第7話 類は友を呼ぶ

 類は友を呼ぶ。悪い意味でも、良い意味でも。

 貴一の大学の後輩だと紹介された三上慶介は、貴一に雰囲気が似ていた。背の高さは同じぐらい、髪は三上の方が長めだったが、清潔感のあるヘアスタイルで印象は悪くない。口角のきれいにあがる笑顔はまるで兄弟のようにそっくり同じだった。

 三上はよくしゃべった。デザイン学校で講師をしている三上は、生徒たちにビジネスとしてのデザインを教える科目で彩花のデザインしたランチバッグを取り上げたいと考えていると語った。ランチバッグは市販の保冷剤を入れて使うタイプのもので、ランチバッグとしてでだけでなく、ちょっとした小物入れバッグとしても使える可愛さが若い女性に受けてヒット商品となった。

「佐野先輩のいる会社だから、もしかしたらデザイナーと話が出来るかもと思って、ダメもとでお願いしたんです」

 三上は、デザインのコンセプトや、何からインスピレーションを受けたのかといった質問を彩花に浴びせかけた。対する彩花の返事は、「はい」か「いいえ」のどちらかで、たまに二言三言を加えるだけの愛想のないものだった。傍から見ていても、彩花が三上の話に興味が持てないでいるのは明らかで、桃子は焦った。三上に対する失礼はすなわち貴一に対する失礼だ。

 だが、当人の三上は彩花の態度に気づいているのかいないのか、一人で質問を続けていた。彩花の気のない返事だけでは質問の答えにならない場合は、貴一が間に入って説明を加えた。社内だけで通用する言葉だとか、商品開発の細かい過程などについてで、貴一の対応はまるでそつがなかった。

 三上の質問に対して、彩花が答えあぐねている時も、貴一は「―ということかな」と彩花に替わって答えを考えだした。彩花は黙ってうなずくだけでよかった。その光景は、まるで名門小学校の面接試験を受けているようだった。天気がよかったので、四人は通りに面したオープンカフェのテラス席に陣取っていた。貴一と三上が並び、三上の正面に彩花、貴一の正面には桃子が座った。さしずめ、三上と貴一が面接官で、桃子が彩花の母親として面接の行方をハラハラしながら見守っているといった格好だった。

「ちょっと失礼します」

 そう言って席を立った桃子は、化粧室に入るなり、彩花にむけてメールを打った。

「お待たせ」

 五分ほど間をあけてから席を立って化粧室に来いというメールだったにもかかわらず、彩花はすぐにやってきた。

「時間ずらしてって言ったのに、すぐに来ちゃったら呼び出されたってわかっちゃうじゃない!」

「別にいいじゃない。実際、話あるから呼び出したんだよね」

「まあ、そうだけど」

 桃子は気を取り直し、息を整えた。

「彩花、あんたいい年した大人なんだし、社会人だし、三上さんはデザインについて話を聞きたいって言っているんだから、そういった質問にはきちんと丁寧に答えようよ。それが相手に対する礼儀ってものじゃない」

「彼、タイプじゃないから、話しててもつまんないんだもん」

 彩花は唇をツンと尖らせた。

「タイプじゃないって。あのさ、これは合コンじゃないの。本人も説明してたでしょ。デザイン学校の生徒に彩花のデザインしたランチバッグについて講義したいから参考に話を聞きたいんだって」

「そうかなあ。下心ある感じがする。ランチバッグの質問の合間に、『どんな映画が好きですか』

とか、『休みの日は何してますか』とか、関係ない話を聞いてくるけど」

「いいじゃないの、別に。彩花が気に入って個人的な話も聞きたくなったんじゃないの。いい人そうだし、佐野先輩に言って紹介してもらって、付き合ってみるってのはどう?」

 我ながらいいアイデアだと桃子はほくそ笑んだ。彩花と三上が付き合うようなことになれば、二人をだしに貴一を呼び出して、四人で遊ぶ機会も増えるかもしれない。

「やだぁ。彼、タイプじゃないもん」

「タイプじゃないって言うけど、彼みたいな人がいわゆるいい男なんだよ。見た目も悪くないし、っていうか、いい方だし、ちゃんと定職にも就いててさ。彼みたいな人と付き合ったら、騙されたり、泣かされたり、そういうこと絶対ないと思うし」

「ふうん」

 彩花は小首を傾げた。

「そういえば、いつか桃子が言っていた理想の男性像に何となく似てるかな」

 どんな男ならいいのかと聞かれた桃子は、貴一を頭において理想の男性像を熱く語った。三上は貴一に似たところがあったから、三上イコール桃子の理想の男性像となるのは当たり前といえば当たり前だ。

「本当に、三上さんみたいな人がいい男なの?」

 疑り深げに、鏡越しに彩花が桃子を見つめた。

「今時のイケメンタイプじゃないけど、時代を超えて、世代を超えて、誰にでも長く愛される優良物件。彩花のことを大切にしてくれるタイプだよ」

「でもさ、彼、結婚してるよ」

「ほえ?」

 ボリュームを最大にしたまま消したテレビをつけた瞬間のような大きな声で、出した桃子自身が驚いた。化粧室内とあってエコーのおまけ付きだった。

「け、け、結婚してるって? 本人がそう言った?」

「桃子、気がつかなかったの? 彼、結婚指輪してるよ」

「全然気づかなかった……」

 初対面の挨拶を済ませてしまうと、桃子は貴一にばかり気を取られていて、三上のことは眼中になかった。名刺をもらい、デザイン学校での仕事についても簡単に聞かされたが、何ひとつ覚えていない。

「前言撤回、結婚しているならダメ、絶対!」

「そうでしょ。私だって不倫はもう嫌だもん」

 独身だと嘘をつかれて付き合ってた男が彩花にはいた。男の妻にバレてちょっとした修羅場になったと話には聞いていた。

「そういえば、アデルって知ってるって聞いてたね」

 三上の話などまるで聞いていなかったが、ふいに知っている名前を耳にして、その時だけは桃子も三上に注目した。来日公演が目前に迫っていた。ライブに誘う気なのかなと、まだ三上が独身だと思いこんでいたその時は、ワクワクするような気持ちで彩花の返事を待ったのだった。

「彼女、もうすぐ来日するんだ」

「知ってたの? でも、三上さんには洋楽きかないって返事してたよね」

「うん」

「あれ?」

 彩花と三上の会話に違和感を覚え、桃子は少しの間、考え込んだ。

「洋楽聴かないなら、アデルがむこうのアーティストだってわからないよね?」

「洋楽聴くから、アデルがイギリスのアーティストだって知ってるよ。知ってるけど、ライブに行く気はありません、誘いには乗りませんっていう意味で『洋楽聴かない』って言ったんだけど、意味通じたかな?」

 彩花は鏡にむかって肩をすくめてみせた。

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