螺旋槍牛・ラディオン

 

 魔族領は5つの大陸からなっている。


 人族領がある『ホープ大陸』、世界樹ユグドラシルがある『エフォート大陸』、500以上の島を持つ『ザバファール大陸』、地底に国がある『ヘリドット大陸』、天上領がある『リングネル大陸』。


 これらの大陸に十二魔将達が駐在、拠点を構えており、会談も通信魔法で現場から行っている。


 ・・・・・


 ホープ大陸 魔族領 アトゥラント地方


 大半が平地で穏やかな地形であり、農業が盛んな地方だ。


 ホープ大陸の7割が魔族領で、さらにその2割がアトゥラント地方である。土地の4割を田畑に使用し、魔族領の食料生産を支えている。


 ホープ大陸に住んでいる種族は、ゴブリン族、コボルト族、オーク族、オーガ族、ミノタウロス族、ケンタウロス族、サテュロス族が主で、他の大陸から移住してきた種族が少数いる。アトゥラント地方はホープ大陸魔族領にとって中心都市であり、ホープ大陸の魔族種族達は全種集まっている。


 アトゥラント地方には『アステリア城』という巨大な城がある。そこに配属されている精鋭『スパルタン』は十二魔将ラディオン直属の部隊である。


 ・・・・・

 

「どうしたぁ!! 腰引けてんぞ!! しっかり構えろ!!」


 城内にある5000は入る広大な訓練場で、ラディオンが雷声で部隊に指示を出していた。


 時間は昼前、今は部隊に訓練をしているところだ。


 前面の守りだけ特化した陣形で、城に敵を入れないための訓練だ。守り役は100名のスパルタン兵で、侵攻役をラディオンが付いている。


 しっかりと盾を構え、隙間が無いように重ね合わせる。盾を持つ兵の後ろにいる別の兵が支えることで強力な突進にも耐えられるように組んでいる。さらにその後方に小柄な兵が盾と長剣で構える。


「そんなんじゃ守れるもんも守れねえぞ!!」


 ラディオンの大槍から放たれた一撃で陣形が乱れてしまう。その隙を付いて突貫し崩壊させる。


「「「「「「うわあああああ!!!??」」」」」

「馬鹿野郎共が!! 情けない声出してんじゃねえ!! 気合いれろ!!!」


 陣形の中に入ったらもう誰にも止められない。


 先頭にいたオーク兵とオーガ兵は巨体であるにも関わらず宙を舞い、ゴブリン兵やコボルト兵は一斉に死角から襲い掛かるも大槍を縦横無尽に振り回されて全滅、結果、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返しで滅茶苦茶になる。


 終わる頃には死屍累々が相応しい惨状だった。もちろん死者は出てはいない。


「よおし、攻守交替!! 突撃隊準備しろ!!」

「「「「「「了解!!」」」」」」


 ケンタウロス兵とミノタウロス兵を主軸にした編成で、大槍大斧大剣をメインにした突破型の部隊だ。


 鎧を着込んだ重装備にも拘らず時速150kmで進軍するため、別名『特急戦隊』と呼ばれている。


 ラディオンはチョークで床に10m程の線を引く。


「この線の上を超えたら合格だ!! 全力でぶつかって来い!!」

「「「「「ウラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」


 喚声を上げて突進してくる。


 先頭はケンタウロス兵で、その後ろをミノタウロス兵、サテュロス兵が続く。ものの数歩でトップスピードに達する。5人一列の一点突破型の陣形で、ラディオンに迫る。


「よおし、いい陣形だ。訓練通りだが……」


 ラディオンは両足で踏ん張る態勢を取り、大槍を後方に引く。空手で言う突きを出す前の態勢に似ている。一瞬脱力し、部隊との距離が残り数mのところで、



「『螺旋破撃スパイラルクラッシュ』!!」



 全てを貫く一撃で部隊を吹き飛ばす。


 全力で放たれた一撃で大半が吹き飛び、壁に突き刺さる。日頃の訓練のおかげでほぼ無傷だったため、すぐに壁から抜け出てくる。だが、ふらついている者も多く、すぐには陣形を組み直せそうにない。


「一旦休憩にする! 各自しっかりと休憩するように!」


 兵士全員がその場にへたり込み休憩に入る。すぐに衛生兵が出てきて怪我の確認や水分補給などを行う。

 ラディオンは建物の中に入って深呼吸する。


「精が出るな、ラディオン」

「おお、魔王様。来てたんですか?」

「ついさっきな。スパルタン兵達も良好じゃないか」

「いやあ、全然ですよ。未だに壁に突き刺さるんですから」

「手厳しいな、ラディオンは」



 ラディオン・ミノス・ヴァルボア


 ミノタウロス族の戦士で、先祖代々魔王に使えるヴァルボア家の当主でもある。

 体長は3m。赤い瞳に黒の大角、茶色の毛並みに筋骨隆々の肉体を持つ。御年100歳。

 一族に伝えられている大槍『螺旋槍』を得意とし、その一突きで全ての物を打ち砕く使い手でもある。



 魔王はプライベートではラディオンとは硬い口調で会話をしないようにしている。ラディオンが幼い時から知っているため、本人も親戚の叔父さん感覚で喋っている。


「どうです? この後スパルタンと一戦交えませんか?」

「それはラディオンを少しでも手こずらせてからだ。強くさせたい気持ちは分かるが焦ってはいけない。現に、自信を無くしている者も少なくない」

「はあ。そうは見えませんが……」

「フォローするのも上司の役目だ。頼んだぞ」

「魔王様……、任せて下さい! ご期待にお答えします!」

「うむ、期待しているぞ」


 休憩を済ませて、ラディオンは訓練場に向かった。



 ・・・・・



 夕方になって訓練が終わり、それぞれが帰路に就く。


 ここの兵士達は城内の寮に入っていたり、城下町に家や貸家を持って住んでいたりする。スパルタンだけではなく、他にも2000以上の者が城に勤めているため城下町はかなりの賑わいを見せている。城の外を出て少し歩けば飲食街や商店が立ち並び、魔石の灯りが大量に輝いている。


 この時間は帰宅ラッシュで多くの人が行き来している。その大きな道路には二種類ある。


 一つはハイゴブリン族やコボルト族などの小柄な種族が歩くための橋の様な道路。もう一つはオーガ族やミノタウロス族などの大柄な種族が歩くための地面の道路。これら2つに分ける事で踏み潰されたり、接触事故を防ぐことが出来ている。そのため道路に近接する建物は基本的に2階以上になっている。


 小柄大柄それぞれで分かれているが、この時間はそんな事関係無く酒飲みで盛り上がっている。例えば、ゴブリン族とミノタウロス族の若者が同じテーブルに座り、歌を歌いながら食べて飲んで騒いでいたり、オーク族とコボルト族の中年が仕事の愚痴を言いながら飲んでいたり、様々な光景が見られる。


 魔王はラディオンと一緒に飲み屋街に乗り出していた。そのままだと目立つので、【変化】で2m程度の龍人族に化けている。


「今日もいい騒がしさだ」

「俺も好きですよ、この騒がしい感じ。……あ、あれです。ま、……ヴェンガドールさん」


 ヴェンガドールは魔王の偽名だ。お忍びで街に繰り出す際にはこの名前で通している。


「ここは?」

「俺のお気に入りの店『ヨロレリホ』! ここのビールめっちゃ上手いんですよ、早速入りましょう!」


 ラディオンと一緒に入った店は大衆酒場だ。


 店内はミノタウロス族が最大100匹入りそうな広さで、カウンター席とテーブル席がある。2階部分とは吹き抜けになっていて上から下を覗けるようになっている。既に大勢の客で賑わっていた。


「さあさあどうぞ座って下さい」


 ラディオンに勧められて空いているカウンター席に座る。そこへ女ミノタウロス族のウェイトレスが寄ってくる。


「いらっしゃいませラディオン様! 今日はお連れ様とご一緒なんですね!」

「よおモーチィちゃん! 自家製ミルクとビール頼むわ!」

「喜んでー!!」


 ミノタウロス族は性別によって身体的特徴が大きく違う。


 男性は頭が牛で身体は人と相違無い。体つきは筋骨隆々で大柄、成体時の平均身長は2m強あり、自分より重い物を軽々と持ち上げる怪力を持っている。


 女性は上半身が人族で、頭に牛の角、下半身は牛の二本足で成体時の平均身長は160㎝とそこまで大きくない。最大の特徴は頭より大きい乳房だ。小さい者でも自身の頭位で、大きい者は自身の頭の4倍以上あるという。


 共通しているのは、平均寿命も人族より長く、大体200歳まで生きる。それまで外見が老いる事が殆ど無く、半不老の種族と言われている。


 さっきのモーチィという女性はおそらく30手前、かなり若い方だ。乳房も頭よりも大きめで凄い主張している。


「いいでしょあの子。何でも色々な職業を体験して将来の仕事に役立てたいみたいなんですよ」

「それは良い心掛けだ。様々な経験をする事は必ず糧になる。これからも精進して欲しいものだ」

「それにおっぱいも美味しいんですよ! この店の人気商品でめっちゃ売れてるんですよ!」


 ミノタウロス族の女性にとって母乳を沢山飲まれることは一種の名誉なのだ。


 直に飲ませるのは心を許した相手のみだが、搾った母乳を多くの者に飲んで称賛されることは、本人の肉体が優れている事を示している。


 しかしこれはかなり古い風習で、今では商売道具として使われるのが一般的になっている。


「あのまろやかな味わいとコクは若い子の特権ですよ! そして後から来る甘みも最高で……!」

「ラディオン、落ち着け。周りが見てる」

「いやいやいや! 是非ま、ヴェンガドールさんも飲んで下さいよ! 俺の感動が分かりますから!!」

「……そうか」


 飲む前からこんなノリで大丈夫なのだろうか、と今更ながら不安に感じたヴェンガドールだった。


「お待たせしました!! 自家製モーチィのミルクとビールとおつまみです!」

「ああ、これはどうも」

「ところでお連れ様はどちらのご所属なんですか? ラディオン様と随分お親しいようですが」

「私は魔王城騎士団だ」

「ま、魔王城騎士団?!!」


 周囲が静まり返る。


 魔王城騎士団とは、十二魔将とは別組織として存在する魔王直属の騎士団で、主に魔王城に関する仕事を行っているエリート集団だ。一般市民からしてみれば十二魔将並みの権力者なのだ。


「そうでなければラディオン様とこんな風に飲めていないよ」

「そ、そうですよね。し、失礼しましたぁ」


 心底驚いたのか、フラフラになりながら持ち場に戻る。静まり返った客達も徐々に活気を取り戻す。

 ラディオンが小声で呟く。


(ま、ヴェンガドールさん。流石に魔王城騎士団はやっぱり言い過ぎなんじゃ……)

(これくらい上の方が十二魔将と気楽に飲めないさ。それに、魔王城騎士団なら詳細は私しか知らないからな)


 運ばれてきたおつまみをつまみながらビールで流し込む。


「っはぁ、美味い!」

「……まあ細かい事はいいか! 飲みましょう飲みましょう!!」


 大声で笑い飛ばしながら酒とミルクを飲みまくった2人だった。



 ・・・・・



 それから夜遅くになるまで喋りながら飲み続けた。 


 ラディオンからは最近の隊の状況、妻との関係、勇者に対して思う事など、溜まっていた物を沢山吐き出した。魔王もこの間の大量召喚に対しての感情を伝えた。後は他愛もない与太話だった。


 閉店前になって店を出て、ラディオンを家まで送ることにした。


「大分飲んだなラディオン。大丈夫か?」

「これくらい平気ですよ! それより2件目行きません?」

「まだ飲むのか? 流石に明日に響くぞ」

「いやいや! 次は可愛い子がいるお店ですよ! おっぱいいっぱいで大満足なやつです!」

「娼館か?」

「YES!!!」

「お前の奥さんに言うわ」

「止めて!!!!」



 ラディオンの奥さんはキレると凶暴で本当に手が付けられないらしい。


 

 どこの夫も妻には勝てないんだと改めて感じた魔王だった。


 

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