第15話 プリンアラモードと『泣き虫ルビーちゃん』.3

 あるところに、ルビーちゃんという真っ赤な宝石の女の子がいました。

 ルビーちゃんは明るい女の子で、キラキラと赤く輝く自分のことが大好きでした。

 ルビーちゃんは誰かのお世話をすることと誰かの喜ぶ顔を見ることが大好きで、自分なりに気を配って色々なお手伝いをしていました。

 そんなある日、ルビーちゃんはいつも通り学校に行ってクラスの皆のお手伝いを頑張っていると、ニヤニヤとした笑みを浮かべるクラスのリーダーである宝石から指差され


「ルビーちゃんは、色々な人達に気に入られる為にそうやって恩を売っているんでしょ? ルビーちゃんはとってもずる賢い悪い宝石なんだ!」


 そう言って周囲の宝石達にも同意を求めるように視線を向け始めました。

 ルビーちゃんはそんな宝石の根も葉もない嘘っぱちの言葉にビックリしてしまいました。

 ルビーちゃんは、誰かが喜んでくれるなら、誰かが少しでも楽になるのなら、誰かが笑顔になってくれたら嬉しいと、ただそれだけを考えて頑張っていたのです。

 ルビーちゃんが毎朝一番早く登校して花壇の水遣りをしているのは、皆が綺麗なお花を見て笑顔になってくれると思ったからです。

 ルビーちゃんが皆が適当に本棚に詰め込んだ本をちゃんと整理しているのは、本を読みたいクラスメイトが本を探しやすいようにする為です。

 ルビーちゃんが授業中に手を挙げて大きな声で先生からの質問に答えているのは、誰も手を挙げようとしない皆に代わって自分が発表することで、先生が困らないように思ったからです。

 その他にも沢山の思いやりや気遣いの気持ちで、皆が嫌がったり面倒臭がっている仕事も一生懸命自主的にやってきました。

 それは皆も分かってくれているとルビーちゃんは思っていました。

 だからこそ、ルビーちゃんは自分に酷いことをにやけ顔で言い放ったリーダーの言葉を皆は否定してくれる筈だと思いました。

 ルビーちゃんが助けを求めるように周りを見渡すと、他の宝石達はリーダーの宝石の子をチラチラと気にしながら、ルビーちゃんに突き放すような目を向け恥じました。


「そういえば私が花壇に植えておいたお花が上手く育っていないの。きっとルビーちゃんが私のお花にだけお水をあげてくれていないんだわ! なんて、意地悪なんでしょう!」

「俺が本棚の中に突っ込んでおいた本が勝手に違う場所に置かれてたんだ。後で読もうと思って俺が分かる場所に置いといたのに。あれって結構鬱陶しいんだよな~」

「授業の時は先生に自分は出来る子なんですってアピールして、毎回手を挙げてるのもなんか腹立つよね~」


 クラスメイト達はルビーちゃんが厚意で行ってきたことを非難するような言葉を次々と並べ立て、唖然とするルビーちゃんに様々な酷い言葉を投げつけました。

 赤い色は死体から出てくる真っ赤な血の色で汚らわしい。

 他人のことに首をつっこんできてお節介。

 いい子ちゃんぶっていて、ムカつく。

 誰も頼んでいないのに他人が嫌がる仕事を自分からやっていて気味が悪い。

 ……沢山、沢山辛くて、苦しくて、悲しくて、胸がズキズキと痛み続ける言葉をぶつけられて、ルビーちゃんは泣きながら学校を飛びだしました。

 誰かが喜んでくれればと思ってしていた行動は全て、好意的には見てもらえてはいなかった。

 ルビーちゃんは皆の為にと思っていたけれど、他人にとって自分は他者から良く見られようと必死で調子に乗った目障りな石ころとしてしか映っていなかったのです。

 自慢だった赤く輝く体も、死体から漏れ出る汚い血の色だと言われて大嫌いになりました。

 自分が優しさだと思っていた気持ちも、ただのお節介で邪魔でしかないいらないものだったのだと知って、人の邪魔ばかりしていた自分のことも大嫌いになりました。

 ルビーちゃんはとっても悲しい気持ちで心が一杯になってしまい、どんな顔をして皆と一緒にいればいいのかが分からなくなり、次の日から学校に行くことが出来なくなってしまいました。

 事情が分からず心配するお母さんに体調が悪いと嘘を言って部屋に閉じこもることに胸がチクチクと痛みましたが、学校であった出来事を話そうとするとあの時のクラスメイト達の顔が頭の中に延々と再生されてしまい、心がポロポロと崩れてしまうような強烈な痛みに口がわななくだけで、言葉にならずに自室へときびすを返すしかありませんでした。

 部屋のベットの上で膝を抱えてうずくまりながら、誰からも必要とされない自分なんて生きている意味なんてあるだろうかという自虐的な気持ちに心が蝕まれていき、どこまでも暗い暗い水の底へ沈み込んでしまうような真っ黒な考えに体全体が沈み込んでいく錯覚に全身が浸かっていきます。

 何時間も部屋の中に塞ぎ込んでいると、トントンと部屋をノックする音が耳を打ちました。

 その音にビクッと肩を震わせ、おずおずと顔を上げて音のした方へと視線を向けます。


「……誰?」


「ルビーちゃん、こんにちわ。私のこと分かりますか?」


「? ……ああ、貴女は……」


 どこか聞き覚えのある声に一瞬間が空きましたが、あまり話したことのないものの、時折ルビーちゃんのお手伝いを自ら一緒に手伝ってくれたことのあるクラスメイトのものだと思い至り、自然と表情が強張ってしまいます。

 こんな所まで来て、また私を馬鹿にするの……?

 そんな想像が広がるものの、あの時の教室に彼女はいなかったことを思い出し、若干安堵しそうになりました。

 だけど、油断は出来ません。

 ルビーちゃんはプルプルと震える声で、扉を隔てた先にいる彼女に問いかけます。


「何をしに来たの?」


「ルビーちゃんに言いたいことがあって、それを伝えたくてお家に上げてもらいました」


「伝えたいこと?」


「はい。私が伝えたいのは……ルビーちゃんはとっても優しくて綺麗な宝石で、馬鹿にされるようなことなんて何一つしてないってこと」


「!? ……そんな、お世辞なんていりません」


「お世辞なんかじゃないです」


「私は汚らしい血の色の石ころです」


「私はルビーちゃんの薔薇のように綺麗な体を見ていると心がウットリとします」


「私はお花を上手に育てることも出来ない駄目な石ころです」


「あの宝石ちゃんが水遣りだけじゃなくて肥料を蒔くのもサボっていたことと、虫に葉を喰われて弱っていたことを確認してきたんです。

 むしろルビーちゃんが毎日お水をあげてくれたおかげで、あのお花は枯れずにいられたんです」


「私は人の気持ちも考えずに物を勝手に整理してしまうような、面倒臭い石ころですよ?」


「ルビーちゃんが本棚をしっかりと整理してくれるので、いつも本を見つけやすくてとても助かっています」


「授業中も調子に乗って手を何度も挙げてしまうし……」


「面倒くさそうに内職をしていたり、居眠りをしているより、よっぽど意欲的で良いじゃないですか」


 ルビーちゃんはその後も、自分の嫌いな所を半ば意地になって挙げ続けましたが、クラスメイトはそれに対して間髪入れずにルビーちゃんを肯定する見方でずっと見続けていたことを裏付けるように、優しい言葉を紡いでくれました。

 ルビーちゃんはいつの間にかボロボロと涙を流して泣き出してしまい、固く閉ざしていた扉を開けてクラスメイトの胸に飛び込みました。

 泣き続けるルビーちゃんの背中を優しくさすってくれる彼女に抱きすくめられながら、ルビーちゃんは思いました。

 自分が良かれと思ってしていることで他人を不快にさせてしまい、嫌われてしまうことはあるだろう。目障りで邪魔だと糾弾されることもあるかもしれない。

 だけど、それが全てでは決してないんだ。

 私の体の色を汚い血の色と馬鹿にする人もいれば、花のようで綺麗だと言ってくれる人もいる。

 見方をほんの少しでも変えれば見える人の姿も世界だって変わる。

 他人の評価が自分の価値、自分がこの世界にいてもいいかどうかの指標なんだと思い込めば、きっとすぐに心は疲れて壊れてしまう。

 自分の価値は自分で決める。

 自分を好きだと言ってくれる人がいる。その人の喜ぶ顔の為に生きたい。

 おいしいご飯が食べたい。

 大好きな人と一緒にいたい。

 大好きな歌を歌いたい。

 大好きな本を読んでいたい。

 そんなちっぽけな理由でも、十分生きる意味になる。

 生きていい理由になる。

 



 次の日からルビーちゃんは学校に戻りました。

 ルビーちゃんは前のように皆の為に必死になることはなくなり、自分を馬鹿にする宝石達からの酷い言葉にも耳を貸すこともありませんでした。

 ルビーちゃんの側には、彼女の優しさを知っている友達がいました。

 ルビーちゃんはそれだけで十分でした。

 心無い言葉を言われたとしても、それで自分の価値や存在意義を決めない。

 大好きだと、優しい人なんだと言ってくれた人と一緒にいられることが自分の一番幸せなことでやりたいことなんだと、新しく見つけたやりたいことに向かってルビーちゃんは前を向いて歩き続けていったとのことです。

 

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