第二話 だから違うんだってゔぁ!

「なにたそがれてんだタマ」


 私が机に頬杖をついて窓の外を眺めていると友達の明日原あすはらかおるが話しかけてきた。尖った口調とは裏腹にあいも変わらず大きなバスケットボールを胸に詰めている。


「恋愛ってさ、難しいね……」


 私はこれでもかと哀愁を漂わせ透かした顔で薫にボヤく。返答の代わりに窓ガラスに映る薫の神妙な顔が目に入ってきた。


「ば、バカな……タマが……恋愛、だと……!?」


 薫はガチで驚愕していた。


「あの女を性欲の捌け口としか見ていない、歩く便器とまで言っていたタマが……恋愛、なんて……そんな、そんなバカなはずがあるか!」

「失礼すぎない!? あと便器なんて言ってないよ!? 私が言ったのは“歩く穴“だよ!」

「同じじゃこのバカチンが!」

「なにそれ皮肉!? 私にはチン◯ンついてないもん!」


 迫真の怒号は教室中に響き渡った。談笑をしていた男子達もこちらを凝視している。


「んんっ、こほん。わたくしにはおちん◯んは付いていなくてよ?」

「口調の問題じゃねえよ」


 呆れた顔で私の前の席に座る薫。


「で? どういう風の吹き回しだよタマが恋愛だなんて。まさか、男か?」

「ううん。この前さ、駅前の路地裏でめちゃくちゃエロ……可愛い子見たって話したじゃん?」

「ああ、一時間近く熱弁されて昼休みが潰れたあの話な」


 あの時のことを根に持っているようで、睨まれてしまった。一時間じゃないもん五十七分だもん。なんて言ったらまた薫は怒るかな。


「でね! 昨日路地裏で待ち伏せしてたら、ようやく会えたのその子と!」

「待ち伏せって……」

「そんでねそんでね  相変わらずべらぼうにべっぴんなその子に欲望が抑えきれずについ押し倒しちゃったんだけど……あっ!」


 口が滑ってしまった。知り合ったんだよーお友達になったんだよー程度にとどめておこうと思ったら、昨日のことを思い出してつい口に出しちゃった。


 案の定、薫の額には汗が流れて「ついにやったか」という顔をしていた。


「違うの違うの! 昨日は視姦だけにしようと思っていたんだけど、もう一度生であの子の身体を見たら、もうワシ辛抱ならんくて、つい襲いかかってしまったんじゃ! 不可抗力じゃ 」

「違くねえじゃねえか! なんだ、じゃあてめぇは女の子をブチ犯しておいて今日はこうしてのうのうと学校に登校して授業を受けてんのか!?」


 椅子を鳴らして立ち上がる薫。めちゃめちゃ怒ってる!?


「すみませーん! このクラスに強姦魔がいまーす!」

「やめて! 叫ばないでー!」


 このままだとクラスメイト全員に私が強姦魔だと言うことが浸透してしまう。幸い、私を見る視線には蔑みではなく疑惑の色が含まれていた。まだ弁明の余地はある!


「て、ていうか? 私も押し倒されたし? 実質和姦じゃない?」


 静寂。誤魔化したり事実を湾曲したりするよりは、真向から否定した方が良かったかもしれない。口は災いの元ってよく言うけれど、私の口からはありとあらゆる厄災が教室中に降りかかっていた。


「違うんだよ薫。どっちかというと、そう。返り討ちにされちゃって。お互い未遂なの。だから既成事実はないしそんな目で私を見ないで?」

「未遂なら良いということになるならこの世は犯罪だらけだ」


 さっきから薫の的確な突っ込みが心に刺さる。クラスメイト達も汚物を見るような目で私を一瞥してまた談笑に戻っていた。


「でもそれなら尚更タマが学校に来ていることが納得できないな。刑務所には行かなくていいのか?」

「それなんだけどね! その子すっごい優しくて、私が強姦魔だってことは分かってるのに見逃してくれたの! それに見てこれ、ハンカチまで私にくれて、ああ、本当に可愛くて良い子だったんだぁ〜」


 私はポケットに大事にしまっていた若干カピカピのハンカチを取り出して薫に自慢してやる。


「それでね! 今日もまたあの路地に行って彼女に会おうと思うの!」

「やめておけ今度こそ通報されるぞ。仏の顔も三度までとは言うが普通の人間は同じ事を二回されるだけでも頭にくるんだ」

「うぅぅ〜……でも、でも! 今日ずっと胸がざわざわして、授業に集中できなくて。ね、これって……恋、だよね?」


 私は自分の胸に手を当てる。手を当てたところで真昼の正常な心拍数では特に感じることはないんだけれど。


「まさか、今までタマが人を好きになった事なんて一度もないだろ。この冷徹な性欲マシーンめ」

「むー! 絶対恋だもん! 私あの子に恋したんだもん!」

「ほーんじゃあどこが好きなのか言ってみろよ」


 挑発的な目で私を煽る薫。かっちーん。頭にきましたよ私。こうなったら聞かせてやろうじゃない私のラブでロマンスな胸の内を。


「まず綺麗なあの顔でしょー? あと思わず手ですくいたくなるような黒い髪の毛でしょー? それに引き締まった筋肉質な太もも。あ、あと程よく育って張りのいいおっぱい」

「……」

「それから鎖骨! あれはエッロいわ。私鎖骨フェチなんだけどあの子の鎖骨は完璧だね! 形はしっかり浮き出てるのにそのものは出っ張ってなくてほぼ水平。背筋がいいと骨格が変わってああなるんだけどね、ああほんとエロかった汗がしたたると鎖骨の形になぞって垂れていってね?」


 ああ、止まらない。昨日の出来事が頭でフラッシュバックして、彼女の全貌が脳内で艶めかしく私を誘惑して。溢れる想いが止まらない!


「それでね、それでね!」

「あー、タマよ」


 途中で遮るように薫が私の名前を呼ぶ。


「なに? これからもっとコアなあの子の部分が私の口から綴られるところなんだけど」

「いや、あのなタマ。お前さっきからその子の身体のことしか言ってないぞ」

「そりゃそうだよあの子どちゃくそエロかったんだから」

「さっき恋とか何とか言ってなかったか……? 今のタマの話を聞く限り、普通に性欲の捌け口にしか思ってないように感じるんだが」


 珠樹に、電流走る。


「そ、そんなことないよ! 私はあの子の事好きだもん! 体目的とかじゃなくて本当に恋をしたんだもん!」

「じゃあほかに上げてみろよ、その子の好きなところ。体以外でな」


 ふん、そんなの答えられるに決まってる。決まってる、はずなのに私の口は一向に動こうとしない。


 あれ? どうして? 時が止まる。思考が止まる。必死に自分の記憶を掻き分けてあの子への想いを探り出す。だけど、出てこない。


「あー、えー。えー? うーん。あ! 匂い は違うか……んん、声?」


 出てくる言葉はどれも何かが違う。私があの子のことを好きと感じた確信的な何かがきっとあるはずなのに。


「あ、や、優しいところ!」

「それはタマがその子を自分にとって都合のいい女だと解釈しているからだろ。自分の好みで強姦紛いのことをしても通報せずに許してくれた。そりゃもう一度会いたくなるわけだ」


 薫の言葉に私は押し黙る。それには、図星という表現が一番似合うかもしれない。


「なあタマよ、恋だのなんだの言うのなら、まずは普通に異性と付き合ってみたらどうだ?」

「え、異性って……男の子?」

「そうだよ。タマ、今日もラブレター貰ってただろ。朝下駄箱ん中に入ってんの見たぞ」

「あ、うん入ってたけど……」


 私がそう答えると薫は茶色混じりの癖っ毛を掻いてため息をついていた。


「返事はどうすんだよ」

「せっかく手紙まで書いてくれたんだから勿論返すよ? 今日の放課後、屋上に来てくれって書いてあるから行くつもり」


 だけど、そこまで言って私は重大な事実に気づく。


「あ! でも今日薫と一緒に帰る約束してたんだ! うぅ、どうしよう」


 生徒会と部活を両立している薫はいつも忙しくて、最近はあまり一緒に帰れていなかったので悩む私。


「いいよ、行ってやりなよそいつのところまで。私は今週ずっと暇だから、明日一緒に帰ればいい」

「うぅ……ごめん……」

「だからいいってのに、私も今日は丁度用事があってタマとの約束どうすっか悩んでた所だしな」


 薫はそう言ってくれるけど、多分用事なんてないんだと思う。いつだったか忘れたけど、その時もこうして薫は私の踏ん切りがつくように気を利かせてくれた。口はちょっと悪いけど優しい子なんだ、薫は。


「薫、ありがとうっ。えへへ……」


 私は心から薫に感謝する。嬉しさについ顔もほころび間抜けな笑い声も出てしまった。


「はぁ……中身はこんな変態なのになんで顔だけはこんな可愛いんだよこいつ……」

「え? 薫なんか言った?」


 後ろの男子が、午後の授業はサッカーか野球かというどうでもいい議論で白熱していてよく聞こえなかった。


「ああ言ったよ! 難聴か、難聴なのか!? お前はその年で! ああ、そうだ糞が詰まってんだな糞が。よし耳貸せほじくり返してやる」

「キャー! 強姦魔よー!」


 私と薫がそんな風に騒いでいると、次の授業のチャイムが鳴った。



 そのあとは特に変わったことはなく。薫と一緒にお昼ご飯を食べ、限界まで達した満腹中枢により脳が活動を諦めて午後の授業はずーっと寝っぱなしで机に出来た水溜りを薫に笑われた。


 そしてあっという間にホームルームになって先生のよく分からない話を適当に聞いて、放課後がやってくるといういつもの流れだ。


「んー」


 それぞれが帰り支度をしたり、体操着を着て部活に向かったり、スマホを弄りながらたむろしたりしている中、私はラブレターと睨めっこしながら廊下を歩いていた。


「誰からだろう」


 もしかして、昨日の彼女から? そんな夢見がちなことを呟いて見るけど、筆圧からして多分男子だと思う。あ、でも昨日の彼女も力強かったし、実はめちゃめちゃ力入れて文字を書くタイプなのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、人気のない薄暗い屋上へと続く踊り場に出る。その先には一際大きい扉。普段は鍵がかけられているけど、何故か今日は開けられていた。この手紙を出した人が開けたのかな。


 私は階段を昇り、その扉をゆっくりと開けた。

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