#2
「——また、吐いてしまったんですね?」
「はい……。」
テーブルの向こう側に座る老いた先生が、カルテに文字を書く音が響く。私はこの時間が苦手だ。
「昨日は、いつ頃吐いたんですか?」
自分がした事を、チクチクと問い詰められるこの時間。まるで、裁判の被告人席に立っているかのよう。
「だいたい、夜の11時ごろだと思います。消灯時間を守り、10時にベッドで横になっていたのですが、全然眠れなくて……。」
「前に言っていた症状のせいですか?」
「そうです。目を瞑ると、頭の中に悪魔が出てくるんです。姿形は人間にそっくりだけれど、顔は
「それで、彼らは昨晩も叫び声を?」
「はい。」
「どんな様子だったか、お聞かせ願えますか?」
「……初めは、壊れたラジオみたいな叫び声でした。ザリザリとしたノイズ音……。聞いているだけで、何だか怖い気持ちになります。その後、工場のプレス機の音や、芝刈り機の音も聞こえてきました。ラジオの音と一緒に、ずーっと。これだけでも煩くて敵わないのに、何百人もの人間が、何かから逃げ惑う時のような叫び声まで聞こえました。しかも、その叫び声に混じって時折、赤ちゃんの無垢な笑い声が聞こえてくるんです。それが不気味で、気持ち悪くて。」
「無理やり吐こうとしたんですね。気持ち悪さから逃れる為に。」
「はい。前にも言いましたが、吐いている最中に悪魔がいなくなるんです。頭の中が静かになるので、凄く晴れやかな気分になります。でも。」
胃と食道が、火傷を負っているかのようにジンジンと痛みだす。胃を摩ると、腕に刺さった点滴のチューブも揺れた。こんな事を繰り返していたら、いずれ……。
「看護師は呼ばなかったんですか?ナースコールを使って。」
「呼べませんでした。気持ち悪すぎて、来るのを待っていられませんでした。」
「処方箋を変えてみますね。」
「ありがとうございます。」
あまり期待はしていない。何度も薬を変えてきたが、症状が変わる事は殆ど無かったからだ。
「明日また問診をしますので、その時にご様子をお聞かせ下さい。」
「はい。」
ああ、今晩もまた……。
「それと。今日からあなたの部屋に、カウンセラーの方が来訪します。」
ん?カウンセラー?
「その方を頼って下さい。きっと役に立ちます。」
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