第21話 豚の生姜焼きと『売れない本屋と勿忘人形』.2
「いらっしゃいませ! ようこそサクラ亭へ!」
元気の良いウェイトレスの少女の案内で通されたテーブル席に座ったゴーフは、勝手知ったるという様子のギルバートがメニューに目を通すのを見ながら、改めて店内を見渡した。
ギルバートの紹介で訪れたこの店は人通りの少ない裏通りに位置していて、表の庭には王国各地を渡り歩いた自分も見たこともないような美しいピンク色の花を咲かせた樹木が植えられており、店内の各テーブルやカウンターにも見る者の目を虜にする魅惑の花を咲かせた枝を生けた花瓶が置かれていて、それが天井から吊り下げられたランタンの明かりに照らし出されて幻想的な景色を作り出していた。
店内には年若い黒髪の少年と給仕の少女の他に、カウンター席で読書を楽しむ少女が一人だけで、読書を楽しんでいる様子だがチラチラとカウンターの中で仕事に取り組む少年のことをこっそりと目で追っていて、たまに目が合って少年に笑いかけられると慌ててページに目を戻すが、赤く染まった横顔に幸せそうな笑みを密かに浮かべている光景に、自然と頬が緩んだ。
「……若いというのはやはり良いな。初々しくて、見ているこちらも熱くなってきそうだ」
「うん? どうしたんだゴーフさん?」
「いや、何でもありませんよ」
今見たものを口にするのは野暮というものだろう。
疑問符を浮かべ首を傾げる友人に何でもないという様子で首を振る。
「それならいいんだが……。ここの店はどの料理も美味いから外れはないから、どれでも好きな物を選んでくれ」
「ほほう、そうなんですか。それは楽しみだ。家では節約の為に自炊しているのですが、こうしてレストランで食事をするのは正直言って心躍りますので」
「嫁さんが実家にいるんじゃ、毎日の食事も自分でこさえないといけないから、誰かの作ってくれる飯が無性に恋しくなるもんだからなあ」
「分かります。私も妻の作った料理を長い間食べてないもんで」
妻子を実家に残している者同士通じるものがあり、何度も互いに首を縦に振って同意を示す。
うむ、やはりこういった会話を楽しめるのは良いものだな。
サービスだという無料のお冷と、サッパリとした柑橘系の酸味を纏った不思議な水の味に驚嘆しながら、今まで心の中に山積していた鬱屈とした気持ちがゆっくりと晴れていくのを感じつつ、ゴーフはしみじみと気兼ねなく話すことが出来るこの友人と出会えたことに感謝する。
既に注文する物は決まっているのか、メニューには目を通さずに冷えた水をグビグビと飲み干しているギルバートに苦笑しながら、ゴーフはメニューに手を伸ばしページを開く。
行商人として様々な土地の料理を口にしてきたが、メニューに書かれた料理名やその説明書きに目を通せば通す程、未知の料理に彩られたこの店のレパートリーに大きく目を剥いた。
「おお、これは凄い。どれも食べたことも聞いたこともないような料理ばかりだ!」
旅先で珍しい地元ならではの料理を何度も口にしてきたが、このレストランで供されている料理はどれも聞き覚えのない物ばかりで、長い間忘れ去っていた未知の物に対する好奇心が鎌首を上げてくるのを感じた。
童心に帰ったようにワクワクとした気持ちで胸が膨らむが、メニューを読み続ける内に大きな問題にぶつかり眉根を寄せる。
「……どれも美味そうで決められないな」
美味しそうな物が多すぎる。
その上、多くの料理も値段が高すぎることもなく、注文に躊躇うような高価な品がほとんどない為、余計に頭を悩ませてくる。
贅沢な悩みだ。
そう分かっていはいるものの、頼みたい物を一つに絞り込むことが出来ず、ゴーフは顎先に手を添えて思い悩む。
……ここは先達にアドバイスを求める方が吉か。
行商人時代にも様々な困難に直面したことはあるが、そういった場合は先輩の商人や下積み時代を経験してきている叩き上げの商会の上役に助言を求め、その際に貰った言葉で窮地を脱したことも少なくなかった。
レストランの注文ごときと商売での経験談とはまた違った問題だとは思うが、一人で延々と悩み続けるよりは、この店に精通している人物の意見を聞くということは間違い手はない筈だ。
この店には何度も通っていて、既に注文も決めている様子のギルバートに教えを乞うことにしよう。
メニューの開いたページを相手が見やすい向きに向け、常連客である友人に差し出してみた。
「ギルバートさんは、もう頼む物は決まってるんですか?」
「ああ、俺はこの店でいつも頼むのはエビフライという料理でな。これがまた絶品なんだ。今日もそれでいこうと思う」
「ほう、エビフライですか。エビは港町や漁師町に行商に行った時によく食べてましたよ。プリプリとした食感がたまらなくて、癖になる味ですよね」
「そうなんだよ、ゴーフさん! 特にこの店のエビは臭みもなくて、ザクザクとした食感とプリプリの新鮮なエビの弾力感溢れる旨味の詰まった身の味といったらもう……ああ、早く食べたくなってきちまった」
今にも涎を垂らさんばかりにエビフライという料理に恋い焦がれている様子のギルバートの心酔っぷりに若干気圧されながら、メニューの『エビフライ』の説明書きに目を通す。
……ふむふむ、なるほど
どうやらエビフライという料理はザクザクとした衣の食感が楽しめるエビの揚げ物のようで、2種類のソースによる味の変化も大きな魅力らしい。
エビは嫌いではないし、彼と同じ物を頼んでみるのも良いのかもしれないな。
ギルバートと同じ物を頼もうかと思い、ウェイトレスの少女を呼ぼうと机上のベルに手を伸ばしかけるが、そこでハッととあることに気付き伸ばしかけた腕をそそくさと戻した。
(しまったっ!? エビは昨日の晩飯で食べたし、朝飯も晩の残りのエビを食べたじゃないか!)
痛恨のミスだった。
火の車な経営状態の中では、日々の食事も質素になっていくのは自明の理で、市場で偶然見つけた売れ残って安売りしていたエビを買い込み、それをまとめて焼いて塩をまぶした簡素な料理を昨晩と今日の朝にたんまりと食べてしまっていた。
それを思い出さなければ、ギルバートと同じエビフライを頼むことに何の問題もなかったが、思い出してしまうともう今日はエビはいいかなという気分が湧いてきてしまって、どうにも食指が動かない。
せっかくオススメを教えてくれたギルバートには申し訳ないが、他の料理にさせてもらおう。
メニューのエビフライの項目から断腸の思いで目を背け、目を皿のようにしてメニューを読み込んでいると、一つの料理の文字に妙に惹きつけられ、思わず料理名を口にしてしまう。
「……豚の生姜焼きか」
豚は家畜として王国全土で養豚されており、価格も牛肉に比べれば安いので庶民でも買い求める者は多い。
祝いの席などでは豚一頭を丸々丸焼きにした豪勢な料理も振る舞われることも多い。
ゴーフ自身も何度も食べてきた肉であり、豚の焼き料理などありふれた料理なので、別段食欲を刺激されることもない筈なのだが……。
しかしながら、どうにも気になる点がある。
それは……。
「『生姜焼き』という調理方法は聞いたことがないな……」
生姜は甘酢漬けにしたり、生薬の一つとして使用されることはあるが、それを肉料理に用いるという発想が面白い。
そして、更に目を引くのはこの生姜焼きとセットで付いてくるという『ライス』なる食べ物。
王国ではあまり稲作の文化というのは根付いていないで、ほとんど口にする機会はないが、東の大陸では一般的な主食になっている穀物らしく、昔東方の国からやってきたという交易船が寄港していた際に、友好の印にと町の港町の人々に異国の料理を振る舞ってくれたことがあった。
その際に物珍しい穀物を異国人達が美味そうに食べていたのが、このライスという物だった覚えがある。その時は急ぎの商談もあった為、異国料理も数口手を付ける程度で、ライスも口にはしなかったので、ここで食べることが出来るのであれば是非食べてみたい。
珍しい物には自然と飛びついてしまう商人気質が染みついていることを実感して苦笑しつつ、ゴーフは注文を決めた。
この未知なる肉料理。一体どのような料理で、果たしてどのような味わいがするのか、確認しなければ延々と気になり続けてしまうだろう。
「私は『豚の生姜焼き』という料理にしてみます」
「ほう、それは俺も食べたことがない料理だ」
「ギルバートさんは『エビフライ』で変更はなしですか?」
「ああ。俺はここのエビフライと『赤猫のキキの大冒険』には目がないんだ」
「『赤猫のキキの大冒険』? ここはレストランですよね? それは一体何なんですか?」
「ふふふっ、俺がこの店で一番好きな本だ。ああ、そういえばこの店の本のサービスについては話していなかったな。実はこの店は……」
その後ゴーフは、まるで自分の娘を自慢するかのように本のタイトルらしかった物語の説明を自慢げに語るギルバートに相槌を打ちながら、この店の世界に一冊だけの本を楽しみつつ、自分だけの物語を本にしてくれるという摩訶不思議なサービスの数々に年甲斐もなく目を輝かせ、
「この店は思いもよらぬ掘り出し物だったに違いないな」
今までの無味乾燥な日々が変わっていくのかもしれないという期待に無意識のうちに両拳をグッと握り込んで、期待に胸を膨らませるのだった。
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