第三話 これより面接をはじめません
満点の太陽が照らす陽の光に包まれ思わず目を細める。周りを見渡すと、四隅の端。落下防止に張られた柵の近くに人影があった。
期待を裏切られる、と言うと彼には悪いかもしれない。そこにいたのは私のよく見知った顔。同じクラスの
なんて声を掛けようか考えながら私が近づいていくと、荻川くんの方から口を開いてくれた。
「あ、安藤。えっと……」
バツの悪そうな顔で、小さい声で何かを言おうとしている。私も何か喋りたいけど、この驚くほど気まずい雰囲気はやっぱり何度経験しても慣れないものだ。
「今日は来てくれてありがとう安藤。それと、突然ごめん」
十秒足らずで感謝と謝罪をされた。荻川くんとはあまり喋ったことはないけれど、多分いい人なんだとは思う。
「ううん、大丈夫。それで用事って? なんて聞くのは野暮かな……」
私は手に持ったハート柄の便箋が敷かれた可愛らしい手紙を見せる。こういう洒落た手紙はコンビニには売ってないし、わざわざデパートまで買いに行ってくれたのかと思うと、やはり申し訳ないという気持ちが湧いてくる。
「あ、お、俺……!」
荻川くんは可哀想なくらいに緊張している。足はプルプルと震えていて唇も心なしか青紫色になっているように見える。
拳を握りしめて、意を決したかのように顔を上げた荻川くんは。
「俺、安藤のことが好きです! 付き合ってください!」
それは何の捻りもない。だけどとても真っ直ぐで素直な告白だった。
私はすぐには返事をせず、わざと間を空けて、さも必死に考えました。という風に、頭の中に記憶されたマニュアルを音読する。
「ありがとう。気持ちを伝えてくれて、とても嬉しい。でも、ごめんなさい。私はあなたのことをあまり知らないし、付き合うことはできません」
私は頭を下げる。それは申し訳ないという気持ちもあるけれど、気まずいこの雰囲気、相手の顔を見たくないという意思の表れで。なんともずる賢いお辞儀だ。
「……」
荻川くんは無言。きっと色んな思考が頭を駆け回っているんだろう。残念な気持ちとか、悲しい気持ち。
「わかった」
やがて聞こえて来たのは、諦めたような暗い声。それが確認できると私はようやく頭をあげる。
私は何も言わず、荻川くんの言葉を待つことにした。ここでもう一度私が謝罪をしたところで皮肉にしかならない。なら何も言わないのが荻川くんの為でもあると思ったからだ。
「でも、これだけ聞かせて。どうして俺じゃダメなの?」
私は、やはりすぐには答えない。だってあまりにも早い回答だと、マニュアルを音読しているだけとバレてしまうから。それは、相手にとってもとても悲しいこと。
——ふと、時間稼ぎとして適当にぼーっとしている時。今日の昼に薫と話した内容が頭に浮かんでくる。
少し考えて私は口を開き、荻川くんにこう聞いた。
「じゃあさ、荻川くんは私のどこが好き?」
質問に質問で返す。こんなズルイ返しに、荻川くんは一生懸命に考えてくれていた。
「えっと、優しいところ……とか」
考えに考え抜いて喉から捻り出したその答えは、どこかで聞いたことのある答えだ。
「それって、ただ単に私のことを都合のいい女と認識してるだけじゃない?」
だから私も、どこかで聞いたことのある返しをする。
「そんなことない! それに、安藤は……そう、可愛いし!」
「じゃあ体目当てってこと?」
「違うよ! 俺、本当に安藤が好きで……ずっと一年の時からずっとお前のこと見てきて……本当に、好きなんだ……」
荻川くんは私の言い放った言葉に固まり、その後は小さい声で言葉を漏らしていた。
「ご、ごめん……私、別に荻川くんを責めるとかそういうつもりじゃなくて。純粋に気になっただけで……」
そんな荻川くんの様子を見ていたらなんだかいたたまれなくなってしまいすぐに弁明する私。確かに今の聞き方はちょっと意地悪だったかもしれない。反省。
「安藤、俺さ」
改まった様子で背筋を伸ばし、私の目を真っ直ぐに見つめてくる荻川くんの視線は、とても鋭く、おどけて見せることすら許されない。
「覚えてるか? 一年前、この学校の入試の時だ。試験当日、俺は会場に着いたところで受験票がないことに気づいて、焦っていた。頭が真っ白になって無我夢中にカバンを漁ったけど、見つからなくてもうダメだと思ってた。そんな時、俺に話しかけてくれたのが安藤、お前なんだ」
一年前……思い出そうとするけど、まるで記憶から丸ごと抜け落ちているかのように靄がかかってそれは叶わない。
とりあえず私は、黙ってその話を聞くことにした。それは安藤くんのためでもあるし、何より私が、聞きたかったから。
「パニック状態になっていた俺に優しく話しかけてくれて、一緒にどうすればいいか考えてくれた。半分涙目の俺を試験場本部まで連れて行ってくれて仮受験票を発行してもらったんだよな。はは、知らなかったよそんなものがあるなんて。
そのおかげで無事試験を受けれた俺は合格してこの学校に入った。そして教室に入った時、安藤の姿を見かけて本当に嬉しかった。すぐにでも礼をしに行こうと思ってたけどなんかお前、結構男子に人気でさ。俺が話しかける隙がなかったんだ」
確かに最初の頃は色んな男子から声をかけられて、昼休みもまともに薫とご飯食べれなかったなぁと、そんな事を思い返しながら荻川くんの話の続きにしっかりと耳を傾ける。
「結局話すことはできなかったけど、それから毎日のように安藤のことを目で追うようになってた。安藤のことばっかり考えてた。そして気付いたんだ。ああ、俺は安藤のことが好きなんだって」
「……でもそれって」
しまった、と思うがもう遅い。私は無粋にも荻川くんの話に口を挟んでしまう。だけど荻川くんは私が何を言おうとしたのかわかっていたようで。
「うん、これは安藤が俺に優しくしてくれたから。安藤が俺にとって、都合の良い女子だったからなんだ」
私がさっき意地悪のように言い放った言葉だ。
「勿論、安藤は顔も可愛いし、その一年の時から変わらない揃った前髪と元気な性格も好きだ。声も耳通りがよくて聞いていて心地がいい。女性として本当に魅力的だと思う」
「あ、ありがとう……」
可愛い、と漠然と褒められたことはあるけど、こうも具体的に褒められたことはなかったから少し返答に戸惑ってしまう。
「だけど、俺は多分。安藤の顔が可愛くなくても、前髪が揃っていなくても根暗な性格でも、耳障りな金切り声でも。それでも好きになっていたと思う。そんな安藤に俺は惹かれていったんだ。
俺には無い、何かを持っている、そんなお前に、安藤珠樹に惹かれたんだ。うまく説明はできないけど……外見とか中身とかじゃなくて……安藤の在り方とか、存在そのものに、心が惹かれていく……と、いうか」
饒舌に語っていた荻川くんだけど、途中で何を言っているのか自分でも分からないという様子で語尾が小さくなっていく。
「ごめん、やっぱりうまく説明できなかった」
「ううん、確かに私もよく分からなかったけど……でも」
私はマニュアルから目を離して、私の言葉として彼、荻川有希くんに言う。
「ありがとう。荻川くんが私のことが本当に好きなんだっていうのは、伝わった」
理由も訳もまだ曖昧で形を持たない煙のようだけど、それでも言葉として荻川くんの好意は確かに感じる。今までの人とはちょっと違くて、嫌な気分にはならなかった。
「そ、そっか……よかったよ、ははは」
萩原くんはそう私に笑って見せて、もう何も言わなかった。さあ、話は終わり。後は私が踵を返してこの場を去れば、この告白は幕を閉じる。
だけど、私の足は動かない。動こうとしない。
「あのね」
代わりに、私の口が動く。
「さっき荻川くんに告白された時断ったあのセリフ、実は私の言葉じゃなくて、マニュアルを読んだけなの」
「え? マニュアル?」
罪滅ぼし? 償い? そんなんじゃないとは自分でも思いたい。ただ、私に全てを話してくれた荻川くんに、背を向けて帰るのは……失礼な気がして。
「私今までも何回か男子に告白されてるんだけどね? その時断る用に自分で作ったマニュアルなの。一番相手を傷つけずに、尚且つ後腐れのないような返答を用意して、それでやんわりと断ってた」
荻川くはこんな私の身勝手な自分語りを真摯に聞いていてくれる。
「だけど、荻川くんにはちゃんと言おうと思う。私が、荻川くんの告白を……ううん。男子からの告白を断ってきた理由」
私は、今度はフリではなく。どう言えば一番伝わるかをしっかりと考えて、そして口にした。
「私……女の子が好きなの!」
「え?」
「私、女の子が好きなの!」
「二回も言った!?」
私の一世一代の告白に、荻川くんは目を丸にして精一杯のツッコミをしてくれた。ありがとう、でもこれボケじゃないから。
「私ね、女の子のおっぱいが好きなの! 女の子の太ももが好きなの! 女の子のお尻が好きなの! 女の子の髪が好きなの! 女の子の腰が好きなの! 女の子の声が好きなの! そしてね! 女の子の鎖骨が好きなの!」
「え、えぇ……?」
「だってえっっろくない!? 女の子! あんな性欲の権化みたいな体をスカートなんて履いちゃってプラプラと無防備にさらけ出してるんだよ!? しかもあの鎖骨!薄っすらと遠慮がちに、だけど形はしっかりと浮き出ていて視覚じゃ分かりにくいけど指で触るとすごい綺麗な曲線を描いていて少し押してみると弾力もある。それが肩の方へと伸びていって……ああ、一度でいいから端から端まで舐めてみたい。舐めてみたくない? ほら、手羽先みたいに」
心なしか荻川くんの立ち位置が若干離れていっている気がする。私はもっと聞いてほしい! その一心で前に歩み出る。
だけど、また荻川くんとの距離が離れる。あれれ? 荻川くんもしかして後ずさってはいないかい?
「ねぇ!! 荻川くん!!!!!」
「は、はい!」
何故に敬語?
「私ね、そんな女の子が好きなの。愛してるの。だけどね、男の子は微塵も興味がないどころか哀れな生物だとさえ思ってる。おっぱいも無ければ足も太いし毛も濃い。声も野太いお尻は硬い、挙げ句の果てに発達しきった筋肉に押し上げられて歪んだ骨格。主張の激しい鎖骨に私は幻滅した。わかる? 荻川くん。男の子はね、何にもエロくないの」
「うん、わか……る、わかった」
「ほんとに? わかってくれた?」
私が前のめりになってそう聞くと、荻川くんは首を赤べこみたいに振り始めた。
「ありがとう。これが、私が荻川くんの告白の断った理由。荻川くんと付き合えない本当の理由。やっぱり、幻滅するよね」
「ううん、しないよ。するはずない。それよりも俺は嬉しいよ。安藤が本当のことを教えてくれて、こっちの方が潔く諦められる」
荻川くんはこんな私の話に、笑ってくれる。
「でも荻川くんすっごいいい人だし……もし荻川くんが女の子だったら、好きになってたかもしれないなー、なんてね」
「俺が……女の子、だったら?」
「冗談だよ冗談。気にしないで」
好きになってたかも、なんて本当に冗談でしかない。だって好きが何なのか、未だによく分からない私に、そんな事が言えるはずもないんだから。
「そっか……いや、安藤。ありがとう。俺、今日告白を断られて明日からどうしようと思ったけど……まだ頑張れる気がするよ!」
私の冗談がそんなに面白かったのか分からないけど荻川くんは今日一番の笑顔になりなにやら拳を握りしめて気合を入れている。
「ん? うん、私も別に荻川くんのこと避けたりしないから、明日からもいつも通りに接するね」
「ああ! 安藤ありがとう! 俺、用事ができた! 先に帰るわ!」
「え!? あ、うん。バイバイ……行っちゃった」
荻川くんは風のように私の横を過ぎ去りそのまま足音を響かせて階段を降りていってしまった。あれ、なんだろうこの敗北感。
「まあいっか」
最後の方はちょっといい子ぶりすぎたかと思ったけど、荻川くんも分かってくれたみたいだし。
「好きとは衝動よ。抗うことなく突き進め少年。ふはははは」
とりあえず用事は済ませたし、今日のイベントに向けて、帰って準備をしよう。
「ふふ、ふはふふ……! 待っててね……! あ、えーと」
知らないんだった、彼女の名前。
うん、今日の目標は彼女にもう一度会って名前を聞くことにしよう。
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