闘将・レオール

 

 ホープ大陸 人族領境 アルカトラズ山脈


 人族領と魔族領は巨大な山脈によって分断されている。人族領ではこの山を『越えられない種の壁』と呼んでいる。これが領境であり、人族にとって檻でもある。


 そもそもこの山は1500年程前、魔王が魔術で造ったとされている。当時人族が1000人にも及ぶ勇者召喚を行い魔族に戦争を仕掛けた。その戦いは多大な損害を互いにもたらし、結果的に魔族が勝利した。


 この事が魔王の逆鱗に触れ、人族を追い込み、ホープ大陸の6割を占めていた人族領を現在の3割にした。これ以上戦争を起こさせないために契約をさせ、その象徴としてこの山脈が造られたという。


 この山脈には魔族領に繋がる道がある。その一つが『魔への谷』だ。


 谷の標高がそこまで高くなく誰でも簡単に通れるのだが、魔族領の手前で待ち受ける要塞『テルモピラー』がある。その作りは強固な物で、5重にもなる幕壁、狭間にいる大量の弓兵と魔術師、側防塔の小窓から見える魔石砲など、軍隊が押し寄せても攻め落とすのが難しい造りだ。


 ここにはたまに人族が訪れる。


 軍隊、魔族に興味がある者、商売がしたい者、そして勇者。



 その勇者の1人がこの要塞の前に到着した。



 ・・・・・



 アブター公国の勇者トイ一行は『魔への谷』を歩いていた。



 ここに来るまで様々な試練があった。


 ゴブリンの軍勢、ニードルベアー、ファイアーリザード、オーク、ワイバーンの群れ、数々の強敵と戦い、乗り越えて来た。


 確実に強くなっている。それを実感していた。そして目指すべき一つ目の壁と対峙する時が来た。


 トイは要塞『テルモピラー』の前に立つ。目の前にあるのは大きな扉で、今のトイでも開けるのには数分かかりそうだった。


「止まれ! 勇者トイよ!」


 小窓から顔出している兵士が大声で呼び止める。


「何用でここに来た!」

「魔族領に入るために来た!」

「何故入るか理由を述べよ!」

「魔王を倒すためだ!」


 静寂が訪れ、兵士が中に引っ込み中で何か話声が聞こえる。


 ゆっくり門が開き、一体の男が現れた。

 

 体長4m近い巨体で、一つ一つの筋肉が隆起している。まるで筋肉自体が鎧の様だった。

 上半身裸で、肌は赤、口からは牙が見え、黒色の髪に一本角が象徴的だ。

 腰には大型の獣の毛皮を使った腰巻を付け、ズボンは猟師の様な物、手には自身の背丈程ある突起が複数付いた金棒を持っている。


「俺は十二魔将、闘将・レオールだ。勇者トイ、ここを通りたければ俺を倒してみろ」


 金棒を大きく振り回し、トイに先端を向ける。その余波で強風が吹き荒れた。


「(この男、オーガか……?!)」


 オーガ族は体が大きい事を除けば、人族と風貌が良く似た種族である。


 魔力が強い個体には角が生えている。その魔力量によって角が大きくなる。

 オークと比べられることがあるが、魔法を使える種類が多いのはオーガが圧倒的に多い。


 別名『鬼人』とも呼ばれている。

 

 トイの後ろにいる魔術師カナ、僧侶ワカチコ、重戦士ゴンザブロウたちは戦闘陣形を取る。


 後衛にカナ、ワカチコ。中衛にトイ、前衛にゴンザブロウといった形だ。


 ゴンザブロウが盾役になり、トイが魔法と剣で主力攻撃、カナとワカチコがサポートと遠距離攻撃を行う。妥当な陣形だ。


「いくぞ皆! 勇者スキル発動!」



 スキルには『派生スキル』というものがある。


 『採掘』のスキルの場合、『採掘』のただ掘る以外にも、鉱石によってそれぞれ専門の知識と技術が必要になる。その時に派生スキル『宝石選別』、『鉄鉱採掘』などが発現することがある。


 『勇者』のスキルにも派生スキルがあり、勇者によって多種多様に発現する。


 さっきトイが発動したスキル『強者への挑戦』は、レベル、実力差のある敵と戦う場合のみ発動可能で、味方又はパーティー全員に能力向上を付与するものだ。

 

 カナとトイが先制する。


「【火炎弾フレイムボール】!!」

「【風刃ウィンドカッター】!!」


 互いを増長させる魔法でレオールに放った。爆音と共に煙が上がり、レオールの姿が見えなくなる。煙が晴れた時にはレオールの姿が無かった。


「上だゴンザブロウ!!」


 ゴンザブロウが大剣を咄嗟に盾にし、上から金棒を振り下ろしてくるレオールを受け止める。その衝撃で地面が陥没し、ゴンザブロウの両足がめり込む。


「ぬううううう!!!!」

「これに耐えるか、良い肉体をしている」


 今にも押しつぶされそうな力量差だが、『強者への挑戦』と己の筋肉で何とか耐えている。


「今だトイ!!」

「ありがとうゴンザブロウ!」


 その隙を見逃さずトイが剣を振りかざす。


 トイの持つ『オリハルコンの剣』は人族領でもトップクラスの性能を誇る剣だ。岩を切り裂き、魔法を弾く強力な剣だ。


「これでどうだ!!」


 オリハルコンの剣がレオールの頭に振り落とされる。


 レオールは上体を逸らして空振りさせ、大きく口を開き一気に空気を吸い込む。



『猛獣の咆哮』!!!!



 その蛮声は谷全体を震わせ、近くにいた4人の鼓膜を破壊する。


 皮膚と血管の薄い部分が破裂し、小さな噴水の様に鮮血が噴き出し始める。肉体をあまり鍛えてなかったカナとワカチコにはダメージが内臓にまで達し、吐血していた。


 一番の問題は、至近距離でこの攻撃を喰らったトイだった。大きく揺らされた脳に深刻なダメージが入り、一瞬で意識を失った。


 4人全員が動かなくなったのを確認し、レオールはトイに近付く。


「弱い。圧倒的に弱い。故に、死ね」

 

 片手で振り上げた金棒をトイ目掛けて一気に振り落とす。


 岩が砕け、谷が揺れる程の一撃でトイの体は一瞬で破裂し、周囲に肉片が飛び散る。中心には大量の血痕が残り、握っていた剣は粉々になっていた。衣服はいくらか残っていたが、血だらけで周囲に散乱してしまった。


 金棒にこびりついた血を振って落とし、肩に担ぐ。踵を返して要塞へ戻っていった。



 ・・・・・



 勇者トイが死に、残りのパーティーが撤退した後、要塞の中では会食が行われていた。


 要塞にはレオール含め20人しかいない。後はゴーレムとスケルトンで要塞の警備を万全なものにしている。


「いやあ流石レオール様、見事な咆哮でございました」

「これならどんな軍隊が来ても安泰ですね」

「…………」


 レオールは無言で小樽に入った酒を飲み干す。


「……さっきの勇者はどうも弱かった。おかげで不完全燃焼だ」

「それならいい話があるぞ」


 部屋の扉が開き、魔王が入ってきた。


「!! 魔王様、本日はどの様なご用件で」

「うむ、実は先ほど密偵から報告があってな、人族領の勇者3人が合流した。軍を引き連れてこちらに向かっている」

「勇者トイの弔い合戦ですか?」

「いや、トイが来る前から動きがあった。トイは独断専行で来たのだろう、哀れな」


 魔王はレオールに手を差して、


「レオールよ、王命を下す。これから来る戦いに勝利せよ」

うけたまわりました。魔王様」


 片手を胸に当て、片膝を付き忠誠の姿勢を取る。周囲にいる部下達も同じく忠誠の姿勢を取る。


「詳細は後日知らせる。今は英気を養え」

「はっ」


 

 ・・・・・



 数日後


 テルモピラーの前には1万にも及ぶ人族の兵隊が集まっていた。


 先頭には鉄壁の勇者、マカロがいる。マカロのスキルは『崩れぬ城壁』。全体防御ができるスキルだ。このスキルであれば『猛獣の咆哮』も止める事ができる。


 そのすぐ後ろに魔剣の勇者、バエリア。軍隊の最後尾にいる再生の勇者、ナキが配置されている。

 騎兵隊の準備が整った事を確認し、バエリアが出陣の合図を出す。


「皆の者! これは人族のための戦いである! この要塞を越え、我らの祖先の故郷を取り返すのだ!!!」


 兵士達が雄叫びを上げ、一斉に騎兵隊が突撃を開始する。それに歩兵隊が続く。


 ・・・・・・


 テルモピラーの小窓から様子を見ていた監視兵トーリが通信魔法で全員に伝達する。


「敵陣営進軍開始! 総数は情報通り1万! 残り距離1000!!」


 要塞内で死霊術師リョーショーとシィカがスケルトンを一斉に操作する。


「「スケルトン弓兵隊準備ヨシ!!」」


 魔術師のクセルとクセスの姉妹が幕壁に【防御魔法】を掛け、強化する。


「幕壁補強完了しました!」

「です!」


 残りの兵士達はゴーレムや魔石砲の準備に取り掛かる。


 そしてレオールは単身で要塞の外で仁王立ちして待っている。


「全員雑魚を相手しろ!! 勇者は俺が片付ける!!」

「「「「「「了解!!!!」」」」」」


 騎兵隊が要塞までの距離を詰めてくる。勇者2人も騎乗して突撃してくる。


 レオールは大きく息を吸い込み、



『猛獣の咆哮』!!!!!



 広域に蛮声を響かせる。地面が抉れ、見えない大波が軍隊に襲い掛かる。


 迫りくる攻撃にマカロがスキルを発動する。



「『崩れぬ城壁!!』」



 半透明な巨大な城壁が現れ、衝撃を弾いていき、後続の兵士達を守る。


 人族軍の陣形は『魚鱗』と呼ばれるピラミッド型の陣形だ。後続から先頭にかけて人数を減らし、上から見ると三角の様な形になっている。一番後ろに個別で部隊があり、バランスの悪い矢印にも見える。


 この陣形にすることで攻撃部隊と支援部隊で分けて、支援部隊を守りながら進むことができる。



 マカロはどこか違和感を感じていた。



 前衛の攻撃部隊全体を守りながら要塞に接近、バエリアの魔剣攻撃で扉を破壊し侵入する作戦だ。


 この作戦は陣形を見れば何となく察しが付く。十二魔将という歴戦の怪物なら尚更だ。


 しかし、魔族側は頭である十二魔将が一人だけ戦場に出て迎撃している。防がれるのを分かっている攻撃を放ってくる。いくら何でもおかしいと感じた。


 その答えがスキルで防御してから数秒で気付くことになる。

 

 突然地面を蹴っていた馬の足が空を切った。


 まるで崖から落ちるようにして足をばたつかせる。その感覚は乗っている人間に遅れて伝わる。


 『猛獣の咆哮』で地面が抉られ、堀が出来て落下していたのだ。その範囲が谷の窪みの横幅一杯になるまで広がっており、先陣を切っていた騎兵隊が次々と落下していく。


 堀の深さは3mを超えており、落下した者は叫び声を上げながら底に激突する。向こうまで飛び越えようにもおおよその距離で15m以上あり、馬でも跳躍して届きそうにない。


 マカロのスキルでも突然出来た堀に対して何か出来る訳も無く、そのまま落下してしまう。このタイミングで『崩れぬ城壁』が大きく乱れ、後方にいた兵士達の防御が疎かになってしまった。


 『崩れぬ城壁』の防御が緩んだのをレオールは見逃さなかった。


「今だ撃てぇぇぇ!!!」


 レオールの指示で狭間にいるスケルトン達が一斉に矢を放つ。


 スケルトンの持っている弓矢は並みの鉄製の鎧なら簡単に貫通する強力な物だ。


 放たれた矢は空中で弧を描きながら人族軍に襲い掛かる。頭や胸を貫通し、その場で断末魔の叫びを上げて倒れる者、即死して声も出なかった者、死には至らなかったが体のどこかに当たり悶絶しながら卒倒する者など、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。



 後衛の魔術師組は何とか【防御魔法】で防ぎきる。しかし前には大量の死傷者で溢れかえってしまった。あまりにも凄惨な光景にその場で嘔吐してしまう者や気絶する者が現れる。


「気を確かに持て!! すぐに回復させるんだ!!」


 ナキが指示を出してうろたえていた支援部隊を何とか動かす。それぞれ回復できそうな兵士に回復魔法をかけていく。


「動けますか?! 早く後退して下さい!!」

「ダメだ、ポーションをくれ!」

「こっちは即死してる……」


 被害は想像以上で、おそらく3割が戦闘不能の状態だ。盾で何とか逸らした軽装歩兵は比較的被害が少ないが、槍兵が何もできず矢の餌食になり殆どが死亡か重傷だ。


 先頭集団が突然姿が見えなくなり、後方が混乱し足踏みしてしまっている。


「臆するな!! 進める者は私に続け!! 何としても要塞に取り付くぞ!!」


 中年の騎士隊長が指示を飛ばし、動ける兵を連れて突撃する。


「進め!! 進め----



 次の瞬間、騎士隊長の頭が消し飛んだ。


 

 軽く爆ぜる音がしたと思えば、次に騎士隊長の頭を見た時には無くなっていて、血があちこちに撒き散らされていた。


 魔術師達は魔法的な何かという所までは理解できたが、それが一体に何の魔法かまでは全く分からなかった。


 呆然としている間に次々と兵士の頭が吹き飛ばされていく。


「何だ?! 何が起きてる?!」

「逃げろ!! 殺されるぞ!!」

「うわあああ!!!」


 見えない攻撃に恐怖が限界を超え、正常な判断が出来なくなった兵士達は四方八方に逃げ出し大混乱になる。


「皆さん落ち着いて!! どうか私の話を聞いて下さい!!」


 ナキが何とか落ち着かせようとするが、誰も聞く耳を持たず、一向に収束する気配が無い。


「(まずい、このままじゃ被害が……!)」



 ・・・・・・



「ほい命中。次」

「こっちも命中。ヘッドショットさまさまだね」


 エパとピュロスはテルモピラーの狭間から魔石砲で狙撃していた。


 敵が分断され混乱している内に増える頭、指示役を潰しているのだ。



 レオール側の作戦は、至極簡単なものだった。


 レオールの『猛獣の咆哮』で突貫の堀を作り、勇者がいる前衛と支援部隊を中心とした後衛を分断し、後衛を超遠距離攻撃で頭数を減らす。特に指示を出している隊長級は優先的に潰していく。そして前衛はレオールがまとめて倒すというものだった。


 魔石砲は全長2m程の大筒で、引き金を引けば魔法弾が高速で発射される。いわゆる銃と言われる代物に近い。飛距離は使用者によって大きく変わり、魔力を効率的に練って注入出来れば地平線まで撃つことが

できる。逆に下手な者は筒の先っちょから少し零れ落ちるだけになってしまう。


 エパとピュロスは魔石砲のエキスパートで、50㎞先の針の穴に弾を通すことも出来る程正確な狙撃が出来る。


「これで20、ピュロスはどうだ?」

「う~ん、まだ17。でもかなり撤退して行ってるよ」

「後はレオール様の決着を待つだけか」

「あ、勇者見っけ。えい」


 ピュロスはナキの頭を吹き飛ばした。


「命中。あっさり死んだな」

「後方にいるから大したことなかったんでしょ。さ~て、どんどん撃ち殺しちゃおう」



 ・・・・・



 時は少し戻り、レオールの作った堀に落ちたマカロとバエリアは馬や兵達の下敷きになっていた。急に止まれなかった者が大多数で、数層にも覆い被さってしまった。


 2人は勇者のスキル『勇敢なる肉体』のおかげでダメージを負う事無く這い出ることが出来た。しかし他のは騎兵は潰されたり暴れる馬に蹴られたりしてすぐに動ける状態ではない。上にいる兵士達も見下ろすだけでとても降りれそうにない。


「完全に足が止まった。まさか防御が裏目に出るなんて……」

「後悔している暇はないぞ。前を見ろ」


 マカロが要塞の方を見ると、レオールが立ちはだかっていた。


 巨大な金棒を担ぎ、ゆっくりと近付いてくる。


「流石は勇者だ。あれだけ潰されれば大怪我の一つや二つするものだぞ」

「舐めるなよ魔族。勇者はこの程度でやられはしない」

「あのトイとかいうのもか?」


 バエリアは下唇を噛んだ。


「あんな勇者の恥晒しと一緒にするな! ろくにスキルも開放出来てないまま敵将に挑むなど、愚の骨頂だ!!」

「彼は、あまりにも傲慢だった。僕らの説得も聞かず飛び出して、挙句の果てにあんな死に様を……」


 レオールはフン、と鼻を鳴らす。


「なるほど、だからあんなにも弱かったのか、納得した。ではお前らは違うのだな?」

「……比べるのも馬鹿馬鹿しいと思えるほどな」


 バエリアは魔剣『フルンティング』を構え、レオールと対峙する。マカロも両手から魔力で作った半透明な盾を出現させ戦闘態勢に入る。


「マカロ様! バエリア様! 助太刀致します!!」


 這い出てきた騎兵や重装兵が集まり始める。落差のある堀を何人かが降り始め、その数を増やしていく。


「お前たちは下がっていろ! マカロより前に出れば咆哮の餌食になるだけだ!」

「『崩れぬ城壁』で保護しますので、どうか動かないで下さい!!」


 兵士達に手をかざし、『崩れぬ城壁』を展開する。半透明な巨大な壁が再び現れ、兵士達を守る。


「(上の方は、……ダメだ。分断されて完全に混乱している。しかも矢の総攻撃でかなりやられたか……?)」


 『崩れぬ城壁』は視認できる対象か手をかざした先にしか展開出来ない。


 発動すれば固定してしばらくは大丈夫だが、強力な攻撃を受ける場合、維持するために魔力を込め続けなければならない。さっき咆哮を受けて固定しなかったのはそのためだ。


「(そのせいで防御が崩れてしまった。完全に僕のミスだ……!)」

「後悔するのは戦いに勝ってからにしろ」


 バエリアの言葉で我に返り、レオールに向かい合う。両手をかざして障壁を展開し直す。


「行くぞ魔族の将! 我が剣の錆にしてくれる!!」


 先にバエリアが突撃する。


 常人とは桁違いの速さで駆け抜け、レオールの懐に入る。レオールはバエリアが剣を振る瞬間、二歩後退して剣を躱す。バエリアはそのまま勢いを殺さず、連続で斬撃を繰り出す。しかし、一つも当たる事は無く、掠り傷一つ付けられない。


「(図体がデカい割に素早い……!)」

「どうした、その程度か」

「っ!! まだまだァァァ!!!」


 左手を素早く突き出し、



「【火炎大蛇フレイムパイソン】!!」



 自身の体よりも数倍巨大な炎の渦を発射する。


 レオールは金棒を振り下ろし炎の渦を霧散させる。バエリアがそれを見て怯んだのをレオールは見逃さなかった。



『蛮族の祀り火』



 レオールの口から大量の炎が吐き出され、バエリアを焼いていく。


「ああああああああああ!!!」

「バエリア!!」


 マカロがバエリアに魔法障壁を貼り、大事には至らなかった。


 バエリアもこの隙に距離を取り、火傷した部位に治癒魔法をかける。


「大丈夫かバエリア?!」

「何とかな……、しかし口から炎を吐くとは、魔族は油断ならないな」

「すまない、僕の魔力障壁に透過効果が無いばかりに……」


 マカロの出現させる障壁や防御魔法には味方の攻撃を透過させる能力が無い。味方の攻撃中に出現させると、攻撃が反射したり無効化してしまうことがある。発動タイミングがずれれば逆効果になるので、マカロは本当に危ないタイミングでしか発動しない。


「気にするな。まあ、怪我をしたおかげで私のスキルの発動条件を満たしたから問題無い」

「まさかあれを使うのか?!」

「敵将相手に出し惜しみは出来ん。少し離れていろ」


 再び前に出て剣を構え直す。レオールは金棒を肩に担ぎ直していた。


「待たせてしまったな」

「別に構わん。そうじゃなきゃ面白くない」

「面白くない?」

「悪い癖でな、犬や猫と遊ぶのと一緒で格下の相手には十分遊んでやるのさ。人族は最後に殺すがな」


 バエリアは剣を掴む手の力を強める。


「……私がお前より弱いと?」

「ああ、弱い。だが遊べる程度だから誇っていいぞ」

「ならその認識を覆してやる」


 バエリアから大量の魔力が溢れ出し、鎧が砕け、裸になる。溢れ出した魔力は後方にいる兵士達から出た血を搔き集め、バエリアに纏わり付いていく。それは徐々に大きくなり、剣は大剣に、血は深紅の鎧に変化する。



「『血盟の集結フルンティングコール』。これで貴様を葬る」



「ほお。身体、魔力を強化したか、それ以外にも色々付いているが……」

「御託はいい。行かせてもらうぞ」


 風切り音と共にバエリアの姿が消える。同時に、レオールの周囲が吹き飛び始める。

 バエリアが周囲を超高速で移動しているからだ。


「終わりだ」



『鮮血の断罪』!!



 超高速で動き回りながら連続で血の衝撃波攻撃を浴びせるこの技は、例えどんなに頑丈な敵でも削ぎ落として絶命させる必殺技。ましてや、既に逃げ遅れた相手なら間違いなく仕留められる。そう確信していた。



地獄堕じごくおとし



 しかしそれはたった一振りで打ち砕かれた。


 全ての攻撃を一発の衝撃で消し飛ばされ、鎧を砕かれ、内臓を潰され、敗北した。



 叩き潰されたバエリアは意識が朦朧としながら地べたを這いずり回る。四肢は砕かれ、内臓もいくつか潰れ、吐血してろくに呼吸も出来ない。それでもどうにかしようと、行動する。


 レオールはそれを見て、


「いい女だ、気に入った。お前は連れて帰る」

「待て!!」


 マカロが障壁を全身に纏いながらレオールの前に立つ。


「次の相手は僕だ!!」

「盾しか作れないお前に用は無い。とっとと帰れ」

「黙れェェェェェ!!!!」


 レオールに向かって駆け出した。


「そうか、ならば死ね」


 金棒を天高く振り上げ、一気に振り落とす。



『城壁越え』



 障壁に金棒が当たった瞬間、マカロが破裂した。


 『城壁越え』は壁の向こうにいる敵一体に対して起こした衝撃を直に伝えるスキルだ。それがレオールの全力で振り下ろした金棒なら、人族は一撃で何も残らないだろう。


 マカロが消えたことで兵士達を保護していた壁は消えた。


「まだやるか?」


 兵士達は完全に戦意を失い。叫び声を上げながら撤退していった。



 ・・・・・



 1時間足らずで終わった戦いの後には人族軍の死体の平原が出来ていた。


 それを処理するのがゴーレム達だ。使えそうな鎧や武器を回収し、死体は内臓している火炎放射器で燃やしていく。仕上げに高圧噴水でこびりついた血を洗い流し、【土魔法】で谷の地面を元に戻す。


 

 要塞内では1万の兵を退けたことの慰労会が行われていた。そこには魔王の姿もあった。


「よく要塞を守り切ってくれた。感謝するぞレオール」

「勿体無きお言葉、これも魔王様が修練して下さったおかげでございます」

「そう硬くなるな。今夜は無礼講だ。目一杯楽しむが良い」


 魔王が持ってきた上質な酒や料理がテーブル一杯に並び、レオールとその部下達は食事を楽しんでいた。


「しかしレオールよ。相変わらず遊びが過ぎるな、もう少し真面目に相手をしてやったらどうだ?」

「いやあ、これだけはどうしても治りません。人族はペットですよ。小動物みたいな」

「……そうか」


 そこに酔ったトーリが近付いてくる。


「どうしたんですか? お酒が進んでませんよ?」



 レオール・オルガ


 十二魔将でオーガ族の狂戦士。御年217歳。

 倒して頑丈だった人族の女を孕ませて子供を作る事が趣味という以外は至極全うで、仕事、子育てと大抵の事は出来てしまう。その子供たちはこの要塞で兵士として活躍している。

 思考が一部狂ってしまっているが、その強さは本物だ。


「おいおい焦らせるな、宴はこれからだろうが」

「今日も父さんのおかげで勝てたんだから、父さんが一杯食べてよ!」

「そうですよお父さん。さあこっちに来てください」

「はっはっはっ! 俺の子供達は皆いい子に育ったなあ! そんなお前たちに朗報だ! 新しいママが増えたぞ! 明日から早速子作りに励むからすぐに家族が増えるぞ!」

「やったあ!! 家族が増えるよクセス!」

「そうだねクセル!」


 レオールの報告に息子娘達は笑顔で喜んでいた。


 これが彼らにとっての幸せなのだ。


「(性格に難ありと言われてきたが、あの笑顔を見るとどうでもよくなってくるな)」


 魔王はその光景を見ながら酒を飲んだ。



 要塞での宴は、飲んで騒いで、朝まで続いた。



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