俺は世界を零にする。 -離解者・異能捜査譚-
園崎真遠
第1話 あの日、あの場所で
想起者(メノシアン)と呼ばれる超常現象を引き起こす力を持った者たちが存在する世界。
ここは世界の極東と呼ばれる国――日本の首都・東京。
この都市は国中から様々なモノやヒトが集まる。
つまり、人口の1%にも満たない数しかいないといわれる<想起(メノン)>を扱う存在――想起者も多く集まるわけだ。
ゆえに、この東京にはその<想起(メノン)>を研究する施設が多く存在していた。
その数ある研究所の一つ、大間(おおま)異能起源研究所。
<想起(メノン)>に関する研究は兵器転用、医療拡充など様々な方面のものがあるが、大間は<想起>の"起源"を追求する取り組みを主としている施設だ。
そんな"神秘"の起源を探求する地を見つめる者が一人。
濃い茶色のロングコートに、右目につけた医療用の白い眼帯が特徴的な男であった。
「ふむ。ここが例の研究施設か」
マウンは一人呟いた。
海外の名前のように思えるが、れっきとした日本人だ。
マウンは今、東京のとある研究所の入り口に立ち、潜り込もうとしているところだった。
彼がこの施設に潜入するのには理由があった。
この研究所は最近、特に研究を活発にさせている施設の一つ。
所持する研究データの中に、マウンは『目的』のために役立つものがあるかもしれないと考えたからだ。
マウンは事前に研究員から奪取していたカードキーをポケットから取り出すと、入り口の傍にある端末にかざした。
ピピッ
扉は開き、その様子に顔をしかめるマウン。
(こんなぴらぴらの札一枚で開くなんて……妙な時代になったね)
彼は不可思議な物を見るように目でカードキーを眺めると、そのままコートの内ポケットへしまった。
マウンは機械が苦手だ。
必要であれば今回のように事前に扱い方を学ぶのだが、いつまでたっても不慣れな感触だけはぬぐえなかった。
(さて、ここからは隠れながら進まないとね)
彼は<想起>を発動し、周囲に『光学迷彩』の特性を持った"細菌"を無数に生み出す。
マウンは<想起>によって細菌を生み出すことができ、扱えるのはこういった隠密向けの細菌のみならず、致死性の病気を発症させるものや意識を朦朧とさせるものなど、種類は様々だ。
この異能により、周囲から視認できなくなったマウンは悠然と研究所内に足を踏み入れた。
すると視界いっぱいに綺麗に整えられた空間が広がる。
綺麗に磨かれた床に染み1つ無い真っ白な壁。
日頃から清潔に保つよう心掛けているのだろう。
大きい建物なだけあって多数の職員や被験者と思わしき子供達とすれ違う。
(子供達はずいぶん暗い目をしているね)
マウンはちょうどすぐ横を通っていった、被検者と思われる少女を見つめる。
少女は明るみのある黒髪を長く伸ばしており、髪に隠れた表情をはっきりと見ることはできなかった。
しかし、髪の隙間から垣間見た暗く濁った瞳はこの研究所の在り方を雄弁に語っていた。
(……ここは非合法な実験に手を染めている研究所か)
彼はここの他にも国内外問わず数多くの研究所に潜入しており、その経験から半ば確信めいたものを感じていた。
日本は海外の異能研究所と比べると比較的道徳のある組織が多く、被験者への待遇は恵まれている。
一般家庭で育つ子供とそん色のない生活を送ることができる施設がほとんどだ。
いや。<想起>という貴重な能力を有していることから、平均的な一般家庭よりも手厚い配慮がなされていると言えるかもしれない。
本人が希望すれば大学にも通えるし、卒業まで面倒を見てもらえるといった恵まれた環境を用意する研究所も多いのだから。
それゆえに所属していた研究所の職員を親代わりに感じる被験者も少なくない。
……しかし、あくまでそれが『多数派』というだけだ。
現代社会において、<想起>を持って生まれ落ちた者は周囲から畏怖されて敬遠されがちだ。
それは自らを生み出した『親』すらも例外ではない。
ゆえに想起者の中には幼少期に実の親に捨てられ、こういった異能の研究所へ引き取られることも少なくないのだ。
人間関係含め、社会との繋がりが完全になくなった、<想起>という貴重な力を持った子供たち。
彼らは、知識の探求のために『生物』を消耗品として使い潰している一部の非人道的な研究所にとって、実に都合の良い『実験材料』となっているのだ。
何故なら、法に反する非人道的な実験を強要しようが、その果てに命を奪おうが、社会から隔絶された子供たちの声はどこにも届かないのだから。
子供たちがそれぞれ持つ、確かな命は机上の紙に記された数字として消費されていく。
知識のために命を絞り潰していく、人の業を体現したような研究機関は。
恵まれていると言われるこの国にも間違いなく存在しているのだ。
マウンとしては、この悪しき研究所に不快感を覚えたが、今は胸のうちにしまい込む。
(とにかく、まずは情報収集だ)
ここを『消し去る』にしても、まずはここに蓄積された知識が自分にとって有用か吟味しなければならないからだ。
マウンは手近にあった扉のノブに手を添え、なるべく音を立てないようにゆっくりと開く。
(これは……)
目の前の光景に顔をしかめるマウン。
(『廃棄場』か)
そこには、恐らく実験で命を落としたと思われる子供の遺体が床にいくつも並べてあった。
マウンは今まで潜入した別の非合法施設でも同様の光景を何度も目の当たりにしていたので別段驚かなかったが、1つだけ気がかりなことがあった。
(何をされたら『こんな』状態になるんだろうか)
遺体の状態が不自然だった。
外傷がみられる遺体はほとんどないにも関わらず、どれも苦悶な表情を張り付けた者ばかりなのだ。
(違法な研究所では被験者に精神負荷を与えるため、拷問まがいの身体的苦痛を与えることはしばしばあるが……)
<想起>は術者本人の精神に密接に関わっており、ある種、精神は<想起>発動のトリガーと言っても過言ではない。
ゆえに、<想起>の観測のために身体的苦痛を与えて精神を刺激する研究所もあるのだ。
しかし、ここの遺体はどれも状態が良いほうだ。
(となると、有毒ガスでも吸わせたのだろうか)
そう考えたマウンだが、あくまで苦痛は精神を刺激するための手段。
死に至るほどの苦痛は精神を十分に刺激する前に、貴重な"被験者"の『浪費』を誘発してしまう可能性が高い。
ゆえに、やはり有毒ガスの線は考えづらいのだ。
目視だけではなかなか明確な情報が得られない。
そう思った彼は、手短にあった被験者の遺体に手で触れた。
(……!)
思わず眉をひそめるマウン。
どうして被験者たちが外傷もなしに酷い苦しみを味わうことになったのか察したからだ。
(なるほど。『中身』を無理やり抜き取ったのか)
マウンは試しに他の遺体にも触れてみるがやはり『中身』が、『精神』が引き抜かれていることを確認した。
『精神』という曖昧な物に干渉するには現代科学ではまだまだ不可能なので、恐らく精神に干渉する類いの異能によるものだろうか。
方法についてはまだはっきりしないが、これらの惨状の理由はわかる。
精神とは人間の『命』そのもの。それを無理やり引きずり出したのだ。
拷問などとは比べ物にならない『痛み』を感じたに違いない。彼らの酷い表情にも納得がいくというものだ。
そうして疑問を解消したマウンだったが、ふと視界の隅に気になるものが映る。
彼はそれに視線を向けると歩いて近づき、側にしゃがみこんだ。
(この子だけは他の子達と違うね)
彼の目の前にあるのは『少女の遺体』。
恐らく彼女も被験者で精神を抜き取られてしまったのだろうが、この子だけは他と明確に異なる点があった。
(……君は、どうしてそんなに幸せそうに死んでるんだろうか)
他の子達が苦悶に満ちた表情を浮かべているのに対して、この少女だけは満ち足りた笑顔を浮かべていたのだ。
精神を抜かれるなんて想像を絶する痛みだろうに。
そう思っていたマウンは、少女の傍らに何か落ちていることに気づく。
(これは……髪の毛?)
拾い上げたのは、明るみのある黒い髪の毛。
この少女の髪の毛だろうかと思ったが、彼女の髪の毛はこれよりも深みのある黒だ。
ならば別人の物で、研究者あたりの物だろうか。
そこまで考えて、彼は先ほど通路で擦れ違った陰鬱とした少女の事を思い出す。
これと同じ色合いの髪を長く伸ばした少女。
改めて思い出すと、この遺体の少女と先ほどの少女は背丈的に同世代に見える。ならば同級生の可能性も少なくはないか。
(あぁ、なるほど。この髪の持ち主は彼女を看取ったのか)
きっと二人は親友だったのだろう。
そんな友が傍らにいたからこそ、彼女は想像を絶する痛みの中でも笑みを浮かべていられたのだ。
そう思い至ったマウンは悲しげな表情を浮かべ、少女の頭を優しく撫でる。
もはや命なき器たる彼女に、こんなことをしても何の意味がないとわかっていながら———。
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