第十五話 それでも私はやってない、と思います
「だから違うんだって〜!」
「何が違うんだ。昨日の夜十一時、駅の路地裏。全部当てはまってるじゃねえか。はぁ、警察沙汰にはなるなよって言ったのに。ホラ行くぞ、自首すれば少しは罪も軽くなるだろ」
「ちょっ、ちょっ! 待って待って! ほんとに私じゃないんだって! 犯人はもう捕まったって先生言ってたじゃん!」
「複数犯によるものかもしれないだろ。そして主犯はタマ、お前だ」
休み時間、私は案の定薫に激詰めされていた。
確かに先生が言っていたのは昨日、私とひよりちゃんが巻き込まれたあの事件だ。結束バンドで縛られる強姦魔なんてこの世広しと言えど昨日の暴漢くらいだろう。
薫にはありのままを伝えればいいのかもしれないけど、事がこんがらがっても困るし。ひよりちゃんが本気モードになって強姦魔をグルグル巻きにした、なんて説明しても状況が好転するとも思えない。
「あ、アリバイ! 私にはアリバイがあります裁判長!」
「発言を認める」
何とか事態を収束させるため私は異議を唱える。
「昨日の夜、私はラブホテルにいました!」
「……は?」
「昨日の夜、私はラブホテルにいました!」
「判決。虚偽告訴罪と信用毀損罪により無期懲役」
「罪重すぎない!?」
あまりにも理不尽な判決。この裁判長は人の心をなくしてしまったのだろうか。
「それにラブホに入ったからと言って両者同意の上とは限らない。泥酔させた上で連れ込んだのかもしれないしマインドコントロールの可能性もある」
マインドコントロールて……いきなり出てくるぶっ飛んだ単語に思わず後ずさり。
「とまあ、冗談はここまでにしておいて。大丈夫だったのか? 今日遅刻したのって事件に巻き込まれたからなんだろ?」
だけど薫は、意地悪な表情から一転。私の目を見て神妙な面持ちで聞いてくる。
その切り替えは見事というか、さっきまでふざけあっていたのに突然そんな顔をされてしまったらなんだか照れくさくって。そんな照れ隠しも相まってか私は。
「あれれ? もしかして薫、心配してくれてるの?」
茶化すように薫をいじってやった。
「ああ、心配してる」
それでも、薫は顔つきを変えずに、真っ直ぐ私を見つめてくる。
「えぇと……え? ほんとに?」
「当たり前だ。タマに何かあったら……私は……」
「薫……」
歯を噛み締め、拳を握り、熱気を帯び赤くなった頰。苦しそうに言葉を零す薫。
こんなにも、薫は私のことを思ってくれていたのかと、予想外の事実を目の当たりにしてしまい私は何と返事をしていいのかわからず押し黙った。
「蜜葉ちゃんが不憫でならない……」
「そっちかーーーい!!」
やっぱり薫は薫だった!
「当たり前だ! 家族が犯罪を犯してテレビに晒しあげられ、報道陣に家を包囲され、顔を上げて近所を歩くことすらままならなくなる蜜葉ちゃんの気持ちを考えてみろ! こんな、こんな姉を持ったばかりに……くっ、不憫でならない!!」
「そんなこと言われても……」
「なぁ……今からでも遅くはないんじゃないか? やり直せるはずだ。生きようぜ、真っ当に。蜜葉ちゃんのためにも」
「うん、わかった薫。この話は無かったことにしよう」
私はきっぱりと言ってのける。このままでは更生施設という名目で部屋に監禁され寂しい閉鎖空間で人生を謳歌することになってしまう。
「今日の昼なんだけどよ」
「切り替えはっや! いや、確かに無かったことにしようって言ったのは私なんだけどさ!」
もしかして薫は劇団にでも入っていたんじゃないかと思ってしまうほど華麗な話題のシフトチェンジ。
「なんか、うん……まぁいいや。で、お昼がどうかしたの?」
あまり気にしてもしょうがないので私は薫に言葉の続きを促した。
「今日の昼、食堂でもいいか?」
「いいけど、お弁当作ってこなかったの?」
「ああ、響が体育祭の振替休日とかで学校休みだって言うからさ。私の分だけ作るってのも面倒だったから作らなかった」
「なるほど」
確かにお弁当を作る手間を考えると自分の分だけなら食堂で済ませてしまう気持ちもわかる。蜜葉も前にそんなことを言っていた気がするし。
「ん?」
そこで、私の頭にあるワードが引っかかる。
「あれ、響ちゃんて付属中学だっけ」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
県立付属中学。その学校はエスカレーター式になっており中、高、そして大学への進学が約束されている所謂いい子ちゃんが入るところだ。
建設されてからまだ十年ほどしか経っておらず、綺麗な校舎が印象的な学校で中高が同じ校舎。大学の校舎のみ少し離れたところに建てられている。
「体育祭って中学と高校一緒の日にやるの?」
「そうだな。県内でも最大規模の体育祭として有名だし。だから今日は中高どっちも休みだ」
薫のその言葉に、私の中の歪なピース達が我先にとこぞって集まり、そして揃った。
『あたしは昨日今日と体育祭だったから今日は振替休日』
確かに、今朝ひよりちゃんはそう言った。話すたびに揺れ動く艶やかな唇を凝視している私が聞き逃すはずなどない。つまり。
「なるほど……くく、ククク……」
私は口角を上げ、堪え切れないというように悪役のような笑いを漏らした。
「ねぇ、今日薫の家に遊びに行ってもいい?」
「んぁ? 別にいいけど特にやることねぇぞ」
「いいのいいの、私は薫と一緒にいられるだけで幸せだから」
「気持ち悪」
そんな話をしていると次の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
クラスメイト達は行儀よく席に着き、まもなくして入ってきた先生の話に耳を傾けている。
そんな中私は。
「安藤の奴……なんか笑ってね?」
「珠樹ちゃん変な物でも食べたのかな……」
「ちょっと怖ぇな……」
これより実行する作戦を頭の中で思い描き、そのあまりの完璧さに笑みを浮かべ。これより訪れるであろう完璧な未来に、さらに笑みを浮かべ。
周りから指を差され怪訝な目で見られていることなど気にもせずな終業のホームルームまでひたすら私は笑っていた。不気味なくらいに。
「待っててねひよりちゃん!」
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