02 傷負う背中

 心がざわついて。眠れなかった。

 夜の巡回も監視も完璧。組織からの勧誘も、よく分からない名目で横流しされる銃器も、全て差し抑えた。もう組織のアジトには、兵站線がない。

 都市の政治家や企業がいくら組織の後ろ楯をしても、いずれ組織は自滅する。戦闘の基本は兵站。そこさえつぶしてしまえば、大丈夫なはずだった。


 それでも。


 心のざわつきは。


 収まらない。


 起きて。


 着替えて。


 管区本部に向かう。


 いつもの人員。いつもの仕事。精鋭しか、いない。


「総監」


通信担当に話しかける。


「変わりはないか」


「情況、変化なしです」


 総監という大層な称号だが、結局は部隊長だった。たまたま、自分の他に戦いの心得を知っている人間がいなかっただけ。


「あいつは」


 そうだ。


 あいつがいない。


「いえ。今日の人員は私たちだけです」


「あいつもだろうが」


 なぜ、いない。さぼってんのか。


「いえ。大事な所要があるから、と」


「大事な所要」


「個人的なことを申してもよろしいでしょうか、総監」


「許す」


 連絡や斥候に求められるのは、命令の復唱と正確な情報。個人的な予測を述べる場合は、それを事前に伝える。軍律の基本。


「思い詰めた顔を、していました」


「あいつが?」


 いつも笑っているようなやつなのに。


「本当に大事な所要があると思って、私たちは許可を」


「そうか。笑っていなかったのか?」


「はい」


 笑っていない、あいつ。正直想像ができない。


「連絡を取るかな。無線は」


「通じません。車両を動かした形跡も」


 心のざわつき。さらに加速していく。


 あの笑った顔が。頼りなげな背中が。もし。


「探そう。あいつを」


「索敵網を使いますか?」


「だめだ。いくらあいつといえども、市民の安全と平和な夜のほうが優先される」


 あいつ。


 あいつも。市民の安全と、平和な夜のために。もしかしたら。


「監視要員を呼べ」


「いま呼び出します」


 コール。


「出ました」


『はい。こちら監視要員。アジトを監視中です』


「異状はないか」


『いま連絡しようとしていたところです。温度検知サーモなので人物判定はできないですが、ひとり、アジトの中に入っていきました』


 雑音。


『連絡を訂正します。銃声。現在も継続』


「確認している」


 今。人員は。


『突入しますか?』


「だめだ。人が足らん」


 アジト監視用の装備は全て、バリケードや催涙弾の類いだった。制圧用装備ではなく、アジトから外に誰も出さないための装備しか配備されていない。

本気で突入するのなら、狙撃担当の持つ特殊パッケージが必要になる。


「バリケード展開。呼び掛けや警告はするな。外にいる張り込みは引っ込めろ」


 一度の通信で命令は三つまで。それが、もどかしい。


『張り込みを屋内まで待避させ、警告なく静かにバリケード展開します。合流ポイントA3』


通信担当がA3を検索する。


「合流ポイントA3。確認しました。周囲索敵良好」


「よし。合流ポイントA3へ移動しろ」


 こちらの人員も、合流後の支援のために動き出す。


 本部内が、慌ただしくなる。


「狙撃班を出せ」


 これがいちばん、出したい命令なのに。街のことを考えると、最後の命令になってしまう。


『狙撃班に繋ぎます』


 コール。切り替え音。


『狙撃担当です』


「誰が入った。見えたか?」


『見えませんでした。こちらの射角を知っています。管区の人間ではないでしょうか』


 やはり。


 あいつ。


「中に入った人間を掩護しろ。パッケージ02だ」


『パッケージ02。正体不明の人間を掩護します。人物特定は必要ですか?』


「必要だ。分かり次第、直接俺に繋げ」


『了解。人物を特定し次第直接ご連絡します』


「よし行け。02だ。静かにやれよ」


 パッケージ01が直接攻撃用の装備で、02は隠密狙撃用装備。03が、一対多数戦闘掩護用でいちばん物々しい。


「総監。どこへ」


「現場に向かう」


「しかし、指揮に穴が開きます」


「仕方ないだろう」


 仕方ない。


 あいつの、口癖だった。


 今更。思い出している。


「推測を述べる。突入したのはあいつだ。ひとりで、組織を壊滅させるつもりだろう」


「ひとり、で、ですか」


「そうだ。そして、あいつならそれができる」


「中には四十を越える敵構成員と、重火器があります」


「そうだ。死ぬつもりなんだろうな」


『狙撃担当より総監に連絡。人員確認完了』


 通信を双方向に切り替える。


「あいつか?」


『はい』


「今から俺が直接向かう。パッケージ03と01を出しておけ」


『総監が御座所HQを離れてはいけません。指揮系統に支障が出ます』


「復唱っ」


 声が荒くなった。


 もう。一刻の猶予も。ない。


『パッケージ01と03を用意します。総監。どうかお早く』


「そのつもりだ」


 あいつの背中に。


 傷を負わたくなかった。

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