手が回らない

冒険者カフェ”ウィリムス”の店内はカウンター席が20席、4人掛けのテーブル席が15席、6人掛けのテーブル席が10席設けてある。


それだけの席を設けているが、フロアはスペース的に余裕があり、ゆったりとしておりそれでいて落ち着いた空間が出来上がっていた。


そんな落ち着いた空間の中をアサギは忙しく動き回っていた。


オープン初日は開店直後から人が集まり、ありがたい事にお昼を回った今でも全席が埋まっている。そして、10名以上人達が席が空くのを待っている状態だ。


(やはり、2人では無理があったか…。)

アサギは注文を取りながら、内心慌てていた。

元々回転するにあたりウエイターを一人雇っていたのだが、身内に不幸があったとの事で数日前に帰郷してしまった。アサギもレイニーもお店の事は大丈夫だからと彼女を帰らせたのだが、思っていたよりも空いた穴はでかかった。


ちらりとカウンターに目をやれば、厨房ではレイニーがせっせと料理を作っている。

今日はオープニング記念として、とっておきの紅茶もサービスとして出している。

彼女は紅茶をいれるのにも丁寧に丁寧に、わずかでも香りや風味を損なわないように繊細な作業を一生懸命行っている。


(…爺さん。アンタの孫は何でも一生懸命だな。我儘なアンタとは大違いだよ。

 俺ももっと頑張らないとだな!)

アサギが自分を奮い立たせていると肩をたたかれる。


「ちょっと、クロガネ。ギルドの受付に人が来てるわよ?」

「お前、また来たのか…」

「何よ。お客さんがお昼ご飯を食べに来たらいけないの?」

声を掛けてきたのはナナギだ。開店一番に来た上にお昼ご飯もここで食べていくつもりのようだ。


「そんな事より、ほらギルドの受付行かなくていいの?」

 

そう、ここは冒険者カフェ"ウィリムス"。

普通のカフェとはちょっと違う。


この世界には人間たちの生活を脅かす魔物という存在がいる。

その脅威から身を守る為、魔物を狩ることを生業とする冒険者という職業があり、

このカフェではそれらの冒険者に関わる依頼などの業務も請け負っているのだ。


「あの~ウサミーを討伐してきたので、換金したいんですけど…」

「すぐに伺います!」


アサギは頭を下げ、テーブル席のお客の注文を取ると無駄に切れのある動きで店内を移動し、彼らの対応を始める。


しかし、今度はテーブル席から声がかかってしまう。

「申し訳ありません!少々お待ちください!」

動きは素早いが、それだけだ。

店がうまく回せていなかった。


「ねえ、ちょっと。…明らかに人手足りてなくない?」

ナナギはそんなアサギの様子に再び声をかける。


「あー、予定では俺が2人分の働きをすることでぎりぎりうまくいくはずだったんけど…。ちょっと甘く見ていた」


「ちょっと。私からレイを奪っておいてこの程度なの?しっかり計画しなさいよ。」

「…返す言葉もない」


 本来であればせめてもう一人くらい雇うべきだったのだが、アサギはこれまで借金の返済や店内の改装、商工会や冒険者協会など各種手続きなどで大金を使ってしまい、手持ちが殆ど残っていなかった。


 もともと貧乏症であったこともあり、これ以上の出費を避けたいという思いが働き、ついつい人を雇うことをためらってしまったのだ。


 ナナギは額に手を当て、ため息をついた。


「はぁ…。いい、今日だけ特別よ。私が手伝ってあげるわ。言っておくけど貴方のためではなくレイのためによ。勘違いしないように」


「えっ?」


 せっかくのレイの料理を食べに来たのに…と、なにやらぶつぶつ言いながら、勝手知ったる我が家のごとくスタッフルームに入るとウィリムスのロゴが入った藍色のエプロンを付けて出てきた。


ナナギはアサギの呆けた顔を見て睨みを効かせた。


「なに、ぼーっと突っ立っているのよ?カフェの注文は私が聞くから、クロガネは冒険者の方の仕事に専念しなさい」


「あ、ああ。悪い。本当に助かる!…おまえ、ウエイター出来るの?」

「ああ、そのくらいなんてことないわよ?」


 そういって、ナナギはオーダーを取りに行ってしまった。


 アサギは勢いに流されて手伝いを承認してしまったが、ナナギはメニューも今日はじめて見たド素人のはず。


大丈夫なのか?


 そう思ったが数分でその不安は杞憂であったことを思い知らされた。


 ナナギは手際良く注文を聞き、てきぱきと料理を運ぶ。オーダミスもする気配がない。にこにこと愛想もいいためか客も釣られて笑顔になる。これが即席のウエイトレスと言っても誰も信じてくれないだろう。


 やはり、ナナギはとても優秀な奴だとアサギはナナギについて再認識した。これが味方である分にはとても頼もしいのだが…。


「ナナちゃん、ごめんね。手伝ってもらっちゃって。お店終わったらお礼する」


レイニーがオーダを伝えに来たナナギに頭を下げる。


「ううん、いいのよ。ぜ~んぶ、あのヘボオーナーが悪いんだから。お礼はあいつにたっぷりしてもらうから、レイは気にしないでね」


そう言ってアサギに作り笑顔を向けるナナギ。


アサギはこの笑顔が恐ろしく苦手だ。


アサギは以前ナナギとレイニーのことで揉めたことがあり、ナナギはアサギのことをあまりよく思っていないのだ。

そしてこういった貸しをつくるとめんどくさい見返りを求められる。


 ただ、そうはいってもナナギのお陰でだいぶ余裕が出てきた。

 アサギはナナギに感謝し、自分の仕事に全力を尽くすことにした。

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英雄だったけど恩人の孫娘とカフェ開いて暮らすことにした 羽希 @-uki-

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