天候妖精・ティターニア


 魔族領上空には空中庭園が存在する。


 そこには魔族領の天気を調整する機関『天気庁』がある。この重要機関を任されているのが十二魔将『ティターニア』だ。


 ・・・・・・


 ザバファール大陸 メロヴィング地方 アルベリッヒ


 ザバファール大陸の中心とも呼べる場所であり、島群ではなく大陸として認められた大きな要因でもあるこの土地には妖精族が先住民族として住んでいる。


 妖精族は人族に魔力の羽が生えた容姿をした種族だ。魔力量が多く、『精霊術』という独自の魔法技術を持っている。


 アルベリッヒには『メロヴィリクス城』という巨大な城が存在する。5000年以上前に建てられ、今は役所として機能している。


 

 魔王はそのメロヴィリクス城を訪れていた。


 中は天井が高く作られており、妖精族が飛んで移動できるようになっている。内装も城だけあって豪華な物だ。職人が彫った彫像、植物や花を想像させる細かな模様が入った絨毯、窓には歴史を物語る細工が施されたステンドグラス。どこを見ても美しい。


 しかし、外はあいにくの雷雨で美しさは不気味さに変わっていた。


 職員は慌ただしく動き回り、大声で指示を飛ばしていた。そう、今は緊急事態という状況なのだ。それを解決するために魔王は【変化】せずに城内にいるのだ。


 

 魔王は中央会議室の扉を開けて中に入る。中にはザバファール大陸各地の代表者達が集まっていた。魔王は会議室の一番奥、この中で一番の権力者『オヴェロン』に詰め寄り、胸倉を掴み持ち上げ、


「今度は何をした?」


 低く唸る様な声で問い詰める。


「ひいいいいい!!? 申し訳ありません魔王様!!」


 既に半泣きの状態で答えるオヴェロン。


「この悪天候はお前が原因なのだな? そうなのだな?」

「すいませんすいません!! ティターニアの作った料理にケチつけました!!」


 有無を言わさず壁に全力で投げた。石造りの壁に見事に突き刺さり、痙攣してそこから抜け出せなくなった。 


 何故オヴェロンがケチを付けた結果悪天候になったかというと、オヴェロンがティターニアを怒らせたからだ。オヴェロンとティターニアは夫婦なのだが、過去のいざこざで絶望的に冷えている。現在はティターニアの方が立場が上だ。しかし、オヴェロンは何かとケチを付ける性格のため、ティターニアを怒らせてしまう事がしょっちゅうなのだ。その結果、天気庁のシステムを使って偏った悪天候を起こしている。今回もそのパターンだ。


 魔王は深く溜息を付いて、会議室を出ていく。城内を早歩きで進んでいると、ピクシー族の『エーミル』が話しかけてきた。


「申し訳ありません魔王様。私が監視していたにも関わらずこのような……」

「構わん、ティターニアは怒る時は怒る」


 オヴェロンとティターニアのトラブルが頻発しないように、小柄で姿を消せるピクシー族の工作部隊に裏でトラブル防止策を行わせている。だが今回の様なオヴェロンの小言でのトラブルを未然に防ぐのは、オヴェロンの性格上難しい。


「ティターニアは天気庁にいるか?」

「はい。現在は中庭でティータイムを楽しんでいるとのことです」

「分かった。今から向かう」


 城内にある転移門の部屋から天気庁へ向かった。



 ・・・・・・



 魔族領上空 天気庁



 天気庁は造られた浮遊島で、常時雲の上を飛んでいる。天気庁から出される魔力波で雲、風の状態を操作し、魔族領全体の天候を管理している。この様な操作が出来るのは、全属性の魔力適性と天気に関する固有魔術を持ち、繊細な魔力操作が可能な者のみだ。それが出来るのがティターニアだ。



 魔王は天気庁に転移し、ティターニアの所へ向かう。


 天気庁は神殿の様な外観をしており、建物の周りは花壇で埋め尽くされている。小鳥の鳴き声が聞こえ、蝶が飛んで平和な空間を演出している。



 中庭に向かうと、そこにティターニアがいた。



 地面に付きそうな位長さの輝く様な白髪、おっとりとした顔つきにはライムグリーンの瞳、艶めかしい唇が付いている。背中が大きく開いた服装から見える絹の様な白肌と少し傷んだ羽、服の上からでも分かる細い腰とは不釣り合いな大きな胸と尻は年相応の物だろう。

 

 ティターニア・ハサウェイ


 十二魔将の一柱であり、天候を操れる唯一の魔族。その実力も折り紙付き。

 歳は1002歳。人族で言う熟女の年齢だ。



 ティターニアは魔王の存在に気付き、テーブルから立ち上がる。


「まあまあ、魔王様ではありませんか。今日は何用でしょうか?」

「……今すぐ天候の再調整を行え。予定には無い悪天候が起こっている」

「あら、そうでしたか? あの地域には必要な処置だと思うのですが」

「理由を聞こう」

「はい。アルベリッヒ周辺の乾燥レベルが上がっておりましたので、少々降雨時期を早めました。あの程度でしたら作物への影響はありません」

「それにしても多すぎだ」

「大丈夫です。しばらく降らせた後は晴天ですので」


 ティターニアは一度怒るとこうやって理屈を並べ、頑なに修正しない。災害にはならないが、住民は管理さているはすの天気が急に悪化すれば不安になる。一部の住民は事情を知っているので「またか」と思っているが。


 この怒りの治め方はただ一つ、


「……何が望みだ?」

「では魔王様、一緒にお茶でも」


 魔王と一緒に過ごす事だ。


 

 ・・・・・・



 中庭に設置されたテーブルにティターニアと魔王が対面する形で座っている。互いに茶を飲みながら話を、主にティターニアからの愚痴を聞いていた。


「あの方、私の料理にまた文句を言ったんです。『味が薄い』と。この間と同じ味付けなのにですよ? あの方の舌は毎日他の方と入れ替わっているとしか思えません。異常ですよ異常」


 微笑んだままツラツラとオヴェロンへの文句を述べる。魔王はそれをただ相槌を打って対応する。


「魔王様からも注意して頂けませんか? 文句以外にも生き甲斐を見つけるようにと」

「諦めろ。オヴェロンの性格は我でも直せん」

「記憶を消してしまえばよろしいかと。私が許可しますので」

「我が許可しない」


 こういう事も微笑みながら言うのだから相当怒っているのだろう。


 オヴェロンの性格は目に余るが、ザバファール大陸の3割をまとめるリーダーとしての手腕は本物だ。十二魔将の有力候補でもあった。しかし、ティターニアへの家庭内暴力が発覚し、十二魔将の座への挑戦権は永遠に無くなった。


 そんなオヴェロンの家庭内暴力から救い、再起させたのが魔王だった。再起した結果、オヴェロンを凌駕する力に目覚め、今では尻に敷いている状況だ。そんな経緯があって、オヴェロンには並々ならぬ怒りがあるのだ。


 それでも離婚しないのは、意趣返しで地道に追い込むためなのだろう。現にオヴェロンは500年前と比べて頬がこける位痩せこけている。これに対して同情する者はいない。


「さて、あの方のお話はここまでにして、魔王様のお話を聞きたいですわ」

「我の話か、そこまで話す事も無いぞ」

「あら、そうでしょうか」


 薄っすらと、ティターニアの微笑みから不気味な物が漏れる。



「『人族改造実験』、どこまで進行されているのですか?」



 魔王の指先がピクリと動く。


「……その話を誰から聞いた?」

「私自身が聞きました。ご存じの通り、私の耳は特別ですので」


 ティターニアの情報収集能力は異常に長けている。魔王しか知らないような『密偵』からの情報も仕入れている事も多々ある。勿論密偵達は情報漏洩などしていない。


「……他言するつもりは?」

「とんでもございません。他言なんてするつもりは一切ありません。むしろ加えて頂きたいくらいです」

「残念だが、ティターニアには合わない。役には立てないぞ」

「そうですか。でも目途は立っているのですよね?」

「……そこまで知っているのなら話す事は無いぞ」

「それでも魔王様の口から聞きたいのです」


 魔王は溜息を付いた。


「我が行った実験で『成功』した。後は回数をこなすだけだ」

「それはおめでとうございます。クトゥルー様もさざお喜びになるでしょう」

「ティターニアには筒抜けか、恐ろしい女だ」

「まあひどい」


 ティターニアはクスクスと微笑んだ。瞳の奥で何を考えているか積極的に知ろうとは思えない。


「話は変わりますが、バジリスタ王国の王女様と女王様、無事に復帰なされたようですね」

「その様だな、これであの国も多少はマシになっただろう」

「それも『計画』のためですよね? こちら側に取り込むための」


 魔王の返事を待たずにティターニアは続ける。


「いきなり魔族に付いてくれなんて言っても、人族領の者達が2つ返事で了承してくれるわけがありません。なら恩を売ってこちら側に取り込んで進めやすくする。他の皆さんは『薄汚い人族と転移者を潰すために襲撃した』と解釈なされている。良い事尽くめですね」

「……流石だなティターニア。そこまで感づいていたか」

「ですが、一つだけ疑問が。どうして期間を開けたのですか? 早々に襲撃すれば手こずる事は無いと思うのですが」

「理由は2つ。一つは十二魔将の育成。経験の少ない者達に強くなった転移者と戦わせ、経験を積んでもらいたかったからだ。もう一つは、こちら側に付くに相応しいかの品定めのためだ。残念ながらいなかったがな」

「なるほど、納得しました」


 まだ暖かい茶に口をつけ、一息付く。


「魔王様が壮大な計画を行っているのに、私のせいでお手を煩わせるわけにはいきませんね。早々に天候を修正しておきます」

「随分と遠回りをしたが、思い直して貰えて何よりだ」

「では魔王様、私は仕事に戻ります。お気を付けてお帰り下さい」

「ああ、失礼した」


 魔王は席を立ち、その場を去って行った。それを見送ったティターニアは、天気庁に戻っていく。

 


 ・・・・・・



 天気庁にはティターニア一人しかいない。他に制御出来る者がいないからだ。


 天候の修正を終えた後、無駄に広い施設の中を歩きながら、ティターニアは笑みを浮かべていた。


「……ああ、今日も魔王様と素敵な時間を過ごせましたわ」


 制御室のすぐ隣にある『休憩室』へと入っていく。


 明かりを付けると、そこには、



「ああ、私の魔王様。いつか貴方と結ばれたい」


 

 そこには、壁に飾られた絵、魔王を模した人形、とにかく魔王に関連した物で敷き詰められていた。



 魔王がオヴェロンから助けてくれたあの日以来、ずっと魔王に愛焦がれていたのだ。



「オヴェロンを暗殺するのはいいけど、無駄に繋がりが多いから後始末が面倒なのよね。でもそれも100年すれば叶うから、大した問題では無いわ」


 楽しそうに魔王人形を抱えて、魔王が描かれたベッドに寝転がる。


「待っていてください魔王様。例え世界の全てが敵になろうとも、私だけは貴方の味方ですから……」


 不気味な微笑みを作りながら、仮の魔王に囲まれて妄想する。



 いつか魔王の子を孕み、唯一の正妻になる夢を。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る