2800年程前はエフォート大陸でくすぶっていたが、魔王の全大陸制覇が成し遂げられた後は、世界各地で活躍するようになった。
他にも冒険に必要な道具屋や迷宮に持っていける弁当を売っている弁当屋などが立ち並んでいる。魔王は数時間散策した後、適当に弁当を買って街の公園で食べていた。
「来るなら事前に連絡を下さいよ。魔王様」
「それでは抜き打ちにならんではないか」
声を掛けたのは、【変化】で2mまで小さくなったヴァンダルだった。服装は鍛冶の時のままだ。
「鍛冶は一旦休憩とかできないの分かってますよね?」
「知っている。今回はタイミングが悪かった。許せ」
「……そういう事にしておきますが」
公園のベンチで男2人が肩を並べて座っている。そんな2人の前には迷宮の入り口がある。
迷宮『ヘシオドス』
巨大な洞穴が口を開けており、地下へと続く階段がある。階段の幅は異常に広く、1000m近くある。
この迷宮は巨人族の街に出来たにも関わらず、身長10m以内の者だけが入れる迷宮だ。しかし、迷宮の中は異常に広く、1階層を調べ尽くすだけでも1年近くかかるという。
「……変わりましたね。ここも」
「そうだな、これもヴァンダルや街の者達の努力の成果だ」
「ご謙遜を、魔王様がいなかったら滅んでいましたよ」
「それこそ謙遜だ」
ふふ、と笑みをこぼす。
「迷宮との共存、これからも続けれますかね?」
「続けざるをえまいよ。この世の理なのだからな」
迷宮から出てくる魔獣、大量発生による被害、存在しているだけで危険なのだが、封鎖できない理由がある。
一つは迷宮の魔獣が一定期間で増殖するため。
迷宮は魔獣を量産する。その中には稀に災害級が現れる。封鎖しておくと災害級の魔獣の排出率が増
え、封鎖を突破し深刻な被害をもたらしてしまう。
もう一つは迷宮の自動増殖だ。
魔獣の増殖もそうだが、迷宮は一定量の魔獣を作り終えると容量過多になり、魔力禍を起こして周囲の地形を変形させて新たな迷宮を作り出してしまう。
過去に封鎖の案も出て実施もしたのだが、結果迷宮が増えて被害が増える一方だった。魔王はその解決策として、迷宮の資源化を行った。
冒険者を募り、魔獣を定期的に討伐し、その素材を資源や材料として活用した。
元々好戦的な種族も多かったため、賛成多数で解決策は受け入れられた。それが今から2000年前の話だ。
「毒も転じて薬になる。確かに迷宮は魔獣を出現させて危険な面もあるが、素材を生み出してくれる資源でもあるのだ。デメリットばかり見るのではなく、メリットを探すことが重要だ」
「流石魔王様だ。考える事が違う」
「ところで、例のアレはできたのか?」
「昨日出来たばかりですよ」
・・・・・・
ギルドのヴァンダル専用の鍛冶場に戻り、完成した武器を取り出す。
大きさは2m程。まだ中子が剥き出しだが、全体を見て剣であることが分かる。刀身は両刃で一般的な剣と形状は変わらない。だが、研がれた刃は鋭く、光を反射させただけでとてつもない切れ味だと分かる。
「いい剣だ」
「そうだろ、前に作った奴より切れる自信がある」
「ほう」
魔王はまだ剥き出しの中子を強く握り、軽く振ってみる。魔王の地力が強過ぎるため、軽く振っただけで周囲に強風が吹く。
「素振りしても?」
「柄が付いた後にしてくれ。保護しないと中子が変形しちまう」
「残念だ。それまで待とう」
剣を台に乗せてヴァンダルに返す。元の大きさに戻ったヴァンダルは台をつまんで専用の棚に戻す。
「そういえば『メランオーキス』を抜いたらしいな。そんなに強かったのか?」
『メランオーキス』
魔法石『オーキス』のみを使った魔剣で、多種多様な魔術魔法を付与することが出来る。魔法石だけな分、重量も軽く、剣速も出やすい。その分脆く、欠けやすい欠点がある。欠点は魔王が強化したことで帳消しになっている。
「装備で強化していたからな、ある程度の強さが必要だった」
「……再転移した人間か」
「察しの通り。まだ2度目だったがな」
「なら連れて行った十二魔将だとギリギリだったか。いや、アギパンがいたから苦戦程度か」
「それでも何をしでかすか分からん。用心するに越したことはない」
「過保護なんだよ魔王様は、もうちょっと信用したらどうだ?」
「………………」
魔王は沈黙する。
「……まあ、あの時の事を思えばまだ実力不足か」
「ラディオン、マリーナ、クトゥルーには経験を積んでもらいたいのだが、中々いい相手がいなくてな」
「『魔族武闘会』だと見知った相手ばかりになるからなあ、手の内分かってるから戦い方がワンパターンになってるもんな」
「かと言って再転移者と戦わせるのも危険だ。取り返しのつかない事態に陥る可能性がある」
「難しいな、誰かを育てるって」
「ああ」
そこにアメノが急いで入ってくる。魔王は即座に【変化】して姿を変える。
「ヴァンダル様! ギルド内でトラブルが!」
「俺呼ぶ程か?」
「ヴァンダル様の武器にケチを付けたのがきっかけでして……」
「よし潰す」
ヴァンダルは自分の鍛冶に強いこだわりを持ち、武器には絶対の自信がある。ケチを付けられると誰よりも怒るのだ。
鍛冶場の壁にかけてあるヴァンダル専用武器『アイムール』を持ってギルド本部のエントランスに向かった。
「では私はこれで失礼する」
「ああ、お客様お帰りですか? なら裏口からどうぞ。巻き込まれますので」
「そうさせてもらう」
魔王はヴァンダルとは反対方向に歩いて行く。
「(ヴァンダルも、冒険者の育成に励めよ)」
裏口から外に出て、魔王城へ帰還した。
その日、ヴァンダルの怒りの一撃が山を揺らし、複数の冒険者が丸焦げになるのだった。
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