純愛じゃなくたっていいじゃない!

野水はた

第一章

第一話 私は変態ではございません

「あの、離してくれない?」


 脱力した無感情の声が耳元で囁かれる。


 抵抗する様子はないようだが、念のため彼女の細い手首をガッチリと掴み身動きを取れないようにする。


「立場がわかってないようだね。君は今、強姦魔に襲われてるんだよ? 離すわけないでしょ」


 彼女の身体に顔を近づける。


 ああ、本当にいい匂い。少しカジュアルなTシャツから感じられる潤いのある肌。視覚と嗅覚をこいれでもかと刺激されて、我慢の限界などとうに過ぎていた。


「この路地ね、夜になるとだ~れも通らないんだ。君が唯一の通行人、だから助けはこないよ」


 薄暗い路地に寝ぞべる彼女に覆い被さって耳元でそう囁いてやる。


「ふぅ、ふぅ・・・・・・女の子、女の子の身体! 生の身体・・・・・・!」


 自分でも息が荒くなっていくのが分かる。


 心臓がバクバクと跳ね続けて背徳感が全身を駆け巡るのが止まらない。


 彼女の表情は最初の時と変わらずいまだに真顔で、どうやら本当に状況が分かっていないようだった。もしかして、こういう性に関する知識がないのかな?


「ぐふふふふ!」


 人類史上最高に気持ち悪いであろう笑い声が反響する。


 でも、しょうがないじゃん。びっくりするくらいにいい匂い。信じられないほどに柔らかそうなおっぱい、誘惑してるんじゃないかと疑ってしまう艶美な足と綺麗な髪の毛。


 そんな素晴らしいの集合体たる女の子を好きなようにできる状況に、口元を歪めない理由はないんだから。


「はぁ、はぁ・・・・・・それじゃ、入れるね」


 きた、きた! ついにこの時が!


 彼女のホットパンツのファスナーを開けて、ずり下ろす。


 見えてきたのは無地の黒。特に装飾があるわけでもなく露出も少ない機能性重視の淡泊な下着。


 派手なものより、むしろ生活感を感じて興奮する。興奮する!


「あのさ」


 まだなんか言ってる。そっか本当に分からないんだ彼女。いいよ、今から教えてあげるから! 気持ちいいこと教えてあげるから!


「入れるって、あんた女じゃん」

「・・・・・・・・・・・・」

「あんた女じゃん」

「二回も言わなくても分かってるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 私、安藤あんどう珠樹たまきの全身全霊の世今日が路地裏でこだまする。


「いいじゃん! 女でもいいじゃん! なになんか文句でも!? あーそうですよ付いてないですよ、私にはアレがないですよ! でも何!? だったら女の子を犯しちゃだめなの!? ううん、私は犯す! 大丈夫、いまじなりぃなスキルは持ってるから! それにシミュレーションもばっちりだから! 何がなんでも女の子と気持ちいいことがしたい!」


 叫びすぎて酸欠気味になってきた。


 でも、叫ぶのをやめない! これは私の魂の叫びだから! このソウルハウリングをやめたら私が私でなくなってしまうから!


 そんな私の訴えを、相変わらず彼女は感情の読めない表情で聞いている。


 何この寒暖差。


 でもその冷たい目で見つめられるのも気持ちいい!


「はぁ・・・・・・立場が分かってないのはどっちなんだか」

「え、何を言っているのか・・・・・・うわあっ!?」


 瞬間、私の身体が宙に浮いた。


 彼女に馬乗りになっていたはずの私は、気付けば組み伏せられる形となっている。


「あんた、力なさすぎ。そんなんで人一人を押さえつけられるわけないじゃん」

「あれ!? でも、だってさっきは簡単に押し倒せたよ!?」

「それは抵抗するのがダルかっただけ。あたしバイトで疲れてんの」


 ほぇー、なるほど。手加減されてたのかー。


「・・・・・・ええっと」


 あれ? この状況どうしよう。


 必死に押さえつけられている手を動かすけどビクともしない。足をバタバタさせると彼女の足が絡まってきてこちらも微動だにしない。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 交差する私と彼女の視線。えっと、もしかしてこの状況は。


「私が犯される!?」


 彼女の有無も言わさないような冷たい視線。観戦に組み敷かれた体勢。鎖骨付近を流れる汗。これ・・・・・・。


「いいかも・・・・・・」


 ずっと女の子を犯すおとだけを考えてきたけど、犯されることは考えてなかった。だけど、この屈服させられている感じ。クールな女の子に無表情で馬乗りになられるの、いいっ!


「あんた変なこと考えてるでしょ」


 私がエクスタシーを感じていると、彼女の無機質な声が耳を通り背中を伝い、脳に衝突して全身が痺れる。はぅん。


「はぁ・・・・・・」


 彼女はため息をつくと上着のポケットに手を入れて、スマホを取り出した。


 その瞬間、私の顔から血が引いていく。ふざけたこと言ってる場合じゃなかった。私は強姦魔。未遂とはいえ正真正銘の犯罪者。そしてこの状況、考えられることはただ一つ。


 通報。


 あ、やだ! 通報はやだ1 こんなの親に知られたら終わりだよ! 警察の人はなんて伝えるのかな。あなたの娘さんを強姦未遂で逮捕しました、なんて!?


「お、お願いいいいい! 通報だけはやめてええええええ!!」


 バカなお願いをしていることは自分でも分かる。だけど私は捕まりたくない。


 ようやく自分のしでかした事を咀嚼して、鼻の奥がツンとした。かと思うと目から涙が溢れてくる。


「お、おね・・・・・・がい、ひっく・・・・・・しま、す・・・・・・警察だ、けは・・・・・・うぅ・・・・・・」


 泣きじゃくって思うように声が出ない。だけど、私の必死さも虚しく彼女はスマホの操作をやめなかった。


「うぅ、うぅぅぅ・・・・・・・・・・・・」


 私は自分のしたことを激しく後悔する。


一時の感情と欲望に身を任せて、こんなことするなんて・・・・・・彼女もきっと嫌な思いをしたに違いない。


 ごめんなさいごめんなさいと、うわごとのように呟いた。


「よし、と。って、うわ。なんで泣いてんの」

「う、うぅ・・・・・・だってぇ・・・・・・警察、呼ぶんでしょぉ・・・・・・ぐすん・・・・・・」

「警察? ああ、別に今のはお母さんに今日は遅れるってメールしただけだよ」


 彼女は呆れたような顔をしてスマホをポケットにしまった。


「ど、どうひて・・・・・・私、強姦魔なのに・・・・・・」

「強姦魔、ねぇ。それにしたらあまりにも貧弱すぎるけど。それに、こんなことでいちいち警察呼ぶのもめんどいっての。聴取とかであたしも連れて行かれそうだし」

「ふえ? じゃあ私、逮捕されない?」

「されないよ」

 

 その瞬間、罪悪感とか、後悔とか、自責の念だとか、様々な後ろ向きのカノジュが一斉に沸騰して爆発した。


「うぅぅぁぅああありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ちょっ」


 どこからこんな力がわいてきたのか分からないけど、抑えつけられていた手を解いて彼女に抱きついた。胸に顔を埋め、わんわんと泣きわめく。


「拭く、汚れるんだけど」

「あぅぅ・・・・・・ごめんねぇ・・・・・・」


 糸を引きながら顔を離す。彼女はそれをハンカチで拭き取って、私に差し出す。


「ほら、あんたも拭きな。顔すごいよ」

 

 水色のハンカチ。その優しさに私の目から再び涙が溢れ出る。


 ハンカチはすぐにびしょびしょになってしまい、返そうとすると彼女は「あげるよ」と言いそっぽを向いた。


 それから十分ほど経ってようやく涙が枯れた頃。


「えっと・・・・・・あの、ほんとにごめんね?」

「反省してるならもうしないことだね」

 

 彼女はそれだけ言うと、乱れた衣服を整えて踵を返した。


「じゃ、あたし帰るから」

「あ、ま、待って・・・・・・!」


 特に惜しむことなくその場を去ろうとする彼女の背中に声をかける。


 けど、止まってくれない。


 声でだめなら身体で、私は彼女の背中に飛びついた・・・・・・!


 だけど私の指が触れる前に、腕を引っ張られて身体が浮く。私は彼女の背中に乗る形となり、わーおと手を広げると空を飛んでいるようだった。


「ぐほォッ!?」


 気付けば地面を舐めていた。痛みはなかった。


 上手な人の投げ技は痛みを伴わないと聞いたことがある。


「あ、ごめんつい」

「うぅ・・・・・・しくしく・・・・・・あんまりだよぉ・・・・・・」

「いやあんたは言える口じゃないでしょ」


 彼女は私の泣き顔を見てため息をつく。


「で、なに?」


 呼び止めた理由を怠そうに聞いてくれる。心底嫌そ~な顔をしているけど、それでも耳を貸してくれるのだから、彼女は優しいのかもしれない。


「あの、名前・・・・・・名前を教えて!」

 

 私は必死の思いで喉に引っかかっていた言葉を捻り出す。少し声が裏返ってしまったけど、どうにか伝えることができた!


「え、やだよ」

「・・・・・・・・・・・・」


 声のトーンが常に同じな彼女だけど、今回ばかりは二回りほど低かった。


「な、な、なんでよおおおおおおおお! いいじゃん名前くらいいいじゃああああん! 私勇気を振り絞って聞いたのにいいいいいいい! あんまりだああああ!」

「だって名前教えたらストーキングしてきそうじゃん。住所とか特定されたら最悪だし」

「ああ、それもそうか」


 妙に納得してしまった。


 なるほど。ポン、と手を打つ。


「もういいでしょ」

「あ、じゃあ私の名前! 代わりに教えるから!」

「いやいいよ・・・・・・」


 そりゃそうだ。私の名前なんて知ったところで警察に通報したときの手間が省けるだけだ。


 どんどんと遠くなっていく彼女の後ろ姿に、かける言葉を探す。


「わ、私! 私の名前は珠樹、安藤珠樹だよーー!!」


 結局、自分の名前を叫ぶことしかできなかった。


 当然、彼女からの返答はなく辺りは静寂に包まれた。夜風が頬を撫で、冷たさが寂寥を演出する。


「はぁ・・・・・・帰ろう・・・・・・」


 このままっこにいてもしょうがないので、私も帰路に就くことにした。


「それにしても、エロかったなぁあの子」


 艶めかしい首筋がピンクな脳内でフラッシュバックする。


 いや反省はしてるよ? してるけど、人間。反省とか決心とか、そういう硬いように見える意志はすぐに溶けて形を変えるものなんですよ。


 だからこれは人間の脳の構造上しょうがない、しょうがないのだ。偉そうにふんぞり返る。


 だから私が『クズ』というわけではないんです。


 そんな言い訳をしながら私は綺麗に透き通る夏空の星を見上げる。


「もう一度、もう一度だけ・・・・・・会いたいな・・・・・・」


 流れ星でも落ちてみたら願ってみようかな。


 私はなるべく見落とさないように目を見開いた。


 昔から人は夜空に恋をしたみたいだけど、私にとって、あんなどこで光ってるかも分からないガスの塊よりも。


 彼女の首筋を伝う汗のほうが、よっぽど心掴まれるものだった。


 ・・・・・・ぐへへ。








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