英雄だったけど恩人の孫娘とカフェ開いて暮らすことにした

羽希

カフェ始めました

カフェ"ウィリムス"の店内には今2人の人物がせわしなく動いている。


一人はこの店のオーナーのアサギ・シロガネ。

少し赤みを帯びた黒髪と鋭い眼光が印象的な青年で、先ほどから何度も備品の確認をしていた。


「豆もあるし、卵も…OK!あと冒険者の依頼書もある。…よしっ!こっちは

大丈夫そうだ。レイニー、そっちはどうだ?」


アサギは冒険者業務に必要な書類を確認すると

店内にいるもう一人、レイニー・コットンに声をかけた。

彼女は腰までかかる輝くばかりの金色の髪と透き通るコバルトブルーの瞳、そして鼻筋の通った端正な顔立ちの少女で、アサギに声を掛けられると鍋をかき混ぜていた手を止めてアサギに答えた。


「ん。 こっちも大丈夫。料理もばっちり。頑張ろうっ」

 レイニーはぐっと握りこぶしを作り、精いっぱいの笑顔をアサギに向ける。


「レイニー。開店日だからって、そんなに緊張するなよ?なるようにしかならないんだから」

「備品を5回も確認してたアサギには言われたくない…」


レイニーが落ち着かなそうに時計に目を向ける。

 現在時刻は9時30分。開店まであと30分だ。


「お客さん、来てくれるかな…」

 今日のために用意した開店の大量のチラシはすでに配り終え、粗品も多数用意した。料理の味見も試作も何度もした。冒険者たちにも感想を聞いてみた。

やるべきことはやったと思う。


 けれども、不安なものは不安なのだ。


「もう沢山来てるって。入り口の方でたくさん人の話し声がするだろ?」



「でも…」

 確かに入り口の向こうで雑談している声は聴こえる。

 雑談する声は1つや2つではないがレイニーはどうしてもそわそわしてしまう。


能力の無駄遣いだと思いながらアサギは目をつむり、魔力を開放する。

「…おぉ、結構いるな。扉の前に32人も並んでるよ」


「そんなに⁉」

 開店の30分も前に本当にそんな数のお客さんが来るだろうか?


 そわそわしているレイニーに苦笑しながらアサギはレイニーに声をかけた。

「そんなに気になるなら、ちょこっと覗いてこい。ちょこっとな」


「…ん!」

 レイニーはコクっと小さくうなずき、入り口に近づく。


 そ~っとドアを開けて隙間から覗きこむように外を見ると、そこには確かに沢山の人が並んでいた!


レイニーは嬉しさと驚きでそのまま呆けたように人波を観察していたが、そこで先頭に並んでいる女性と目が合った。


それはレイニーがよく見知っている人物だった。


ナナギ・シルバローテ

 彼女はレイニーの親友であり、かつ姉のような存在の人物だ。

 今日は薄いピンク色のカットソーとベージュで足首が隠れるくらいのロングスカートという装いで、部隊の挨拶に上がった女優化のような立ち振る舞いを見せていた。


「レイ! 開店おめでとう!!」

 にこやかな笑顔で、抱えていた花束をレイニーの前に差し出す。

 レイニーは思わずドアを開けて受け取ってしまった。


「ナナちゃん! ありがとうっ」

 レイニーは感激して花束を抱きしめ、ドアを開いたまま立ち止まってしまった。


 ナナギはそんなレイニーを抱きしめていると開店したと勘違いした客がぞろぞろと店に入ってきてしまった。


「まてまてまて! 開店は10時だ! もうちょっと待て!」

アサギが慌てて飛び出してきて入り込んだ客を静止する。


ぎろっとレイニーを抱きしめたままナナギはアサギを睨みつける。


「ちょっとくらいいいでしょ。今朝は冷え込んでて外はちょっと寒いのよ。貴方の事だから、どうせもう準備は終わっているのでしょう?」


アサギに向ける顔には先程までレイニーに向けていた優しげな笑顔は無い。

かわりにナナギはにやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「ほら、お客様よ。 お客様。なにかいうことがあるんじゃないの?」


正直言ってアサギは彼女が苦手である。

…このやろう。


アサギはイラッとしながらも用意していたセリフで大切なお客様達を出迎えた。


「いらっしゃいませ!冒険者カフェ"ウィリムス"へようこそ!」


 こうして冒険者カフェ"ウィリムス"は記念すべき開店日を迎えた。

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