第十九話 夜中はお静かにいいいい!

「蜜葉蜜葉~、これなんだと思う? なんだと思う?」

「ああ姉貴うざい! 勉強の邪魔しないでよバカ!」

「バカ!? この~! 今日ばっかりはその生意気な口をお仕置き・・・・・・しない! 何故なら私は今幸せだから! そもそも蜜葉はそのツンツンっぷりがいいんじゃんわかってないなぁ~」

「誰と喋ってんの・・・・・・だる」

「ちょっと! 本当にめんどくさそうな顔しないでよ!」

 

部屋に入るなり蜜葉が項垂れて、ぜんぜん目を合わせてくれない。ので、蜜葉の前まで回り込む。どひゃあと椅子から転げ落ちた。私はお化けか。


「そうか、蜜葉はお化けが嫌いなんだっけ。お化けみたいなおっぱいしておいて!」

「それセクハラだから。あと触ろうとしないで近づいてこないでてか出てって!」

「まぁまぁ待ちなさい妹よ。これを見てから判断しても遅くはないぞ?」

「口調きも」


 私は蜜葉の顔の前にペラペラと紙を一枚揺らしてやった。


「なんと! 女の子の連絡先をゲットしました!」

「・・・・・・えっ、それだけ?」

「それだけ? じゃないよ! これがどれだけ世界にとって重要なことか分かってる!? いや! 分かってない! ちょっとそこに座りなさい! お姉ちゃんが教えてあげるから!」

「だから今勉強中――」

「勉強は後!」

「めちゃくちゃだ・・・・・・」


 蜜葉はしぶしぶ、というよりも半強制的に私の前に座った。なんだかんだで言うこと聞いてくれる蜜葉がお姉ちゃんは好きだ。


「えー、コホン。見ての通り私は意中の女の子の連絡先をゲットしたわけでありますが。これからすべきことはなんでしょう、はい蜜葉さん」

「・・・・・・記された文字の羅列で興奮する!」

「え? ちょっとなに言ってるか分からない・・・・・・」

「深読みしすぎた!?」


 姉貴なら絶対しそうって思ったのに! となんだか悔しそうに嘆く蜜葉。まったく、私をそんな変態扱いしないでほしい。


「正解は、筆跡を舐める。でした」

「変態だ!」

「なにを! 人の性癖をバカにしちゃいけないんだよ!? 十人十色! 十人十色でございます!」

「だとしても姉貴の色は真っ黒だよ!」

 

 ひどい言い草だった。クッションが飛んできて、私の顔面に直撃する。あっ、蜜葉のにおい。ちなみに私は変態ではない。


「まぁまぁ、ともかくね。さっそくこれからメールをしてみようと思うのですよ」

「勝手にすれば」

「まぁまぁ、ともかくね。さっそくこれからメールをしてみようと思うのですよ」

「ふーん」

「まぁまぁ、ともかくね。さっそく――」

「村人か」


 はぁ、とため息を吐いて蜜葉が頭をかく。


「わかったわかった。ここで見てるから」

「ほんと!? 私の初メール見ててくれる!?」

「そうしないと会話が進まないじゃん村人」


 蜜葉の了承も得たので私は満を持してメール作成画面を開く。メッセージアプリとかがあれば便利なんだけど私はピンスタしかやってないし、ひよりちゃんもやってなさそうな雰囲気だった。


 ふぅむ。文面を考える。


 メールって時々難しい。


 言葉は考えるまでもなく口を開けば勝手に外に出るけど、文章はしっかり頭で考えて、それを指で打ち込まなければならない。


 打ち込んでいる間にも色々なことを考える猶予が生まれるので、あれ? これでいいのかな? とかきちんと伝わるかな? とか心配になって結局また消してしまう。そんなループが発生することが多々あるのだ。


 今は夜だけど、ひよりちゃんはバイトかな。それとも家に帰って、お風呂? そもそもひよりちゃんって家に帰ったら何をしてるんだろう。趣味とかあるのかな。聞いてみたい。そういうのを文章にすればいいんだろうけど、切り口が見つからない。それに突然話題を振るのって・・・・・・。


「ねぇ、姉貴もしかしてさ」


 考えていると、横から蜜葉の怠そうな声が聞こえてくる。


「緊張してる?」

「ぎくっ」


 図星。ずぼっし。ずっぽしと、胸がえぐられた。


「嘘でしょ。この世の終わりみたいな発言ばかりしておいて今更メールくらいで緊張する?」

「だってだって! 好きな人にメールを送るのなんて初めてなんだもん!」

「胸触らせろだの言う人間のセリフじゃないわ・・・・・・」

「純情乙女なのっ!!」


 スマホを持つ手が震えてしまう。


 胸がぎゅっとして、ああ恋してんねぇ! と自覚する。甘酸っぱいけれど、大人っぽくはない。大人っぽくはないからこそ、酸味があるのか。


 そもそも大人ってなんだろう。大人の恋愛もしてみたい。


「と、とりあえずラブホに誘ってみればいいかな?」

「えっ、姉貴・・・・・・セフレなの?」

「違うよ恋人だよ!」

「でもラブホって・・・・・・」

「いや、好きだよ? 顔も、身体も。胸も鎖骨も足も手も指も声も髪も鼻も膝裏も耳もへそも脇も全部好きだよ? ぶっちゃけ外見が最強に好みだし見ただけで『あ、好き』って分かるレベルだもん! けどね?]

「えっ? そのあとに続く言葉あるの?」

「ええと、ううーんと。うん、ない。好き!」


 蜜葉は呆れたように頭を抱えた。


「とりあえずさ、土日に遊びにでも誘ったら? それが当たり障りのないメールの使い方だと思う」

「な、なるほど! やっぱり蜜葉は頼りになるなぁ~!」


 よしよし、と頭を撫でてあげる。むすっと頬を膨らませたまま、無言で私に揺すられる。かわいい。


「じゃあ、えっと。『今週の土曜日、一緒にお出かけしませんか』で」

 

 ぽち、ぽち。たどたどしい指使いでタップしていく。


「頼む! 届いてくれー!!」

「そんなに気合いいれなくても届くでしょ」


 すぐに送信完了の画面が映り、心臓がバクバク跳ねる。うわあほんとに送っちゃった!


 じぃ~っと画面と睨めっこする。


 なんて返信くるかな・・・・・・ひよりちゃんって絵文字とか使ったりするのかな。だとしたらめちゃくちゃかわいい。けどそっけない文章もひよりちゃんらしくてやっぱりかわいい。というかひよりちゃんからのメールなら全部かわいい! メールがかわいいってなんだろう。分からないけどかわいい!


 睨めっこして10分ほど経った。いまだに返信はこない。


「とりあえず私はもう寝るわ。明日早いんだから姉貴、でかい声ださないでよ」

「う~ん、わかったぁ~」


 まぁそりゃそうだよね。そんなすぐ返信くるわけないか。ひよりちゃんがスマホ弄ってるところってあんまり見たことないし。きっと寝る前にだけ確認するタイプなのかもしれない。


「でかい声出さないでよ」

「わかってるってぇ」


 釘を背中に刺されて私は部屋を出る。


 廊下をぺたりぺたり。力なく歩く。


 すると、スマホがぷるると震えた。


 あれ!? と思って見てみるとそこには・・・・・・。


『いいよ』

 

 ひよりちゃんからの返信が着ていた!


「っしゃ! きたあああああああああ!!!!」

「こら姉貴いいいいいいいいいいいい!!!!」

     

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