第6話【茶餐廳の仙妖たち】
楽観的な
あの番組の放送のあと、
道を歩くだけで体格のいいひとたちに声をかけられるようになった
あまり目立って他の連中に目をつけられたくない。
「あんな番組を見てるやつが、こんなにいたとはねえ」
小さな
朝食の時間帯はすっかり過ぎ、昼食には早すぎる頃合いだ。
店の唯一の客たちは三人とも、店の入り口から見える外の人通りをぼんやりと眺めている。
「あんな番組とやらを見ていた上に、録画までしたやつがよく言うよ」
その様子があまりに似合うので、落ち合ったとき
「とはいえ、思っていたよりも厄介そうだな」
無職と思しき男が、朝っぱらから三人も肩を寄せ合ってる光景をほったらかして、店番の店員はゴシップ新聞を読んでいる。
あと30分もすればまた忙しくなる。こんな連中にかまっている暇はないのだろう。
「いっそのこと顔を変えちゃえばいいんじゃねえの?」
「顔は変えたくない」
「顔で目立ってんじゃなくて、ガタイで目立ってんだよ。デカいやつを小さくするのは難しいんだから、ほとぼりが冷めるまで大人しくするよりほかねえよ」
店員が、ゴシップ新聞のページをめくる音が響く。
「せっかくだからこの機会にどこかにいこうぜ。ほら、世界一周でもするのはどうだ?おれが付き合ってやるよ。英語ぐらいなら通訳してやる」
藍はいいことをおもいついた、とばかりになるべく明るい声を出す。
「
誰も何もしゃべらない。
おっさんの
せめて俺も何か他に頼んでおくんだった。
来た時に頼んだ
隣の男の
店員が新聞のページをめくる間隔が長いから、おおかた
「
「昔だって通行証だの、
「でもさ、城門や関所なんて、ちょっと飛ぶか、
「気持ちはわかるけどな。何をするにもひとりひとり登録される時代になっちまったんだ。街を歩いただけで幾台もカメラに映るんだぞ。下手な動きはできないし、目くらましを使うにも限度がある」
つられて
「このありさまじゃ、何のために仙になったかわからんな」
「好きでこの身体になったやつが、俺たちのうちにいるかよ」
こんなことを言うなんて俺らしくもないが、こいつらにだったら、愚痴の一つも聞かせていいんじゃないか。
「俺はわかっていてこうなった」
「長生きしなきゃなんねえことについては心配してない。俺はどうせそのうち死ぬからな。いつになるかが見当つかないってだけで」
一人も同意しなかったので、
「お前らほんとうにいやな連中だな」
「人に混ざって生きるにはややこしいが、かといって山に入るにも、人の手の入らぬ山がもう少ない」
独り言のように
「そうそう、それなんだけどさ。このところ仙どもがどんどん
愚痴めいたことを口にした気恥ずかしさをごまかすために、
「そりゃもうここ200年ぐらいずっとそうだろうがよ」
「最近もっとひどくなってるんだって」
「どうせあのじじいども、電子機器についていかれねえから、ビビって逃げてんだろ」
店員は
数百年前の
「どうにせよ、じきに俺たちも、いまのやりかたじゃすまなくなるぜ。社会の個人管理はどんどんひどくなっていくに決まっているからな」
「映画やSF小説の読みすぎじゃないの」
こいつは好き好んでそういうものを読む。
SF小説や映画、という数百年前には存在しなかった言葉だけは、現代の言葉に置き換える。
「お前はもっと本を読めよ。『1984』からたった50年やそこらでこのありさまだぞ」
それだったら昔たしか、海賊版のVHS《ビデオテープ》で映画を見た気がするぞ、と
「実際の1984年はずいぶん過ぎたけどさ、そこまで悪くなっちゃいねえじゃん」
「じきというのはどれぐらいのことだ。あと100年か?200年か?」
「100年なんてあっというまだろ。今からあらゆる備えをしておかねえとな」
確かに
ところが人間の世界は、2、30年もするとガラッと変わる。
自分が死ぬまでのあいだを生きていかなければいけないこの世のことを、どうでもいいとは思っていないのだ。
それでも頭の固い連中に比べれば、俺たちはよく合わせている方だ、と
たぶんあいつらは、自身が人であった時代が、心のどこかで基準になってしまっているんだろう。
おれたちは、もとより、数百年かけて人の世に合わせるすべを学ぶ。
おれたちにとって基準になる
仙になればだれもが、この世が数百年の間にどれほど変わるか、身をもって知る。
何が変わらぬことなのかも知る。
仙とは変化を自在にするものだ。
それのできぬ者は、そもそも仙になることもできない。
それでも、かならず何かに縛られて生きている。
現実を
藍は、もっと単純に考えている。
この世が変わることから逃げ回っていたら、あと何千年生きるかもわからぬ身体のまま、永久に逃げ惑うことになるだろう。受け入れて楽しむ方がいい。
「まあ本当に面倒なことになったら、おれたちが助けてやるよ」
「そうだそうだ。いつでも頼ってくれ」
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