魔導師長・アギパン

 

 ザバファール大陸 ビルトニア島 


 ザバファール大陸は他の大陸と比べて面積が一番小さいが、その周辺の島の数は500以上あり、魔王が統治してからも解明されていない島が殆どである。


 その中で最も解明されて安全な島がビルトニア島だ。ただの島というわけではなく、魔力を溜め込んで様々な力を得る『魔石ませき』が大量に採掘できる場所でもある。その内半分は『浮遊石』という浮かぶ石が占めている。そのため、島の半分は浮いていおり、世にも珍しい光景が広がっている。


 ビルトニア島は自然が豊かで、森林が広がっている。他にも大陸では見られない奇抜な色をした動物や昆虫が生息していたり、大きな川が流れていたりする。


 魔法使い、魔術師達の登竜門、『ダヴィッド魔導学園』もここに建てられている。



 ・・・・・



 ダヴィッド魔導学園 学園長室


 その部屋は一室と呼ぶにはあまりにも広く、まるで異空間に放り投げられた様になる。


 壁一面に本が敷き詰められ、研究台、魔道具制作台、机や椅子も浮遊石で出来た床の上に置かれて浮いており、床も天井も存在しない。


 その学園長の座にいるのが十二魔将の一柱で最高齢、アギパンだ。



 アギパン・ヴァンダルギオン


 サテュロス族の老人で、魔力を極めた上位存在『魔神』へと昇華した魔族。

 魔法、魔術において最強と謳われる魔導士で、魔法、魔術の神髄を極め、学問や技術としても発展させた第一人者でもある。そして十二魔将において最年長であり、年齢は2096歳。魔王とは2000年以上の付き合いになる。



 アギパンは魔王と七つの冠セブンスクラウンへの報告書を片付け、学園の教師からの報告書に目を通していた。主な内容は学生に関する物で、どれも愚痴に近い報告だった。


 パイプを吹かしながら指示書を作成する。


「生徒1人1人の愚痴を零すのではなく、どう対応したいという意見を報告してもらいたいものだ」


 指示書を作成していると、ドアから3回ノックする音が聞こえた。


「おお、少々お待ちを」


 曲がった腰をさすりながら黒色のローブを羽織る。一度咳払いをして声を整える。


「どうぞお入り下さい。魔王様」


 ドアはみるみる大きくなり、高さが10m程になると、ゆっくり扉が開く。そこから入ってきたのは魔王だった。


「しばらくぶりだな、アギパン」

「わざわざご足労いただきありがとうございます。こちらへおかけください」


 手を差した方から椅子が出現する。魔王がピッタリと座れる大きさだ。


「では失礼する」


 魔王が椅子に腰掛けると、椅子ごと浮遊してアギパンの休息用のテーブルの前まで移動する。


 アギパンも浮遊しながら移動して、魔王と対面する。


 テーブルの上にはコーヒーセット、チョコ菓子、音楽再生機などのアギパンの趣味の品が置かれている。アギパンはチョコ菓子を皿に取り分け、コーヒーを入れて魔王に差し出す。


「どうぞ魔王様、今日は苦めのショコラケーキとコーヒーです」

「ありがたく頂こう」


 魔王の体長に合わせた菓子を丁寧にフォークで切って食す。


「うむ、やはりアギパンの選ぶ菓子は上手いな」

「ありがたき幸せ」

「アギパンも私に遠慮せず食べるといい。共に食べた方が美味だ」

「ではお言葉に甘えて」


 アギパンも自分の食べる分だけ皿に取り分け、ケーキを口に運ぶ。


「美味しいですね」

「ああ」


 コーヒーの香りを楽しみながら飲み、一息つく。


「それで、今日はどんなご用で?」

「うむ、時空間魔法について意見を聞きたい」

「時空間魔法、ですか」


 ふむ、と手を口に当てた後、手を伸ばして一冊の本を引き寄せる。


「以前研究したことがあるのですが、それは魔術の分野になりますな」

「魔法ではなくか?」

「ええ。ご存じとは思いますが、『魔法』は自然の理であり、『魔術』は知恵の技術です。属性系は魔法で、それ以外は魔術に該当します。しかし属性以外にも魔法とする物があります」

「それが時空間か」

「ええそうです。時空間も自然の理の一つ、時空間系を魔法とするべきだという意見が出たのです。しかしここで問題が起こりました。果たして時空間は本当に自然の理なのか、と」

「目に見えない我々の概念でしかないのだから、それを自然と言っていいものか、という意見か」

「はい。長い事議論していますが、いまだに決着が付きそうにありません。大衆の前では中立と表明していますが、本心は魔術派です」

「アギパンがどちらかの肩を持つとは珍しいな」

「両者の意見を聞いていたのですが、実際試して上手くいきそうだったのは魔術の方でした。今は難航していますが」


 互いにコーヒーを少しすすり


「ただ、メカニズムが分かっていない訳ではありません。過程は個々によって違いますが、結論から言えば、魔力で自分だけの時空間を生成することなのです。『収納空間』や【加速】がいい例でしょう」

「魔法、魔術の分別は別として、メカニズムが分かっている代物か。本心魔術派であるアギパンにとって時空間魔法は否定すべき存在か?」

「……否定したいのは山々なのですが、どちらとも言えないというのが私の意見です。結論がまだ出ていませんので」

「なるほど。良く分かった」


 魔王は少しずつケーキを食べていく。


「なら質問を変えよう。時空間の存在場所は魔力で作られるが、それが感知できないというのはあるのか?」

「別段珍しい話ではありません。使用者によっては一時的に現実と切り離す者もいます。なので呼び出すその瞬間まで気付かないという事例は少なくありません」

「現実と切り離す方法は分かっているのか?」

「残念ながら詳しくは分かっていません。魔力で空間を完全に遮断しているのか、それとも全く別の方法で切り離しているのか、使用者ですらよく分かっていない始末で」

「そうか……」

「……その様なお話をされるという事はそういった案件ですかな?」

「そうでなければこんな話題は振らない。ただ、アギパンの嫌いなスキルの話なのだ」


 アギパンは眉をひそめた。


「…………なるほど、直接お聞きにならないのはそういう事でしたか。確かに私はスキルが好きではありません。スキルは『習得した技術の簡略化』または『突発的に手に入れる技能』ですから、努力で身に着ける魔法魔術とは縁遠い物と考えてますゆえ」

「その話はもう何度も聞いた。スキルに関する話が出ると魔法魔術の方が優れているという話をしだすのは相変わらずだな」

「これは失礼いたしました。ですが、事実ですので」


 ふう、とため息をついて残りのコーヒーを飲み干す。


「おかわりをお入れしましょうか?」

「よい、十分堪能させてもらった。今回も良い物だった」

「ありがたき幸せ」

「それで、さっきの話だが。先日襲撃した転移者の中に『飛空戦艦』というスキルがあってな、その内容を聞いて魔法魔術的にどうなっているのか興味が湧いたのだ」

「そういう経緯でしたか。確かにスキルという面を除けば大変興味深い内容です。詳しくお聞きしても?」


 魔王はアギパンにスキルの内容を説明する。それを聞いたアギパンは口元を押さえ、考え込む。


「なるほど、どこからともなく巨大建造物を出現させる魔法ですか。……魔王様、それはおそらく幻想魔術です」

「何だと?」

「魔力性質が似ているため誤認しやすいのですが、幻想魔術は魔素から創りますので、特別素材はいりませんし、収納する必要もありません」

「なるほどな。創造魔法と時空間魔法とも根本的に違う訳だ」

「クトゥルーの見当違いもいい所です。後で抗議しておきましょう」

「よせ、クトゥルーもまだ仮説の段階だった。それを責めるのは筋違いだ」

「……魔王様がそう仰るのなら」


 アギパンは渋々態度を引っ込める。


「だがおかげで気になっていた事も解決出来た。礼を言う」

「いえ、当然の事をしたまでです」


 魔王は席を立ち、扉まで浮遊魔法で戻っていく。アギパンもそれに付いていく。


「邪魔をしたなアギパン。ついでに学園内を見て回ってくる」

「どうぞご自由に見て行って下さい。たまに素行の悪いのがいるようですが、そういう輩は叩きのめして結構ですので」

「それを聞いて安心した。では行ってくる」

「お気を付けて」


 魔王は【変化】で姿を変え、学園内へと入っていった。


 それを見送ったアギパンは使った食器を【洗浄】で洗い、綺麗に片付ける。


「この老いぼれに気軽に話をしてくださるのは魔王様だけですな」


 嬉しそうに独り言を呟きながら、仕事へ戻るのだった。


 

 この日、魔王がうろついた事により、一人の学生の生涯が一変したのは、また別のお話。



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