第7話【吸精鬼(一)】

 さいのあるむらで、ときおり朝になっても目を覚まさぬものが出るようになった。

 声をかけても揺さぶっても一向に起きる気配はないが、息はふつうであるので様子を見守ると、たいてい二、三日もすると目を覚ます。


 それがおこるのは新月の夜毎よるごとだったが、だんだんと間隔が短くなり、十日に一人、やがて数日に一人となった。


 はじめのうちは、やまいとも思わなかった村人たちだったが、数が増えてくるとどうにも気味が悪くなってきた。


 とうとうひとりで幾度もそのにあう者もでてきたので、寝込んだことのあるものを集めて話を聞いたが、みな口が重く要領を得ない。

 家族から話を聞くと次第が知れた。


 そのに遭うものは、かならず夜半を過ぎてから帰ってくる。

 家族が話しかけても上の空で、飯も食わず、そのまま寝床ねどこに入ってしまうという。


 どうやら日暮れより後に外にいるのがよくないらしいと気づいて、村人たちは夜歩よあるきを避けるようになるが、それでもときおり寝込むものがでた。




 李三郎リサンランは若い男で、むらのはずれの方に住んでいた。


 ひとたびこのって以来、ときおり寝込むようになった。


 父母も心配をして、日暮れ前には家に戻るようにと、毎日の仕事に出る前に念を押したが、このうときはやはりかならず夜半になってから帰った。


 近所の者に頼んで、日の暮れる前に一緒に連れ帰ってもらうようにしたところ、しばらくこのわなくなったが、あるとき日暮れ前に帰ったのに、寝込んで目を覚まさぬときがあった。


 以来寝込むことが増え、しまいには寝込んでいる日の方が多くなった。


 そのうち三日寝込んでは一日起きているようなありさまを繰り返すばかりになり、三郎サンランはたちまち痩せ衰えた。


 三郎の痩せ衰えた様子を見て、ったことのあるもののひとりが口を割った。

 美しい女が誘うので、ついていくと前後不覚ぜんごふかくになるという。


 母がひそかに三郎(サンラン)を見張ると、夜のうちに抜け出していることが分かった。



 そこで母親は、三郎サンランが寝込んでいるときを見計らい、三郎の下着のすそに長い糸のはしを縫い付け、もう一方のはしを寝台の下に隠しておいた。

 ある夜抜け出す気配に気づいて寝台を見に行くと、糸が家の外へと続いている。


 母親は村の腕自慢を集めて、糸の先を追ってくれるように頼んだ。


 手に山刀さんとう鋤鍬すきくわを持った村の男たちが糸をたどると、李三郎リサンランが村はずれの山桃の木に、はだかですがりついているのがみつかった。



 男たちは三郎サンランを木から引きはがそうとするが、痩せた身体からは思いもかけない、強い力で縋りついていて離れない。



 ひとりがなたって木に切りかかると、途端とたんに甘い芳香ほうこうがして、みな昏倒こんとうしてしまった。


ただの一人も、その病を怖れないものはいなくなった。

だれかが言った。ゆうれいが、人の精気を吸わんとして惑わしているに違いない。


そこで老人を集めて話を聞いたが、あの木のそばで死んだ者にはだれも心当たりがなく、ほんとうにもうじゃのしわざなのか、それともまったくべつの何かなのか、だれにもなにもわからなかった。

そもそも山桃の木にとりつくもうじゃなど聞いたことがない。

桃はもうじゃを祓うのではなかったか。

だがいっぺんにひとを昏倒させるような真似も、人の精気を吸い取る仕打ちも、悪鬼あくりょうのしわざのようにしか思われない。


あの木を切るか焼くかするべきなのではという者もいたが、木を切ったらおそろしいわざわいがおこるぞという女の夢を見るものが幾人もあらわれた。

 



 村人たちは道士どうしを呼んで、この怪異の正体を暴き、退治たいじしてもらおうと考えた。


 ところが、木に近づくと道士どうし昏倒こんとうし、目を覚ますなり逃げてしまった。



 村人たちが怖れ困り果てていたある日、ひとりの遊侠ながれものが通りがかった。


 ひとびとの怖れ果てた様子を見て、おとこはいったいどうしたことかとたずねた。


 八尺2m36㎝はあろうかという大きな体に、岩のように盛り上がった背中と肩をした、いかにも強そうなおとこである。


 これならばもしや頼みにもなろうかと、村人たちはわけを話した。


 はじめからおわりまでをすべて聞き出した遊侠ながれものは、しばらく考えたあと、いいというまで酒を飲ませてくれたら、おれがなんとかしてみよう、と請け合った。


 それから、なるべく長くて丈夫ななわと、火種ひだねを用意するようにいった。



 村人が酒を与えると、おとこは水のように飲み始めた。かめいっぱいに用意した酒はたちまちきた。


 かめはしまいに三つが空いた。


 日が傾いているのを見た男は、頃合い良しと立ち上がりった。

 ふところ火種ひだねを隠し、十丈30メートルはあろうかという、太く重い縄束なわたばを担ぎあげると、村の男のひとりにその木のもとへ案内するよう言った。


 男が怯えながらようよう木の見えるところまで連れていくと、遊侠ながれものは恐れる様子もなく木へと近づき、持ってきたなわ片端かたはしを木の幹に縛り付けた。

 つぎにもう片方のなわはしを、自分の腰にしっかりと結びつけて、案内した村の男のもとへと戻ってきた。

 そして、たずさえていた刀を帯から抜くと、村人に渡した。


 これを持って三郎サンランの家に行き、村人みなでひとところに隠れておれ。

 日の暮れる前に急いで帰れ。


 妖鬼ばけものを退治するのに、刀を持たずともよいのか、と受け取った村人は訊ねたが、おとこは笑って答えなかった。

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