甲虫戦士・ビクトール


 俺の名前は『真壁 勝』。ごく普通の高校生だ。


 ついさっきまでコンビニに買い物に行っていた筈なんだが、気付いたら森だった。そんでもって散策してたら超巨大な昆虫に遭遇して追いかけられている!


「どうしてこうなったああああああああ!!!!?」


 何なのあのでっかい虫?! 蟻ってあんなにデカかったっけ?! 3mはあるよね!? てか速い速い速い!! 男子高校生の全速力でも何とか距離取れてるのが救いだよ! 


「はあ! はあ! はあ! あ!」


 光が強い。出口か? 何にせよ森から出ないとヤバそうだ!


「うおりゃああああああ!!!」


 俺史上渾身のジャンプ。アニメで見たことある様な格好で空中に飛んだけど、あのキャラ達ってこんな風景見てるんだな。



「よおしキャッチだ!」

「「「「「「おう!!!!!」」」」」」


 え? 何? キャッチ?


「おっふ?!」


 トランポリンか? 柔らかい物に着地したんだが……。


「異世界へようこそ! 『漂流者』!」



 ……はい???



 ・・・・・・



 真壁は人型の昆虫達に担がれ、木々に家を建てたツリーハウスの街に連れていかれた。


 一行は一番大きな建物、城の様な場所に入り、一番広そうな部屋へと入る。真壁を椅子に座らせて、首にペンダントを掛ける。


「あー、あー。私の言葉が分かるかな?」


 最初に話しかけて来たのは、一番大きい昆虫人間だった。



 それは彼が知る中で、ヘラクレスオオカブトとギラファノコギリクワガタに大型の鎧を着た屈強な大男を混ぜた様な昆虫人間だった。 


 頭には大きくて立派な角を持ち、瞳は吸い込まれそうなエメラルドグリーン、顔は鬼瓦の様ないかつい表情をしている。身体は4mを超す巨体で、全身は甲虫特有の黒光りする外骨格で固められており、まるで筋肉の様な流線を描いていた。



 真壁は呆気にとられながら、その昆虫人間を見上げていた。


「おーい。聞こえているかー?」


 ハッと我に返り、


「あ、はい! 聞こえてます!」

「よしよし、翻訳器は上手く作動しているようだな。では改めて自己紹介といこう」


 全身に力を入れてポージングを決める。


「いよ! 待ってました!」

「輝いてるよ! 輝いてるよ!」

「外骨格が躍動してるよ!」

「大胸筋が爆発してる!」


 周りにいた昆虫人間(巨体でマッチョ)達が掛け声を出す。そして、


「私の名はビクトール・オリンピア・チャンピオン! 十二魔将の一柱であり! 昆虫族をまとめる種族代表者である!!」


 いかつい表情のまま全力のスマイルを向けた。周囲にいる昆虫族達は拍手と歓声で盛り上げる。


 そのテンションに追い付けない真壁は、


「……すいません。色々質問いいですか?」


 質問をするしかなかった。



 ・・・・・・


 真壁は一通りの質問を終えて、情報を整理した。


「つまりここは異世界で、俺は正規召喚されずに迷い込んだ『漂流者』で、魔族領のエフォート大陸のミズルガズル地方で、ビクトールは魔王の配下の十二魔将っていうお偉いさんってことでいいのか?」

「要約するとそうなるな」

「貴様ァ! 『様』を付けろ『様』をォ!!」


 ヘッドロックを決められタッチで即タップでギブアップする。解放されたから良かったが、あと少しで気絶するところだった。


「別に構わんさ、私は気にしていない。そろそろ君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」

「ま、真壁勝です……」

「ではマサル。君の処遇に関して説明しよう」

「処遇、ですか?」

「うむ。漂流者は基本、魔族領の法の下で保護されるが、住民票が必須だ。住民票を取得するまで色々な手続きをしてもらわねばならない」

「……何かこっちの世界と変わらないですね」

「伊達に魔王様が3000年も治めてないさ。住民票があれば魔族領の大陸の行き来は顔パスでOKだ」

「それは凄い……!」

「国がいくつもあるとそうはいかないだろう。……話が逸れたな、住民票の登録はこの『ビフレスト城』で行う。早速だが住民課に行くぞ」

「城の中に役所があるんですか?」

「まあな。付いてくるといい」


 他の昆虫族、もとい『甲虫族』の戦士団『ゴールデンマッスル』に護衛されながら住民課へ移動した。


 住民課は城門から歩いて数分の所に受付がある。そこで整理番号の紙を受け取り、順番を待つ。ビクトールとゴールデンマッスル達と一緒にいるので何だか悪目立ちしていた。


 数分して、整理番号の番号が読み上げられ、受付へ向かう。受付には蜂の昆虫族の女性がいた。


「こんにちは。住民票のご登録で間違いありませんか?」

「ああそうだ。マサルの住民票を作ってやってくれ」

「かしこまりました。ではこちらにサインをお願いします」


 そう言って出されたのは一枚の羊皮紙だった。その横にペンも出されていた。


「俺こっちの字書けないんだけど……」

「大丈夫だ。日本語なら自動変換される」

「日本語分かるんですか?」

「1500年前に何人も来たからな、マイナー言語だが」


 感心しながら羊皮紙に名前を書く。すると、書いた文字が変形し、異世界側の文字になった。


「な、何ですかこれ?!」

「その羊皮紙には魔力が込められている。それが文字に反応して自動翻訳されるんだ」

「魔法って便利……」


 またもや関心していると、ふと気付いた。


「…………あの紙って何書いてあったんです?」

「ああ、魔族領の住民になる当たっての契約書だ。なに、不利や理不尽になる様な内容は書かれてないから安心しろ」

「そ、そうですか」


 不安を覚えながら次の手続きに進む。


 受付嬢さんが次に出したのは、大きな水晶玉だ。高価そうな台座に乗せられている。


「こちらに手をかざして下さい」

「あのー、これは?」

「『魔力測定器』だ。これで適性のある職業や才能を判別するんだ」

「なるほど。では早速」


 マサルが手をかざすと、水晶が光りだした。受付嬢はしばらく水晶玉を覗き込んでいた。


「……はい、測定完了しました。こちら、適性職結果書になります。住民票取得後の就職に役立ちますのでご活用ください」


 色々と書かれた羊皮紙を渡された。異世界の文字なのでマサルには読めない。


「いつの間に書いたの……?」

「それは印刷された物だ。そちらにもあるだろう、印刷機」

「えっと、魔力測定器と印刷機繋がってるんですか? どうやって?」

「それは説明すると長くなるからまた今度だ。次で最後の手続きだ」

「え、もう?! 早くない?!」

「残念だが、これが普通だ」

「マジっすか……」


 あまりの技術差にショックを受けながら、最後の手続きに入った。


 出してきたのは一枚の鏡だった。縁が綺麗なおしゃれな鏡だ。


「ではこの鏡を覗き込んで下さい。覗き込んだら10秒動かないで下さい」

「はい」


 鏡を覗き込むと、中央に小さな黒い点があった。それをジッと見つめてしまった。


「……はい完了しました。これで手続きは終了です。お疲れ様でした」

「………………」


 所要時間5分で終了。前にいた世界ではもっと時間が掛かっていただろうと思いながら、ビクトール達に連れられ、受付を後にした。



 ・・・・・・



 マサルの住民登録が正式に完了し、その日の晩は会食になった。


 会場は城下町のレストランで開かれ、見たことのない料理が沢山並べられていた。ビクトール達と共に楽しく会話をしながら食事をしていた。


「そうですか、元の世界には戻れないんですね」

「難しい話だが、マサルが元いた世界の『座標』が分からない事には返す以前の問題らしい。転移者なら厳しい条件をクリアして頑張れば帰れるらしいが、3000年の歴史の中で1回だけしか成功していない。『漂流者』はこっちに来た原因が全く分からないから、帰るのは不可能だ」

「……まあ、未練があるわけじゃないんで、切り替えてこっちで暮らしますよ」

「そうか、……何かあったら相談に乗ろう」

「ありがとうございます」


 マサルは飲み物を一気に飲み欲した。


「これから自由の身であるが、どうする?」

「いやあ、どうもこうも、何も分からないんで知る事から始めようかなって」

「では『ゴールデンマッスル』で色々と学んでいくといい。我々は歓迎するぞ」

「いいんですか?」

「もちろんだ。そしてマサルが学ぶにあたっての最大のメリットを教えよう」

「メリット?」


 ビクトール達は一斉に立ち上がり、ポージングを取る。


「我々と同じ様に強靭な肉体を手に入れられる事だ! 筋肉を鍛えればどんな困難にも立ち向かえる! そして性格も明るくなる! 女だって一目惚れ! どうだい、素晴らしいだろう?!」

「う、うす」

「信じていないようだね? ならば今から街へ繰り出すぞ! 行くぞ!!」

「え、ちょ!?」


 問答無用で持ち上げられ、花街へ繰り出すのだった。



 ・・・・・・



 翌日の朝


 マサルはビクトール達と女遊びを散々楽しみ、大人の階段を昇ったのだった。目が覚めたら、可愛いミツバチの昆虫族の女の子と一緒のベッドにいた。


 宿泊したホテルのエントランスへ降りると、ビクトールが待っていた。優雅にモーニングコーヒーを飲んでいる。


「やあマサル、全ての支払いはこっちで済ませたから気にしなくていいぞ」

「……ビクトールさん、いえ、師匠と呼ばせて下さい」


 コーヒーカップを置いて、口元をニヤリと歪ませる。


「よろしい。今日から鍛錬だ。付いて来い」

「はい!!」


 そして2人はホテルを出て、城へ戻るのだった。



 ・・・・・・



「…………またか、ビクトール」

『事後承諾になった事は謝罪します。ですが、間違った事をしたとは思っていません』


 魔王は通信魔道具でビクトールと通信していた。映像が映し出され、互いに顔を合わせている。


「確かに『漂流者』は法の下保護し住民票の獲得を許されている。だがそれは私との謁見を行ってからだと前にも説明したはずだ」

『危険は無いと思いましたので』

「その根拠は?」

『私の野生の勘です』

「………………」


 ビクトールのスキル『直感』の正確性は魔王もよく知っている。今まで外した事が無い。ただ、ビクトール自身はそれをスキルだと思っていない。



 ビクトール・オリンピア・チャンピオン


 十二魔将の一柱で、最強の耐久性と回避性能を持つ甲虫族の格闘家。

 その判断力は目を見張る物があるが、独断で決めてしまうことがあるのが玉に瑕だ。



「まあよい。後日改めて謁見するように伝えろ」

『仰せのままに』


 通信が終わり、魔王の書斎に静寂が訪れる。そして大きく溜息を付いて椅子にもたれかかる。


「(エルフ族の街じゃなかったのが不幸中の幸いか)」


 1500年前の戦争でエルフ族はかなりの被害を受けた。多くの者が虐殺され、一部は慰め者にされた者もいる。その事を覚えている者がかなりいるため、異世界人を容赦なく殺す事があった。今では法律が制定されてあからさまに殺される事は無くなったが、迫害の対象になっている。こればかりは早急にどうにかできる問題では無いので、時間を掛けて説得している。


「(いずれは解決せねばなるまい。遺恨は悪習しか生まないからな)」


 エルフ族の資料を取り出し、次回の会談に向けて計画を練るのだった。


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