第3話 ロボットになる

「なにそれ、意味わかんない」

 桃子が彩花の憩いにたじろいでいると、彩花がさらに迫って桃子の両手を取った。

「私、男を見る目がないし、優柔不断な上に、下した判断はとちくるってるから男で失敗するの。だから、桃子が私のかわりにいい男かどうか見極めてくれて、どうしたらいいかの指示をしてくれたらいいのよ」

 我ながらいいアイデアだと言わんばかりに彩花は満面に笑みを浮かべている。

「ちょ、ちょっと待って。それってつまり、私があれしろ、これしろって彩花に言うってこと?」

「うん」

「で、彩花は私に言われた通りに行動するってこと?」

「うん」

「それじゃ、ロボットじゃないの」

「うん、私、桃子のロボットになる」

 彩花は無邪気に桃子の両手を持って、上下に振っていた。

「ロボットになるとかって、何言ってんの」

 桃子は彩花の手をそっと払いのけた。

「今までみたいに、相談してもらって、いろいろアドバイスするだけでいいじゃない。何もロボットみたいに何でも言うこと聞くってことにしなくても」

「ううん、それじゃダメなの。だって、桃子のアドバイスを聞いたとしても、その通りにするかしないかでまた悩むわけでしょ。だったら、最初から桃子のロボットとして、桃子の言うことは何でも聞くってことにしちゃったほうがいいの」

 オレンジフロートは蒸発して、今や、パチパチ弾けるポッピングキャンディーだ。

「私の判断がいつも正しいとは限らないよ? それに、彩花にとって都合の悪い判断をわざとするかもしれない」

「桃子、そんなことしないもん」

 祈るように組んだ両手を胸に、上目づかいで彩花が桃子をのぞきこんだ。男なら良からぬことを考えてしまいそうな眼差しだ。

「……しないけど」

「だよね!」

「でもね。どんな決断でも、たとえそれが間違っていて後悔することになったとしても、自分で判断した結果なら納得がいくんだよ。人に言われたからってその通りにして失敗すると、モヤっとするよ」

「うん。だから、桃子の言うことを聞くって決めた。これは私の判断でしょ?」

 彩花は一度言い出したらきかない、決めるまではフラフラするのに、一旦決断してしまうと気を変えない。その性格が、男で失敗する原因のひとつでもあった。あの男はダメだと言ってもきかないのである。

「しょうがないな。でも、彩花の男の見る目がつくまでだから。自転車の補助輪みたいなもの。一人で乗れるようになるまでだからね」

「やったぁ、桃子大好き」

 席を立ちあがった彩花は胸を桃子の顔に押し付けるようにして抱き付いてきた。男なら至福の時だろう。胸のない桃子にとっては嫉妬にかられると言いたいところだが、三カップ以上も差をつけられたら逆に感嘆してしまう。

「彩花、スキンシップはほどほどに、ね。好きでもない男に抱き付いたりすると誤解されるんだから」

「うん」

 抱き付くのはやめたものの、彩花は桃子の腕に自分の腕をからませて離れようとしない。

「うんとか言って、離れてないじゃない。私の言うことは聞くんじゃなかったの?」

「きくよ。でも、好きでもない男に抱き付いたりするのがダメなんでしょ? なら好きな人にならいいんだよね?」

「まあ、そうだけど。あざといって女からは敵視されるだろうけど、男の人を落とすには効果があるんじゃない」

「じゃあ、いいじゃない」

「私は男じゃないって」

「うん、でも大好きだからいいの」

 彩花は座っている桃子の頭に頬をすりよせた。まるでじゃれつく猫だ。周りの男たちの嫉妬の視線が痛い。

 傍目には、あざとい女としか見えない彩花だが、桃子はどうしても嫌いになれない。動物のような無邪気でストレートな愛情表現をむしろ可愛いと思う。彩花にとっては自然に身についている仕草だが、技術として習得し、駆使している女たちを、桃子は逆に尊敬してしまう。自然なふるまいとしてみせるのは並大抵ではないと、秘かに練習したことのある桃子は知っている。

 生まれながらに盆栽のように美しい形をした木があるものだな――彩花の生まれもったかわいらしさがほんの少し、うらやましかった。

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