第十七話 ミッションインポッシぶる

「来てしまった」


 朝の八時。私は付属中のすぐそばまで来ていた。校門前では挨拶運動を行う生徒達の姿。深々とお辞儀をする様はさすがエリート達が集う学校と言ったところか。


 私はそんな人達と自分の姿を照らし合わせる。


「変……じゃないかな」


 近くの窓ガラスの前で一回転、黒のセーラー服を着た私のスカートがふわりと揺れる。


 サイズはぴったり、中学の頃からほとんど成長してないこのたっぱがこんな場面で役に立ってしまい、ヘソが丸見えなんて一昔前のギャルのような格好になるのは避けることができた。


 髪も一応幼さを出すためにツインテールにして靴下はそれらしいニーハイを履いている。響ちゃんは「タマさんは童顔ですし体も貧弱ですからきっと似合いますよ」なんて言ってたけど、やっぱり念には念をって言葉もあるし。てか貧弱って!


「さてと……」


 最後に首元のリボンを正して私は学校の方へ向く。


「どうしよう……」


 そして立ち尽くした。


 制服を借りて付属中の生徒に成りすますというところまでは考えてたんだけど、こっから先はプランゼロだった。

 

「え、どうしようもう行っちゃう?」


 生徒達がぞろぞろと出入りする校門。あれだけ人がいれば紛れて校舎に入ることもできるかもしれない。


 意を決して私は登校する生徒達の後ろに隠れるよう付いて歩いた。


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと制服着てるんだし堂々としてれば怪しまれることは……」

「ちょっと、そこのあなた!」

「ぴゃいっ!?」


 もう少しで校門を抜けるというところで大きな声が私の背中に降り注いだ。


「な、なんでしょう」


 壊れたからくり人形のように振り返り平静を装う私。


「あなた、ちゃんと挨拶はしましたの? 強化期間中なのですからきちんと挨拶なさい」


 声をかけてきたのはこれまた麗しいお嬢様のような女の子だった。


「えぇと……あはは、おはようございます〜」


 なるべく関わりたくないので適当に挨拶をしてそそくさと退散しようとする私だったが。


「あら? あなた、カバンはどうされましたの?」

「カバン……? あっ!」


 しまったー!


 制服に着替えてそれで満足してしまっていたけど、カバンも持たずに登校なんて怪しすぎる!


「じ、実は忘れちゃって」


 と、嘘偽りのない言い訳。忘れちゃったのは本当だ。


「それは困りましたね、教科書がなくては授業が受けれませんし……そうね、わたくしから先生に事情を伝えておくから一度戻って取りに行くといいわ」

「でも……」

「大丈夫ですわ。しっかり届出を出せば遅刻扱いにはなりませんから、あなたお名前は?」


 そう、尋ねてくる彼女の顔は本当に心配そうな顔で、ああ今はその優しさがつらい!


「だ、大丈夫です! お構い無く〜〜!!」


 このままでは校舎に潜入する間も無く計画がこれにて終了してしまう。マズイと思った私は彼女の脇を通り校舎へ向けて走った。


「あ、こら待ちなさい!」


 後ろで私を呼び止めようとする声が聞こえた。彼女の善意を蔑ろにするようで申し訳ないけど、私には果たさなければいけない使命があるのだ!


「はぁ、はぁ……」


 入り口を抜けた私は息を切らして下駄箱へと向かう。

 

「うわぁ……綺麗、うちとは大違い」


 まもなくして見えてきたのはステンレス製のロッカー。下駄箱は木製という先入観を覆すその情景は学校とは思えないほどに高級感溢れていて、まるでホテルのようだった。あと超いい匂いがする。


 響ちゃんの靴を借りてもいいのだけど場所がわからなかったのでとりあえずお客さん用のスリッパを履く。


「あ、ごめんなさい」


 中腰になったところで人にぶつかってしまった。


「いえ、こちらこそ不注意で。申し訳ございません」


 ぶつかってしまった女の子は頭を下げ、首元の緑のリボンを揺らして丁寧に謝罪してくる。


 私も真似してお辞儀をすると、女の子は柔らかい笑顔を浮かべた後、控えめに手を振り「それでは」と去っていった。天使かな?


「今の子、リボンが緑だったな」


 中高共に同じ制服のこの学校だけど、リボンの色で区別されていて緑が中学生、赤が高校生となっている。


 私のリボンは響ちゃんに借りたものなので緑だけど、目指すべきは高等部の校舎。赤のリボンをつけた人達を探さなければならない。


「とりあえず進もう」


 私は下駄箱を抜けた先にある広々とした廊下を突き進んでいく。


「……」


 なんでだろう、時々すれ違う人達が私のことを見てる気がする。横の窓ガラスに映る自分を見ても、ツインテールがあまり似合っていないことくらいしか変なところはない。


「あ、あそこかな」


 突き当たりに見える大きな扉。その向こうにはチラホラと赤いリボンをつけた生徒達。あそこが中等部と高等部を繋ぐ道だ。ようやく見つけたと私は軽い足取りで高等部の校舎へと向かった。


「わぁ……すごい綺麗」


 目の前に広がる光景に私は息を飲んだ。


 汚れが一つもないピカピカの窓ガラスに綺麗にワックスがけされた床。ことごとくうちの学校とは大違いだった。


「……っと」


 そしてその綺麗な校舎内を歩くのはこれまた綺麗なお嬢様方。緑のリボンをぶら下げる私を不思議そうに見つめる視線が次々に飛んでくる。


 さすがにこれでは目立ちすぎる。そう思った私は近くのトイレに駆け込みホームルームが始まるのを待つことにした。


「んっ……ダメだよゆみちゃんこんなところで……」

「いいじゃない。私もう我慢できないわ」

「あっ、んんっ……」


 トイレの扉を開けた瞬間、聞こえてきたのは嬌声。視界に飛び込んできたのは体を密着させて抱き合っている女の子。


 当然、その子達の視線は扉の前に立つ私の元へと向けられる。


「あ、えぇっと……私も混ぜて? なんて」

「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!」

「うわあああ!?」


 叫び声がトイレに響き渡る。その声に押し出されるように私は扉を勢いよく締めてトイレから飛び出した。


「わぷっ」


 そして私の顔が何かに埋まる感触。顔を上げるとジャージ姿の背丈の高い男性の姿。


「なんだ、もうホームルーム始まるぞはやく教室に戻れ」

「は、はいぃすみません」


 頭を下げて謝る。なるべく顔を合わせたくないから、それはもう深々と。だが。


「ん? 見ない顔だな、どこのクラスの生徒だ?」

「うぇえっ!? あ、わた、わたわた私は〜えっと……その……」

「ああっ! やっと見つけましたわ!」


 と、そこへやってきたのは朝の校門で会った子だ。


「教材も無しに授業を受けるなんて、それは教えてくださる教師の方への侮辱ですわ! さぁお名前を教えなさい、わたくしが手続きをしておいてあげますから!」

「いやいやいや! 大丈夫です! 大丈夫ですほんとに!」

「というか……君、中等部の生徒だな? どうしたんだこんな所で、あっちではもうホームルームが始まっているはずだが」


 質問責めによる挟撃が炸裂し、完全に二人の目は怪しいものを見る目になっていた。


「いたわ! あなたよくも私たちの幸せな時間を邪魔してくれたわね!

「ゆ、ゆみちゃん……」


 そして後ろからはトイレから出てきたさっきの二人組。


「そもそも、あなた何故スリッパなんて履いていますの? それにニーハイソックスは原則禁止ですわよ?」

「えっ、そうなの!?」


 だから廊下ですれ違うたびにみんな私のことを見てたんだ。


「ふむ。君、生徒手帳はあるか?」

「生徒手帳……えっと」


 そんなもの持ってるわけがない。が、制服に入ってることを願ってポケットをまさぐってみる。


「先生! こいつ不審者ですよ! さっき私たちの濡れ場をガン見してましたもん! あ、変質者!?」

「うぅ……ゆみちゃん……」


 ついに不審者扱いされてしまった。


「で、あったか? 生徒手帳」

「な、ないです……」


 私は言い訳もできず、俯くことしかできない。そんな私の様子を見て、教師は頭に手を当ててため息を吐いた。


「わかった。悪いが教務室へ一緒に来てもらう、いいな?」


 そう言うと教師は半ば連行するといった形で私の手を握ろうとする。


 ここで捕まったら私の計画は即終了。それどころか建造物侵入罪のおまけ付きだ。


 そんなのダメだ。私は、私はひよりちゃんに会いたい!


 私は教師の手を振り払う。そして——。


「わ……」

「わ?」

「わあああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 全力で走った!


「逃げましたわ!」

「マジか! くそっ! 待てー!!」

「不審者、不審者よ! その不審者を捕まえてー!」

「ゆみちゃん待ってぇ……」


 なんだか大変なことになってしまった。

 

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