第十四話 日頃の行い!?

「……って、そうだ忘れてた! 今何時!?」


 段々と明るみを増す朝の日差しに私の意識は切り替わる。急いで床に放り出されたスマホを手に取り画面を見ると。


「は、八時!?」


 朝のホームルームは八時半から。ここから駅まで五分で、一応八時十分発の電車には乗れる。学校の最寄り駅まで十五分かかるから逆算すると丁度五分余るけど……。


「な、なにこのめちゃくちゃ急げば間に合うけど途中で手抜いたら確実に遅刻っていう絶妙な時間は……!」


 完全に寝過ごしたのであれば諦めて学校に電話するけど、生殺しすぎるこの時間に私は頭を抱える。


「遅れそうなの?」


 ベッドの上で髪を梳かしていたひよりちゃんが心配そうに声をかけてくれる。


「うーん……走れば間に合いそうだけど……」

「支払いはあたしがやっておくから、安藤はさっさと行きなよ」

「えっ、でも……ひよりちゃん学校は?」

「あたしは昨日一昨日と体育祭だったから今日は振返休日」

「あ、そうなんだ」


 そうかもう体育祭の季節なんだ。私たちの学校では全く盛り上がっていないので忘れていた。


「時間、ないんでしょ?」


 そうこうしてる間にも八時三分。刻々と時間は過ぎていた。


 迷いに迷ったあげく、私は。


「ごめんひよりちゃん……次会った時に絶対払うから!」

「ん、わかった」


 ひよりちゃんは頷き了承してくれる。


 あれ? 今のはもしかしてまた会ってくれるってこと? そんなささやかな喜びも焦る私の心は感受する余裕はなく。


「えぇっと、ごめんねひよりちゃん! また今度!」


 部屋を出て扉を閉める直前、ひよりちゃんの控えめに手を振る姿が見えた。



「ごほっ、ウォエ! ……はぁ、ハァ……ぁ、ゲホッゲホッ……!」

「息切れがリアルすぎるだろ……」


 飛び込むように教室へ入った私は全体力を費やしたせいでマトモに息ができず、席に座っていた薫にツッコミを入れられた。


「はぁ……はぁ……おはよう薫。ホームルームは?」

「まだ始まってねえよ。ギリギリセーフだ」

「ひぃ……ヒィ……間に合ったぁ〜〜〜」


 周囲の引力が突然消えたかのごとく私は倒れ込んだ。


「髪ボサボサじゃねえか、どんだけ寝過ごしたんだ」

「八時に起きた」

「よく間に合ったな……逆にすげぇよ。ほら、タオル貸すから使え」

「わお、さっすが陸上部! ありがとう〜!」


 薫が渡してきたふわふわの白いタオルを顔に押し付けると、鼻をくすぐる洗剤の香り。

 

「薫の家の匂いがする!」


 洗剤なんてお嬢様でもない限りどこの家も同じようなヤツを使ってるはずなのに、どうしてよその家の衣服はこんないい匂いがするんだろう。永遠の謎。


「ねぇ薫、ついでと言ってはなんなんだけど、お化粧貸してくれない? 私今日なんにも付けてきてないの」

「いや、私が化粧しないのしってるだろ。持ってねえよ」

「はい出ました〜私すっぴんでも可愛いアピールゥ〜〜」

「……」

「ぁ、ごめん……ごめんて薫。お願いだから無言で拳を握りしめるのやめて?」


 血管が浮き出てる、とまではいかないけど確実に薫の手は石のように固められ臨戦体制となっていた。


「そもそもタマだって化粧してもしなくても変わんねぇって」

「えー! そんなことないよ、ほら見てこんなにくまがクッキリと! 誰かー! 誰か私にアイメイクをー!」


 両手をあげて助けを乞う。私だって女の子の端くれ、少しのオシャレも欠かさないのだ!


「おはよう安藤。俺の使うか?」


 そんな私の救済を求める声に駆けつけてくれたのは、長い髪の毛を腰まで垂らした……荻川くんだった。スカートをフワリと揺らして優雅に歩み寄ってくる。


「え、使うって?」

「化粧道具。俺丁度持ってきてたから良かったら使ってくれ」

「よかったじゃねえかタマ。荻川が貸してくれるってよ」

「いやいや、え? もう荻川くんに関してはツッコミ無しなんだ」


 女装したクラスメイトが化粧道具を貸してくれるなんて状況、どう考えても普通ではないし「日本とんでも大賞」に投稿しても割といいところまで行きそうなレベル。だけど薫は何のその、荻川くんに対するリアクションはまるでゼロだった。


「ファンデーションも全色あるぞ。あ、もしかして安藤は水タイプの方がよかったか? それならこっちに……」


 そんな私の横で荻川くんは可愛らしいピンクのポーチを取り出した。


「あれ?」


 そのポーチからピントを外して私は荻川くんの足を見た。とても綺麗な肌色でスベスベの卵のような足。


「荻川くん、その足……もしかして脱毛した?」


「あ! 気づいた!? そうなんだよ隣町のクリニックまで行ってレーザーで脱毛してもらったんだ。すごいよな今の医療って一日でこんなになるんだから」


 荻川くんはスカートをたくし上げて足の付け根まで見せびらかしてくる。荻川くんの事を知らない人が見たらただの痴女だ。


「へぇ〜うん、すごいね。本当に女の子の足みたい」

「本当か! 〜〜〜〜〜ッ! っしゃアッ!」


 しゃがみこんでガッツポーズをする荻川くん。嬉しいんだ……。


「よかったな荻川!」

「ああ! サンキュー明日原! これで俺も一人前の女だ!」


 熱い握手をする二人。いつのまにこんなに仲良くなったんだろうか。


 そんな二人の様子を苦笑い交じりに眺めていると、教室の扉が開けられる音がした。


「おーし席つけーホームルームはじめんぞー」


 ズカズカと大きな足音を立てて入ってきたのは担任の武内先生。


「おら、荻川も。さっさと席につけ」

「はーい」

「え、先生もツッコミなし?」


 どうしたことだろうか。武内先生ですらも荻川くんの女装に関して言及無し。もしかして私がおかしい? 私にしか荻川くんの女装姿が見えていないとかそういうヤツ?


 ほかのクラスメイトも特に荻川くんを気にする様子もないようで、すっかり溶け込んでしまっていた。


 困惑する私の手には荻川くんから渡された下地がいらないタイプの水ジェリーファンデ。そんな最新ファンデを手の上で転がしていると、武内先生が教壇に登り口を開いた。

 

「まずはじめに出席……の前にひとつ連絡だ。昨日、夜の十一時頃に押切駅の周辺で強姦事件があった」


 武内先生がそう言うと、クラスメイト達がざわつきはじめる。


「静かに、犯人は無事捕まったそうだ。捕まったというか……路地裏のゴミ捨て場に結束バンドで縛られていたらしい。一応この件はこれで落着となったわけだが被害者からの通報が非通知だったため情報が不足している。今後の事件再発の為にも少しでも知っている者がいたら教えてくれ」


 犯人が捕まったと聞いて安堵する人や、じゃあいいじゃんと途端に興味を無くし欠伸をする人。結束バンド……非通知……妙だな、と顎に手を当ててもの難しそうに考える蝶ネクタイとメガネをつけた人。反応は様々だ。


 そして、私の前の席の明日原薫はというと、首を180℃回して私の事をガン見していた。

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