見えない心、傷負う背中

春嵐

01 見えない心.

「仕方ないんだよな」


 呟いた。


 夜。


 曇っていて、月は、見えない。


 どんなにがんばったところで。心の内側までは。見えない。


「仕方ないんだ」


 これまで何度も、そう呟いて。何度、自分の心を押し込めてきただろうか。


 それも。


 もうすぐ。終わる。


 管区内に唯一残ったアジト。ここさえ潰せば、街の平和は、ようやく実現する。

 しかし、都市の政治家から圧力がかかっていて。アジトは潰せない。


 とても簡単な理屈で。

 管区内を浄化すると、都市部へ組織残党が移動するかもしれない。だから、郊外の街にアジトがあって治安がわるくなれば、都市部は大丈夫。


「んなわけがあるかよ」


 ひとりごとは、灯りのない夜に、浮いては消える。


「逆だよ逆。ここさえ潰せば都市部への悪人流入はゼロになる」


 あとは雨後の筍みたいに湧いて出てくる雑魚を、各個撃破していけばいい。雑魚は、組織でまとまっているから手がつけられないだけで。ひとりひとりは、文字通りの雑魚。


「知ってるよ。知ってるとも」


 政治的なことも。

 都市部の人間が、街と都市を比べて、優越感に浸りたいだけ。

 郊外の街よりも都市のほうがいいと。自分達のほうが、選ばれた最先端の人間だと。そう思いたいだけ。

 そして、その心裡を政治家が汲み取って、郊外の街には組織のアジトができる。そうやって、街は都市の煽りを受ける。


「残念だったな」


 軽く、ストレッチ。


 どうせ捨てる命。


「おれは。そういう。平和とか街のこととか。興味ねえんだ」


 好きなひとがいた。同性。そのひとに逢ってはじめて。自分が、性ではなく、人として、好きなのだと。思った。


 思っただけ。


 この想いは。


 永遠に遂げられない。


「それでいい。それでいいんだ」


 あの人の隣にいられただけで。それだけで。いい。


「仕方ないからな。こればっかりは」


 好きなひとは、街を守っている。そして、都市のくそ野郎からの圧力に耐えながら、街の平和を保ち続けている。


 好きな人にとっての最後の壁が、組織のアジト。ここがなくなれば、わたしの好きな人は、夜毎ひたすら巡回しなくてもよくなる。日中監視に忙殺されることもなくなる。


「仕方ない」


 好きなひとのためなら。


 命なんて。


 いらない。


「よし、仕方ない仕方ない」


 覚悟は決まった。


 さっきのを、人生最後の仕方ないにしよう。もう言わない。仕方ないことなんて、何もない。


「さあ」


 組織のアジトをつぶそう。


 わたしひとりで。


 命を犠牲にして。


 全部。


 すべて、自分が背負う。


 想いを告げぬまま。心の奥の、見えないところにしまっておいて。命を終えようか。


 好きなひとのために。

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