第4話【牧童】

むかしあるところに、立派な桃園とうえんがあった。


その桃園のひときわ立派な木の下に、足を折った牛と、牧童ぼくどうがひとり座っている。


身体の大きな四つ足の獣が、足をくじけば、そのまま死ぬるよりほかにない。


牛が死にかけているというのに、牧童は悠然ゆうぜんとした様子で、時折手にした枝を振っては、牛にたかるはえを追っている。


若く大きな牛であったから、見かけたものはみな惜しんだ。

まだたくさん働けただろうに。


桃園の主がやってきて、牧童に言った。


その足ではもう歩かせられまい。

銀一枚で牛を売らぬか。


われの牛ではないから、われの勝手で売ることはできぬ。

こともなげに牧童は言う。


尊大そんだいな牧童の態度に、桃園の主は腹を立てた。


ここは俺の桃園ぞ。

居てよいというた覚えはない。

売る気がないならいますぐにね。


吾が去ったら、牛を盗むつもりであろう。

牧童は悠然と蠅を追う。


桃園の主はますます腹を立てた。

明日の朝までに出ていかねば、役人に言いつけるぞ。

そういいおいて桃園の主は立ち去った。

その様子を、村のこどもがひとり、かくれて見ている。



桃園の主がいなくなると、牧童は桃園の桃の木の中でもひときわ立派な木のところへ行った。

その木には、おおきなこぶがある。

牧童は小刀を取り出すと、たちまちそのこぶから、手のひらに収まるほどの、小さなわんを彫り出した。


それから、様子を見ていた村の子供を呼びつける。


桃園のそばに川があるだろう。

この椀に、水をいっぱいに汲んでこい。かならず桃園より下流でめ。


子供が言われたとおりに水を汲んでくると、牧童は牛に水を飲ませた。

そしてもう一度水を汲んでこい、という。


子供が水を汲んでくると、牧童はまた牛に水を飲ませ、あと一度だけ水を汲んでこいという。


子供が三度目に水を汲んでくると、牧童は牛にひと舐めだけさせて、残った水をこどもに渡した。


あとは持っていくがよい。

身体の悪いものから順に飲め。


子供は妙に思ったが、いわれたままに持って帰った。

すると水から甘い匂いがする。

水は酒のようなものに変わっている。


子供はまさかと思いながら寝たきりの祖母に飲ませてみる。

いつになく気分がよいと、祖母が起き上がる。

子供は驚いて、両親のいる畑へ飛んでいく。


腰を痛めて休み休みにしか働けぬ父親に飲ませると、腰が伸びる。

足が痛むという母親に飲ませると痛みが消える。


熱を出している赤ん坊に飲ませると熱が引いた。


ほんの一口残った水を、最後に子供が飲むと、どういうわけか頭が冴えた。


家族はみなおどろいて、急いで牧童のもとへ行ったが、桃の木の下にはもう影も形もない。

村中を探したが、牛も牧童もどこにもいなかった。



その年は、どういうわけか桃が一つも実を生さず、桃園の主の家は次第に傾いた。



何年か後、こどもは役人になり、その家も村もよく栄えた。

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