剣姫・マリーナ

 

 エフォート大陸 アルフヘイム地方


 この地方は9割が森で覆われており、木の高さも平均10m以上とかなり高い。そのため地面よりも木の上で暮らす種族が多い。ピクシー族、半霊族、フェアリー族、アラクネ族、甲虫族、トレント族、エルフ族などが主に暮らしている。

 そしてこの大陸を象徴する世界樹『ユグドラシル』がある場所でもある。


 ユグドラシルのお膝元とも言える場所に城がある。


 城と言っても切り出した岩で組み上げられた物ではなく、魔法で木を成長させて複雑に絡み合わせた塔のような大木である。中は枝をかなり太くさせて渡り廊下代わりにしたり、窪みを作り部屋として使っていたりする。防衛機能は大木が変形したりすることで行っており、攻撃魔法もお手の物だ。まさに自然で造った要塞なのだ。


 この城の名は『イルミンスール』。十二魔将『剣姫』マリーナが城主を務めている城でもある。


 ・・・・・


 マリーナは会談を終えた後、通信魔法を切ったのを確認して事務処理に務めていた。


 【加速思考】と【書類作成】で全ての書類を十数分で終わらせる。一気に魔力を消耗したので、少し休憩する。


 マリーナの書斎はイルミンスールの最上階にあり、地上からの高さは500m位の位置になる。その内装は1人が使うには少し広すぎる位広く、沢山の木の葉で覆われている。床は木の枝が網目状に編まれた物で、少しだけ弾力がある。机や椅子は流石に加工品でどこか浮いている。天井からは丁度いい木漏れ日が入り、部屋全体を明るくしている。


「エル、いるか?」


 木の扉がメキメキと変形し開門する。


 そこから入ってきたのは小柄なエルフ族の女性だった。肌は白で髪は紺色、目は青色している。


 彼女の名はエル・アース・セイロン。マリーナの側近であり秘書を務める士官だ。


「何用でしょうかマリーナ様」

「こちらが監視をしている勇者一行に関する報告だが、進行方向が大きく変わったように見える。人員を増やして警戒してくれ」

「用意できる人員は第2部隊のガイレット・スヴァルト・ラベンド三等騎士、フラウ・リュールス・ナスタチウム三等騎士、セイラ・スヴァルト・バーベナ二等騎士、ニコル・エッダ・グラス一等騎士になります」

「確か内勤を任せていたな。ではガイレット、フラウ、セイラ、ニコルに勇者偵察任務を任せたい。すぐ呼んできてくれ」

「承知しました」


 エルが部屋を出ると同時に扉が閉まる。ミシミシと大きな幹や枝が重なり合って完全に見えなくなる。それを確認してから肩を鳴らす。軽く肩の運動をして筋肉をほぐした。


「…………覗き見とは趣味が悪いですよ魔王様」


 マリーナが睨んだ先には誰もいない。


 だが声を掛けて数秒後、壁がユラリと歪み、魔王の姿が現れた。スキル『透明化』と『気配遮断』で姿を消していたのだ。


「許せマリーナ。勇者達の動向を一早く知りたくてな、侵入させてもらった」

「魔王様で無かったら気付いた時点で斬首していたところです」

「流石マリーナだ。容赦が無い」


 

 マリーナ・ゲルマン・ローズ


 褐色の肌をした黒色エルフの一族の剣士。エルフの有力家系、ゲルマン家の若長でもある。歳は452歳。

 銀髪のロングテールに琥珀色をした鋭い眼、褐色の肌をしている。スレンダー体型で全身が引き締まっている。その立ち姿は美女と呼ぶに相応しい。

 着ている服は胸布と股布、腰巻を巻いているだけで、後は手甲と脛当て程度の鎧だ。

 正装でも普段でも露出の多い服装をしている。暮らしている森が高温多湿の地域だったため、布の多い服を着ない習慣があるからだ。



 マリーナが何故魔王に気付けたかというと、スキル『思考感知』を持っているからだ。


 『思考感知』は相手の思考を感じ取る事が出来るスキルで、周囲数百m圏内ならどんな知能生物でも感じ取れる。なので、いくら気配を遮断しても気付かれてしまうのだ。


「それで、勇者達の進行状況が変わったと言っていたが?」

「今回の勇者一行は野蛮な所がありますので警戒を強めています。もし同族に手を出すようであれば殺します」

「どの道ビクトールかスマイルと戦う事になるが、万が一エルフ族に手を出す事を企てたらマリーナが仕留めても構わん」

「仰せのままに、魔王様」


 この世界には常人以上の力を持つ正真正銘の『勇者』が生まれる事がある。スキルや魔術がずば抜けて高く、天才でありながら己の努力で強さを手にする者達だ。


 魔王はそう言った勇者には嫌悪感が無く、普段は監視する程度に留めている。もし敵意を向けてきたりした場合は、十二魔将達を出撃させ殺害する。逆に善意を向けるのであればそれ相応の態度で迎えるつもりだ。


 現在マリーナが担当している勇者一行は海を越えてエフォート大陸に上陸した。二ヶ月経った今、少しずつユグドラシルのあるアルフヘイム地方に近付いている。


「ところで、『剣豪衆』の方はどうだ? 報告では出撃回数が減っているようだが」


 『剣豪衆』はマリーナ直属の剣士集団で、遠距離高速魔法すら切り伏せる強者が集まっている。マリーナも元は剣豪衆の一員だった。


「はい。最近大型魔獣の出現が少なくなったので自宅待機を命じています」

「……大量発生スタンピードの前兆の可能性がある。何時でも出撃できるよう準備をさせておけ」


 魔獣は『魔力禍』から発生する変異生命体で、魔族領では各地に出現している。


 『魔力禍』自体が魔族領に神出鬼没で点在し、完全に消滅する事が無い。数分で消える事もあれば、短時間で大地に根付き『迷宮ダンジョン』化することもある。『迷宮』になると定期的に魔獣が出現するようになり、最悪大量発生して近くの集落や町村を壊滅させることもあるのだ。


「……そろそろ部下達も来る頃だろう。我はここで隠れている」

「承知しました」


 魔王はまた姿を消してマリーナの仕事を見守る。



 ・・・・・



 しばらくして、マリーナの仕事が終わり書斎には魔王とマリーナだけになった。


「……もうよろしいですよ魔王様」


 マリーナが『思考感知』で確認した後、再び魔王が姿を現す。


「丁寧で良い働きぶりであった、マリーナ。今後もこの調子で仕事に励むがよい」

「ありがたきお言葉」


 魔王は応接用のソファに座り、膝に手を置く。


「頑張っている褒美をやろう。こちらに来るがよい」

「…………」


 マリーナは無言で膝の上に座り、体を預けるようにもたれかかる。


「もうそういう歳では無いのですが、どうしてもこれだけは止めれそうにありません」

「我からして見れば可愛い孫の様なものだ。遠慮する事は無い」


 魔王はマリーナの頭を撫でながら微笑む。


「マリーナも成長したな、幼少の頃は泣き虫だったのに」

「あ、あれは10歳にも満たない頃のお話です! 今更蒸し返さないで下さい」


 マリーナには珍しく、声を上げて言い返した。


 ゲルマン家は元十二魔将の者が当主を務めている。そのため魔王とは古い付き合いで、マリーナは生まれた時から知っている。


「物心ついた時に魔王様の事を聞いた時は衝撃でした」

「そうだったな、あの時の顔はなんとまあ面白い事か……」

「思い出さないで下さい……。まあ私が言い出した事ではありますが」

「ハハハ、可愛い奴め」


 頭を撫でまわし髪を滅茶苦茶にする。流石のマリーナも頬を染めて抵抗した。その時の顔はどこか楽しそうでもあった。



「……何をなされているのですか?」



 バッ! と二人同時に扉の方を見る。


 そこにはエルが凄い顔をして睨んでいた。


「エ、エル!? これは、その」

「私だって……」


 プルプル震えながらにじり寄っていく。



「私だって魔王おじ様にナデナデしてもらいたいのにィィィィィィィィ!!!!」



 魔王は昔から慰安活動で子供達と遊んだりしている。色々な種族から好かれる理由でもあり、こうした子供じみた争いが起こる原因でもある。


 エルフ族は長命の一族で、記録に残っている最高齢は8000歳となっている。その分生殖能力が低く、100年に一度の繁殖期を迎えなければ子供を作れない。たまに例外もあるが、9割が通例だ。生まれてくる世代も人数が少なく、最大でも200人程度。嫌でも顔見知りになり、好きな者も自然と一致してくる。


 エルもマリーナも、幼い頃慰安活動に来ていた魔王に惚れてしまった口なのだ。


「魔王様申し訳ありません! ですがエルもこうして日々精進していますのでどうかご寵愛を……!」

「ダメだエル! これは十二魔将としての働きを評価してもらっての褒美だ! お前如きの努力で褒美を貰おうなどと!!」

「エル、マリーナ。2人が我のために責務を果たしていることはよく知っている。だからこのような事で争うのは……」

「いいえ魔王様! エルは剣豪衆としてもマリーナより成果を上げています! 次の大量発生の際には十二魔将を凌ぐ武勲を上げてみせましょう!!」

「聞き捨てならんぞエルゥゥゥ!! 不敬罪が無いとはいえ十二魔将を凌いでみせるなど無礼千万!! そこに居直れ!!!」

「お断りします!!」


 残像で追いかけっこする速さで間合いを取り出す。それを見ている魔王は思わず眉間を詰まんでしまう。


(どこで間違えたのだろう……)


 

 この後、開きっぱなしの扉から聞騒動を聞きつけた同じ様に褒めて貰いたいエルフ族が多数押し寄せたのは言うまでもない。


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