略奪者・クトゥルー

 

 魔族領 アージェスト海域


 アージェスト海域は、ザバファール、エフォート、ヘリドットの間にある海域で、様々な海流がぶつかり魚介類が大量に集まる場所だ。


 海域の中にはもちろん魔族が住んでいる。


 マーメイド族、マーマン族、セイレーン族、クラーケン族、スキュラ族、セルキー族、海坊主ナックラビー族など多種多様に種族がいる上に、種族ごとにさらに細かく種別されている。総称として『海魔族』と呼ばれている。


 そんな海魔族が定住している海域には一つの都市がある。


 名は『ルルイエ』。

 そしてルルイエを預かっているのが十二魔将、『略奪者』クトゥルーである。


 ・・・・・


 ルルイエ アザトゥース漁場マーケット


 ルルイエは海流の合流地点の真下に存在している。上を見上げれば大量の魚達が泳いでいるのが見える。その魚を取って各地方に売り捌いてこの町の資源にしているのだ。


 ルルイエ産の魚は海魔族が海中で無傷で捕まえるため、鮮度が良く、人気が高い。その魚を買い付けに沢山の種族が訪れる場所がアザトゥース漁場マーケットだ。


 マーケットは活気に溢れており、沢山の魔族で賑わっている。多くの種族は転移門テレポートゲートを使って都市に入っていて、海に潜れない種族は都市に入る際に『海の鎧』という魔道具マジックアイテムを装備させられる。これを装備すれば海魔族と同じ様に海中で移動、生活する事が出来るのだ。


 そんなマーケットの魔族達の中に龍人族に化けた魔王がいた。


 今日も『抜き打ち』でルルイエに訪れていた。そういうていの『お買い物』だが。


「よお兄ちゃん! 今日取れた新鮮なスジャッナがあるぜ! 買っていきな!」

「今月一番のチューンヌスの大サシ部位アリだよ!! 買った買った!!」

「フュージケタあるよ! 今夜の酒のつまみに合うよ!」


 水中の特性を生かして、上下左右決まった空間の中に所狭ところせましと魚売りが商売をしていた。


 売店は規則的に整列され、それぞれ金属製の輪で区切られている。その中で自分の店を持ち、商売を行う。取り扱う魚の種類によって輪の大きさも違ってくるので、一目で何の魚を売っているか分かり易い。


 さらに面白い事に、魚はただ捕まってるだけで、風船の様に繋がれて売られているのだ。種類によっては紐だったり鎖だったりする。ちなみにマーケット初心者は買った魚を逃がしてしまうなんて言うのはよくある話だとか。


 魔王は買った魚達をしっかり紐(魔法で強化済み)で括り付けて買い物を続行する。


 ところで、何故魔王がこんな所で買い物してるかと言うと、


「(今日は豪勢にお造りにでもするか)」 


 今日の晩御飯のおかずを確保するためである。



 ・・・・・



 しばらく買い物をした後、買った魚を自宅に【転移テレポート】させて別の場所へと向かう。


 ルルイエのマーケットから少し離れたところに、海魔族用の酒場街がある。


 酒場街には漁を終えた漁師達で溢れかえっており、昼時なのに酒飲み達で賑わっていた。


 海魔族が飲む酒というのは2種類に分けられる。


 一つ目が地上でも飲まれている液体の酒。このままだと海中に混ざってしまうので、密閉性の高い革袋に入れて飲まれている。口がある海魔族が好んで飲んでいる。


 二つ目が海中特有の気体の酒。大きな気泡にして吸って飲む。地上の魔族も吸えるが、かなり早い段階で酔ってしまう。こっちは口が小さかったり、エラ呼吸しかできない種族が飲んでいる。


 海魔族はこの2つを飲み分けて楽しんでいる。


 しかし魔王は飲みに来たわけではなく、ある人物と会うためにここまで来たのだ。


 目的の店は酒場街の下層に位置し、怪しい店が多い場所に構えている。


 その店自体も怪しい雰囲気が漂う外装をしていて、色とりどりの魔石光で照らされ、店の大きさはそこそこ大きいが『オカマバー オールドワン』という看板の存在感がそれを上回っている。


 魔王は店の大きな扉を開けて入店する。


「いらっしゃいませぇ~!」


 出迎えてくれたのは海牛の海魔族だ。


「やあエミリー。調子良さそうだね」

「いやぁ~んヴェンちゃんじゃなぁい!! 今日も遊びに来てくれて私嬉しい~!!」


 体をクネクネさせながら魔王にすり寄っていく。


「すまないがクトゥルーを指名しているんだ」

「あ~んオーナーとお約束済み? なら仕方ないわぁ」


 エミリーは金属の棒を鳴らして、


「オーナー、ヴェンちゃん様ご来店でぇす!」


 店の奥から1体の魔族が現れる。



 十二魔将が一人、クトゥルー・クラフトマン


 人族の男の体で、頭は蛸。異世界の中世ヨーロッパ男性貴族の様な服装で、蛸の触手をした手をしている。

 ルルイエの民から絶大な支持を集め、まとめ役を担っている。そして趣味で『両性』の魔族がお酌するバーの経営者でもある。年齢性別不詳の海魔族で、魔王ですら経歴を追えない謎の一面を持つ。


 

「あら~! ヴェンちゃんいらっしゃあ~い!」

「来たぞクトゥルー」


 軽めのハグで挨拶をする。


「じゃあ奥の部屋行きましょ~!」

「そうだな」


 店の奥へと案内され、個室へと入っていく。


「いいなぁ、私もヴェンちゃんと遊びたいのにぃ」


 エミリーは羨ましそうに2人を見送る事しかできなかった。



 ・・・・・



 奥の部屋には豪華な装飾が施されていた。


 高価な置物、一流職人が作った家具、著名の画家の絵画、特別な客をもてなすのには十分過ぎる位の豪華さだ。それだけではなく、魔術で【不可視】、【遮音】が掛けられており、外部から干渉できない造りにもなっている。


「…………もう大丈夫ですよ魔王様」


 魔王は【変化】を解いて本来の姿に戻る。


「わざわざご足労いただき感謝いたします」


 忠誠の姿勢を取り、魔王に頭を下げる。


「よい。我が好きで来ているのだから気にするな。して、例の件はどうなった?」


 クトゥルーは顔を上げて、不気味な笑顔を浮かべる。


「ええ、ええ。スキルの【分離】は既に完了してるの。後は【分解解析】で調べるだけよ」



 クトゥルーの二つ名は『略奪者』。


 他者からスキルを奪い、詳細が分かるまで分解し、新しいスキルを生み出す糧にする。そのために珍しいスキル持ちを乱獲したり、新しいスキルの実験体にしたりする。



「この間捕まえた子の『復元』は時間逆行系統で確定ね。後『飛空戦艦』も興味深いわ。創造魔法に近いのだけど、根本が違うみたいなのよ」

「魔法とは別の何か。魔素集合体では無く錬金術と魔力核で作られた実体型か?」

「それも考えたのだけど、そうなると辻褄が合わないのよ。錬金術ならいちいち素材を用意しないといけないじゃない? でもあの子の頭を開いて調べても素材を集めた形跡が無いのよ。いちいち造ってはいるみたいだから時空間魔法で別の空間に収納してるわけでも無いみたいだし、【分解解析】しがいがあるわ~」

「スキルに魔術の概念は通用しない。それはクトゥルーがよく言っている事だったな」

「あら、覚えててくれたのね~その言葉! 嬉しい!!」


 クトゥルーは魔王に思いっ切り抱き着く。が、魔王は簡単に取り払う。


「もういけず~!」

「我のスキルは渡さんぞ」

「……あら、バレちゃった~?」


 口に手を当てクスクス笑う。


 そう、クトゥルーは魔王のスキルも狙っている。3000年の鍛錬で築き上げたスキル達はどれを取っても強力なのだ。クトゥルーからしてみれば宝の山が目の前にあるのと一緒だ。隙を見せれば必ず奪いに来る。魔王と出会った時から変わらない関係だ。


「他の者が見れないことを良い事にスキルを奪いに来るのは常套手段じょうとうしゅだんであろう」

「うふふ、でも分かっててこの部屋に入って来てくれてくるでしょ~?」

「仕方なかろう。スキルの『改造』だけならいざ知らず、人族改造実験に関しては反感を買うからな」


 人族改造実験。 


 それは魔王が秘密裏に行っている実験で、『人族を魔族に昇華する』ことが目的だ。


 しかし、そんな事をすれば人族に恨みを持つ種族、十二魔将からも反感を買い、魔族領が割れかねない。現魔王が統治する前の魔族領に逆戻りだ。


「で、改造実験の方はどうだ?」

「そっちはちょっと難航し始めてるわ~。他の魔族と融合させて混ざり物には出来るけど、オリジナルの種族として魔族にするのはどうしても難しいわね~」

「魔力が多ければいいという問題でも無いからな。肉体が追い付かなければ意味が無い」

「ちょっと改造すれば肉体を強化できるけど、それじゃあ混ざり物だしね~。だから報告出来そうな事は無いわ~」

「分かった。では何か進展があれば【隠蔽念話】で連絡するように」

「了解しました。魔王様」


 クトゥルーが一礼した後、スキル『収納空間アイテムスペース』からお酒を一本取り出す。


 気体タイプの酒で、頑丈で密閉性の高い瓶に入っている。ベースは海中でしか実らない『シーグラップ』だ。


「一杯どうかしら?」

「……有難く頂こう」

「今『鑑定』したわね~! 失礼しちゃう!」

「お前の事だからな」


 互いに笑みを浮かべて、グラスに酒を注いで飲み交わす。



 ・・・・・



 酒を楽しんだ後、【変化】でまた姿を変えて退室する。


「今日は楽しかったよ。また来る」

「は~い! 何時でも連絡頂戴ね~!」


 店の中には他の定員が接客していた。何となく察しは付いているだろうが、ここにいる海魔族達は全員『両性』だ。


「勘定を頼む」

「あ! ヴェンさん! この後フリーですか?」


 クマノミの海魔族が話しかけてきた。


「やあアスカ。君は仕事終わりかい?」

「そうなんです。ですから、プライベートでお会いできればと……」

「あらぁ! ダメよアスカちゃん! ヴェンさんはもうお帰りなんだから!」


 話に割って入って来たのは、チョークバスのマーメイド族、サキラだ。


「えぇ、でもぉ……」

「まあまあサキラ、私も悪い気はしていないから、そんなに目くじらを立てないでくれ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ」

「もうヴェンさん! 女たらしは相変わらずね。支払いはカード?」

「ああ」


 支払い用魔石にカードをかざして支払いを完了する。


「ではな、また来る」

「は~い! またのお越しをお待ちしております!」



 店を出た瞬間、ルルイエ全体に警報が鳴り響く。



『魔獣リヴァイアサンの大群が接近しています。非戦闘市民及び来訪者は全員指定機関に避難して下さい。繰り返します。魔獣リヴァイアサンの大群が------』

 

 魔獣リヴァイアサン


 体長100mにもなる巨大魔獣で、図体の割にかなり素早く、スキルや魔法を使ってくる災害級の魔獣だ。

 この魔獣は激しい海流に漂うダンジョンから出現し、しょっちゅう大量発生スタンピードを起こしている。


「なんとまあタイミングの悪い……」


 後ろから大きな物音がする。騒々しくなったと思った時には、店の天井が開いて店の店員とクトゥルーが飛び出していた。


「行くぞお前ら! リヴァイアサン狩りだ!!!」

「「「「「「「イア!! イアァァァァァァァァァァ!!!!!」」」」」」


 オールドワンの店員の正体は、クトゥルー直属の精鋭部隊『星の落とし子達』である。


 海中戦では十二魔将中トップの戦績を誇る実力者集団だ。ただし、相手が魔族の男だと尻を狙うのが難点。


「では、頼んだぞ」


 魔王はそれを見上げながら帰路に就いた。



 50いたリヴァイアサンの大群は、全部クトゥルーと『星の落とし子達』にミンチか輪切りにされてしまい、クトゥルー側の圧勝で幕を閉じた。




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