森林賢者・スマイル


 エフォート大陸 スヴァルトヘイム地方


 大陸屈指の乾燥地帯で、日差しが強く、砂漠まで存在している地方だ。ドワーフ族、ハルピュイア族、褐色エルフ族が昔から定住していて、他の種族は殆どが移住してきた者になる。


 この土地は魔石が豊富で、魔石産業が盛んだ。その富で地域の民は豊かな生活を送っている。大きな建築物や娯楽施設が立ち並び、高価な服を着た住民が街を歩いている。


 その反面、自然の木が殆ど無く、自然の恵みと呼べる物が無い。この過酷な環境では小さな種子すらまともに育たない不毛の土地なのだ。


 そんな環境問題に取り組んでいるのが、『森林賢者』スマイルだ。


 ・・・・・


 スヴァルトヘイム地方 ヒンダル地区


 ヒンダルは山が多い土地で、数少ない植物が生育している場所でもある。植物と言っても、乾燥地帯に適した干からびた物ばかりだ。


 その生態を調査するために『ライオネル調査団』が訪ねていた。


 ライオネル調査団はスマイル直属の部隊である。主な任務は魔族領の環境状態と植物の生態の調査だ。調査団の人数は100人。それぞれ役割を持って的確に行動できるエキスパート集団だ。



 調査団は厳しい日差しが照りつける山道を歩いていた。


 目指すは山頂にある植物『ザパトネ』。固い乾燥した葉に覆われており、昼夜の温度差を利用して内部で水分を生成する生態をしている。


「あ、暑い……」

「相変わらず焼けそうだ……」


 新人調査団員でエルフ族のマーカスと調査団5年目でサテュロス族のビリーはあまりの暑さに溶けそうになっていた。


「おーい2人共、早くしないと遅れるぞー」

「「はーい」」


 ビリーは3度目だが未だに慣れず、マーカスは初めてで気を抜いたらあっという間に気絶しそうだった。


「大丈夫かマーカス?」

「ビリーさんこそ、へとへとじゃないですか……」

「その言葉そのまま返すよ」


 滝の様に出る汗は止まる事を知らず、喉はカラカラに乾いている。


「ビリーさん、水筒に水残ってます?」

「さっき飲んで空だ。……もう少ししたら頂上だ。そこで水分補給しろ」

「はーい……」


 乾いて硬くなった山道を重い足取りで登っていく。


 

 数時間後、やっとの思いで頂上に到着する。


 頂上には先に来ていた団員が浮遊テントを張り、調査を開始していた。


 浮遊テントは数m浮かぶテントで、魔術【座標固定】で風や雨で流されたりすることは無く、内部は重力制御で地面にいるように生活できる。これは植物の生えている地面に影響を与えないための配慮だ。


 調査は魔道具マジックアイテムで植物の状態を確認したり、経過観察を記録などを行っている。


 前を歩いていた調査団の先輩たち(団員歴10年以上)は一足先に浮遊テントで休憩していた。


「お、やっと着いたか。もうちょっと遅くても良かったんだぞ」

「これ以上遅れてたら死んじゃいますよ……」

「先輩方はよく平気ですね……」

「100回も登れば慣れるさ。俺達は先に調査に行くから、しっかり休憩してから来いよ」


 浮遊テントから梯子はしごで降りてそれぞれの調査班と合流しに行った。


 マーカスとビリーは休憩用の浮遊テントに入る。中は30入っても余裕があるほど広く、【水魔法】で空気が涼しくしてある。団員が入ると水が入った水筒が【転移テレポート】で渡される。


「ふいー……、涼しいー……」

「全くだ……」

「お疲れ様です。マーカス君、ビリー君」


 労いの言葉をかけたのは、若い男性だった。


 真ん中分けにした金髪、黒縁くろぶちメガネに赤色の瞳、透き通った白い肌、優しく微笑んだ顔は人の好さを表している。種族がすぐ分かる特徴として、長い耳があった。


 しかし格好は、余程暑い所から戻って来たのかと思わせる物で、長袖のシャツを腕まくりし、ズボンもひざまで目繰り上げ、素足を氷水の入ったおけに浸している。


「うえへえ!? スマイル様?!!」

「こ、これは大変失礼いたしました! スマイル様がいると知らず……!!」



 あんな格好だが、ライオネル調査団団長、十二魔将の一柱、『森林賢者』スマイル本人である。


 

 スマイル・ローズル・ライオネル


 無名のエルフ族だったが、ユニークスキルで植物を自由自在に操り、森林を造る事も出来る実力者として成り上がった。年齢は1019歳。エルフ族で言えばいい大人と呼ばれる歳だ。


「あー、いいよいいよ。僕も休憩していたところだから。気楽にしてて」

「そんな恐れ多い! すぐに仕事に行きますので!!」

「スマイル様はどうぞゆっくり休んで下さい! 失礼します!」


 2人は慌てて身なりを整えて休憩所を飛び出していった。スマイルはそれを見送る事しかできなかった。


「……若い子達はどうしてあんなに畏まっちゃうんだろう」


 入って間もない団員はスマイルを見るとすぐに畏まって離れてしまう。


 それもその筈、スマイルがこの調査団の創設者だからだ。そんな象徴的な人物と気軽に話せるのは数少ない初期団員だけだろう。


「さて、僕も仕事に戻るかな」


 桶を氷水ごと『収納空間アイテムスペース』にしまい、仕事場へ戻る。


 ・・・・・


 団員達は交代しながらザパトネの観察、記録を行っていた。


 スマイルは自分の担当しているザパトネの群生地を観察する。魔道具で映像を撮ったり、透過して内部の状態を確認したり、細かい成分の違いまでも記録していく。


「よおスマイル団長。そっちはどうだ?」

「ダリダリ、今は仕事中だよ。雑談は控えて」

「まあそう言うなよ、俺とお前の仲だろ? それにお前なら見てなくても問題無いだろ?」


 ダリダリ・トトは見た目がほぼ木のトレント族で、ライオネル調査団副団長、初期メンバーの一人である。ちなみに年齢は180歳で、トレント族の中では平均寿命の中間位になる。


 根っ子の様に見える足を虫の様に多足歩行させながら近付いてくる。


「ザパトネはこの地域に特化した植物だ。他の場所だとすぐに枯れるんだろ?」

「そうなんだ。気温、湿度、乾燥具合、土壌、魔素濃度、年間環境変化、全ての条件をクリアしても枯れる事がある未だに謎の多い植物だ。5年研究してるけど、メカニズムが分かっていない所が多いんだ」

「俺は今回初めて来たから報告書だけでしか見てないからな。実際見ると不思議だ奴だと思っているぞ?」

「環境によって進化の仕方は様々だ。それこそ僕ら魔族みたいにね」

「なるほどな。そろそろ観察結果が出力される頃だから戻るわ」

「ああ、ちゃんとまとめてね」


 ダリダリが自分の持ち場に戻った頃に、スマイルの担当している群生地の観察結果が出力された。


 ・・・・・


 辺りがすっかり暗くなった頃、各自テントに入り明日に向けて休息を取っていた。外には何も無いので大体の者は眠りについている。


 スマイルは一人、外を歩いていた。そんな時、一人の影を見つける。


「おや? マーカス君じゃないですか」

「あ、スマイル様」


 マーカスは一人、街の方を見ていた。街は魔石光ませきこうで明るく照らされ、まだ眠っていないのが分かる。


「どうしたんですか? この時間は冷えますよ」

「大丈夫です。北の出身で、寒さには慣れてますから」

「……何かあったんですか?」

「え……?」

「顔に出てるから、気になってしまいまして」


 マーカスの表情はどこか寂しそうで、不安になっていた。


「……僕は調査団に向いてない気がしたんです」

「どうしてですか?」

「入団して1年になるんですが、何をやっても上手くいかなくて、皆さんの足を引っ張っているんです。気を使って大丈夫って言ってくれるんですが、申し訳なくて……」

「…………」

「スマイル様、僕は調査団を辞めた方がいいのでしょうか? そうすれば先輩方の足を引っ張らなくて……」

「マーカス君」


 スマイルは一声でマーカスの言葉を遮る。


「最初は出来ないのが普通なんです。失敗だってします。失敗があるから成功に繋がり、経験になるんです」

「でもそれじゃあ、先輩方に迷惑が……」

「迷惑を掛けてもいいんです。努力をしてる者を誰もさげすんだりはしません。だからそんな風に考え過ぎなくてもいいんです」

「でも何回も失敗したら、流石に呆れるんじゃないでしょうか?」

「では、そうならない努力をしましょう。失敗の原因を冷静に見直すんです。見直して、次はどうすれば失敗しないか、どうすれば成功するかを考えましょう」

「……僕に出来るでしょうか?」


 スマイルはマーカスの肩に手を置き、


「大丈夫。君なら出来る。僕を信じて」


 微笑みながら励ました。


「スマイル様……。……僕やってみます! 相談に乗って頂きありがとうございました!」


 元気に立ち上がり、自分のテントに戻っていった。スマイルはその背中を見届ける。


「頑張れマーカス君、私は応援してるよ」


 ・・・・・


 翌日、調査団は調査を続けていた。


 マーカスは班の先輩達と上手くやっていた。失敗しながらも、同じ失敗しないようにし、どうすれば成功するかを先輩達に聞いて成功に繋げていた。


 スマイルはその姿を見てホッとしていた。


「(何とか上手くいってるようですね……)」

「あの、スマイル様。今よろしいでしょうか?」


 話しかけてきたのはビリーだった。


「ビリー君、どうしたんですか?」

「こちら、観察結果の報告書になります。どうぞお納めください」

「ありがとうございます。……はい、承諾しました」

「……あの、もう一つよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「スマイル様は植物に使えるスキルをお持ちなのですよね? 何故スキルを使って植物問題を解決しないのですか?」

「ああ、その事ですか」


 スマイルは報告書を自分の仕事机に【転移】させてから話を続ける。


「確かに僕のスキルを使えば成長や変異させることは可能です。でもそれだけしか出来ないんです」

「と、言いますと?」

「植物を成長させ、種子を変異させてさらに増殖させる。でもそれはその場しのぎなんです。エルフ族も永遠では無い。1万年先まで僕が続ける事は出来ない。後続のために正確な知識が必要なんです。僕にはそれが出来る。そう魔王様が言ってくれたんです」

「魔王様が……」

「最初の頃はビリー君と同じことを思っていたのですが、成長させた植物に関して色々聞かれたら何も答えれなくて、魔王様に散々な言われようだったんです。だから知識を付けて見返してやろうと思ってたのですが、全然前例が無くてどうしようも無かったんです」


 スマイルは話を続ける。


「魔王様は仰いました。『植物について知りたいのならその機会を与えよう』、と。それから色々話し合って、調査団が出来たのです」

「そんな事があったのですか……」


 ビリーは頭を下げた。


「質問に答えて頂きありがとうございました。ましてこんな失礼な事を……」

「気にしなくていいですよ。ところで何でこんな質問を?」

「その、深い意味は無いのですが、こんな厳しい環境でもスキルを使わず仕事をなさっていたので、辛くは無いのかなと思いまして」


 ビリーの言葉の意味を考えて、スマイルは


「そうですね、辛い時もあります。極地に向かえばその分大変ですし、何度か死にかけた事もあります。でも、楽しいです。色んな発見があって、色んな事を知れるから」


 笑顔で答える事にした。


「でもそれは僕だからであって、他人には押し付けられません。ビリー君、辛いなら遠慮なく言って下さい。僕の出来る最大限のフォローをしますから」

「スマイル様……」


 こういった仕事は各地で調査を行う為、どうしても向き不向きが起きる。そのせいで精神面で疲弊ひへいしてしまうことがある。スマイルは団長としてケアを行う事をおこたらないのだ。


「では後程のちほど面談を行いましょう。ビリー君の事を沢山聞かせてください」

「……はい!」


 ビリーは自分の持ち場に戻り、仕事を再開する。


「おーい団長」

「ダリダリ、どうしました?」


「ああ、『』ぜ」


 その言葉を聞いて、スマイルの目つきが変わった。


「……分かりました。後は任せます」

「おう」


 スマイルは自分のテントに戻り、秘匿状態の【通信魔術】を起動させる。


「スマイルです。如何なされましたか、魔王様」


 通信の相手は魔王だった。


「スマイルよ、密偵からの情報だ。勇者一行がそちらに向かっている」

「……勇者、ですか」


 スマイルの表情が一気に険しくなる。


「スマイルよ、勇者一行を倒せ。これは王命である」

「魔王様、一つ確認してもよろしいでしょうか?」

「申してみよ」


 ゆっくりと上げたスマイルの顔には、憎悪の念が浮き出ていた。



「殺してしまっても、構いませんね?」



 魔王は少し、間を空けて答える。


「……生死は問わない。好きにせよ」

「ありがとうございます。早速準備に取り掛かります」

「詳しい情報は通信終了後すぐに【転移】させる。任せたぞ」

「仰せのままに、魔王様」


 通信が終わり、自分の机に勇者に関する情報をまとめた書類が転送される。スマイルはスキル『加速』で一気に読み上げる。


「……今夜当たりに到着ですか」


 極秘の書類のため、【焼却】で書類を燃やし隠滅する。


 ・・・・・


 その日の夜 ヒンダル地区郊外


「……やはり大した事はありませんか」


 スマイルは勇者達の血を浴びた体で月を眺めていた。


 

 勇者達は、スマイルのスキル『植物生誕』の一撃により全滅した。


 即死では無かったが、植物達による【精気吸収エナジードレイン】や毒、体内への侵入によって確実に死亡した。

 その際スマイルに返り血が当たってしまった。



 しばらく月を眺めて、スキルで生まれた植物達が消滅するのを確認した。


 スキルで無理矢理成長させた植物はものの数分で消滅させてしまう。植物を増やすにはあまりにも愚策だった。


「さて、明日もお仕事ですし、今日はもう帰りましょう」



 誰に言い聞かせているかも分からない独り言を呟きながら、調査団のいるテントへ戻っていった。


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