第四話 フレンチキッスの行く先は

 朝起きたらまず常温の水を口に含む。それからベッドから飛び降りての前転、そこから直立してポースを決めて、ハッハッハと笑う。


 こうすると眠気が飛んで二度寝を防げるし、なんだか楽しい一日が始まりそうな気がするから、ここ最近の習慣になってる。


 それから今日の髪質と、肌の潤いをチェック。暖房を付けていたからか、毛先が跳ねてごわごわしてる。肌もなんだか渇いていて、あんまり手で触りたくはなかった。


 とりあえずリビングに降りる。のは今日はやめておく。何故なら今日は休日だから。この時間に下に行くとどうせ掴まるに決まってる。


「もっかい寝るか!」


 二度寝防止の策なんて、根底に眠る睡眠欲には到底太刀打ちできないのであった。


「姉貴、お母さんが洗濯物畳んでくれって」

「いーやーだ!」


 ほら来た! 休日であるはずなのに、休む暇を与えられない。小鳥のさえずる爽やかな朝であったとしても私は結局奴隷なのだ。うう・・・・・・。


「洗濯物畳まないのなら朝ご飯あげないって言ってたよ」

「珠樹ちゃん食べるものなさすぎてバッタ食べてたって言っておいて」

「自分で言え」

「わかった」


 私の貧相な生き様を直接伝えるために、私は下に降りる。


「お母さんいないじゃん!!」

「出かけたんじゃない? さっきまではいたんだけど。はい姉貴」


 私のブーイングもむなしく、まだ半乾きの洗濯物を顔に押しつけられる。あ、いいにおい。


「やれやれ。これだから日本人の奴隷根性は。響ちゃんに教えたらなんて言うか」

「よそはよそ」


 お母さんみたいなこと言う生意気で可愛い胸とお尻が大きく育った妹に文句を垂れる。けど結局、やらないとなんだよね・・・・・・。いっつもこうだ。


「ヤバイ! めちゃくちゃ綺麗に畳めた! 見て蜜葉! 家政婦みたいじゃない!?」

「おーすごいすごい」

「もっと褒めて!」

「おーすごいすごい」


 で、やり始めてしまえば案外面倒じゃないのもいつも通り。冷蔵庫を開けるとラップにかけられたフレンチトーストに「よくできました」と紙が貼ってあった。どこまでも見通されてる気がして、タオルを蜜葉に投げて当たることにした。


「ちょっと姉貴!」

「どうせ私は単純ですよ」

「意味わかんないんだけど。八つ当たり?」

「九つ当たり」

「なんで一個増えてんの」


 甘いハチミツシロップをかけて、もしゃもしゃ。んまい。表面は冷蔵庫の冷気で冷えてるのに中がまだ温かくて舌触りも柔らかい。


 そんな私を呆れたように睨んでから、蜜葉はソファに座って手鏡と睨めっこをはじめた。


「彼氏か!?」

「ええ反応こわ・・・・・・友達だから」

「友達から恋人になる可能性だってあるでしょ! ゆるさん、ゆるさんぞ!」

「食べながら叫ばないで叫びながら走らないでこっちこないで!」

「うぐっ」

「あ」


 蜜葉の手が私のお腹にヒットして嗚咽のような声を漏らす。

 

「しくしく・・・・・・ひどいよ蜜葉・・・・・・」

「あーもう。友達と映画観に行くだけだから。今流行ってる奴あるでしょ? あれを、みんなで観に行くの。そんなんじゃないから」

「いや乱交かもしれない」

「私のことそんな目で見てんの? 姉貴」

「だってオシャレだし、なんか援交とかしてそ・・・・・・ぐえ」

「はよ食え」


 尻を蹴られて、テーブルへと舞い戻る。蜜葉は自分の服装と髪をチェックして、満足そうに頷いて立ち上がった。


「夕方には帰るから」

「夕方には迎えに行くから」

「来なくていいから」

「来なくていいのか」


 なるほどなぁ。納得していると、玄関からドアの閉まる音が聞こえた。


「うーん」


 もそもそと舌の上でフレンチなトーストを転がして、牛乳で流し込む。


「なにしよう」


 さて休日。になっても、さての次が見つからない。選択肢が多すぎて、どれから手を付ければいいか悩んでしまう。自由って、不便だ。


 幸せな悩みに頭を悩ませながら先週の出来事を思い返す。


 宿題は・・・・・・うん、出てない。


 私も映画見に行きたいなぁ。天気もいいし、歩いていこうかな。


 外を見る。雪はもう溶けていた。少し経てば、桃色の景色に変わるんだろう。早いんだか、遅いんだか。土日が来るのは遅いくせに、一年を通してみるとあっという間だ。


「寝るかぁ」


 二度寝もまたいい。休日の二度寝は焦るものがないのでより深い眠りにつける。


「本屋に行くのもいい」


 そういえば読みたい漫画があったんだった。お金はないので、立ち読みに耽るつもりだけど。


「うーんどれもいい!」


 ソファに寝転がって、鼻を鳴らす。蜜葉のにおい・・・・・・じゃない。ちょっとフローラルな香水が混ざっている。これは帰ってきたら、問いただす必要がありそうだった。


「あ、そうだ」


 ソファに寝転びながら、私はスマホを手に取った。


 ボタンを押して、4コール目で応答する。


「あ、もしもし? ひよりちゃん?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?』


 なんだかすごい間があった。


「ひよりちゃん今油断してたでしょ」

『うそ、え?』

「この通り、覚えてるよ。普通に、ちゃんと当たり前に」

『・・・・・・あたしの名前は』

「だから言ってるでしょ。私の愛するひよりちゃん」


 ストーカーじみた口調になっちゃった。


『・・・・・・・・・・・・』


 電話の向こうで、息を飲むような音が聞こえてくる。それから少しして、ひよりちゃんのほうが口火を切った。


『な、なんの用?』


 なんでどもってるんだろう。


「今日ひま-? これからどっか遊びに行かない? あ、もしかしてバイト入ってた?」

『ううん。バイトはない』

「ほんと!? じゃあさじゃあさ、私の家こない?」

『・・・・・・えっ』


 最初よりは、間隔の短い「えっ」だった。ひよりちゃんがびっくりする様子は、想像すると可愛らしい。

 

「あ、でも場所が分からないか。そしたら――」

『場所は、分かる』

「そっか。ひよりちゃんと私、はじめてじゃないんだもんね」


 言うと、ひよりちゃんは答えない。けど、電話の向こうで唇を噛んでいる。そんなような姿は想像できてしまった。言葉選びを、間違えたかもしれない。でも、このままじゃきっといけないとも思うから。


「今私の家誰もいないからさ、ゆっくりお話しない?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった』

「おっけい決まりー! あ、ゴムは私持ってるから大丈夫だよ」

『なんの話?』

「・・・・・・なんの話だろ」


 ノリと勢いだけで喋ってしまった。


『じゃあ、お昼すぎに』

「はーい。待ってるね、ちゅっ」

 

 画面を見ると通話は3秒ほど前に終わっていた。


 虚空を漂う私のキッスが、力なく戻ってくる。


「呼んじゃった」


 家へ招くことに成功してしまって、正直驚いている私がいる。けど、私とひよりちゃんは運命で引かれ合ってるから、と考えると納得した。


「さてと!」


 やることは決まった。


 私は階段を駆け上がって自分の部屋に戻る。


「まずはベッドを綺麗にしよう!」

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