第9話【吸精鬼(二)】

男は、遊侠ながれものを案内して戻ってくると、村人たちに言って聞かされたことを話した。

酒を飲んだときの有様も、あの怪しげな木に己を結びるつける胆力たんりょくも、到底尋常とうていじんじょうの様子ではない。

だれかが、あれは仙道せんどうかもしれぬ、と言った。

そうと言われてみれば、確かにそのように思われた。

男が刀を預かってきたのを見て、みなすっかり確信を得て、言われた通りに三郎の家ひとところに集まった。

夜中になると三郎が家から出ようと暴れたが、村人たちが押しとどめると大人しくなった、


息を殺して待つうちに夜が明けた。


遊侠ながれものが無事に帰ってきたので、みな驚いて外にでてきた。



おとこいわく、百年よりももっと前、あの山でうつくしい女が横死した。


誰にも弔われることのないまま、百年のあいだ日月の気を浴びるうちに、遺骸いがい変化へんげして妖怪になってしまった。


ひとの陽気ようきを求めて、むらに幾度も入ろうとしていたが、あの村はずれの山桃やまももの木に押しとどめられて、入ることができずにいた。


桃の木に邪魔をされて村に入れぬので、妖怪は夜になると男を幻で誘い、村の外に連れ出していたのだ。

みな精気を吸われるゆえに、眠り込んでしまう。

幾度もつづけば死にいたる。


あのとき三郎サンランが木にすがりついているように見えたのは、その先に行かせぬようにと桃の木がわが身で留めていたからだ。


それとは知らず桃の木に切りつけたので、切りつけられた桃の木が弱って、みないっぺんに妖怪の陰気いんきに当てられてしまった。三郎サンランを追った男たちがたちまちのうちに昏倒こんとうしたのはそのためだ。


桃の木を切るなと夢に出た女は、実は桃花精とうかせいだ。

木を切れば、妖怪を止める者がいなくなる。

お前たちがひどい目に合わぬよう忠告をしてくれていたのだ。

だが女の妖怪に悩まされていたおまえたちは、むやみにそれを怖れてしまった。

木を切っていたら、もっと怖ろしいことになっただろう。


おれはお前たちが用意した縄で己の身体を桃の木に結び、妖怪に騙されて桃の木からひき離されないよう備えた。

妖怪が現れたところを、騙されたふりをして両の腕にてしかと捕まえた。縄を手繰たぐって木の下まで引いていくと妖怪は弱り、とうとう打ち勝った。

そんなわけであるから、


桃の枝と葉を以って遺体を焼いたので、妖怪はもういなくなった。


これよりのちはおそろしいことは起こらぬであろう。



次第を話し終えるとおとこは懐から桃をひとつ取り出した。

それを三郎サンランに喰わせると、顔に精気が戻ったので、父母は泣いて喜んだ。



村人たちはもしや高名な仙道せんどうではないかと問うたが、男は答えず、村人の留めるのも聞かずに、刀だけを受け取って去った。



村人は桃木とうぼくまつり、村のまもりとあがめるようになった。

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