第49話

コウは人間の姿に戻ったサレナの元へと飛んでいき、倒れている彼女の胸元を見ると、根付いていた種は無くなっており、僅かだが鼓動が動いているのを目にした。


「種が無くなってる。それに鼓動も・・・生きてる。助けられたんだ!」


助けるという想いを一心に放ったビームは種だけを消し去り、最早止まっていた心臓に生命力をも与えていた。自分がやった事だと分かっているが、止まっていた心臓の鼓動を再び動かす力を与えた事に、コウは驚きを隠せなかった。


「これが想力って奴の力か?」


想力を授けられてから一度も使えた事がなかったコウだったが、今回の出来事のお陰でどんな力かが何となく理解出来た。

サレナを救えた事にホッとしたコウ。そんなコウの元に一人分の足音が背後から近づいてくるのを耳にした。後ろを振り向くと、返り血を全身に浴び、殺気に満ち溢れた目でギラリと睨んでいるシェリルがコウとサレナを見下ろしている。

突き刺すような殺気に、コウは咄嗟に立ち上がり、戦闘の構えをとった。


「・・・あんた、シェリルって人だろ?この人はもう大丈夫だ、もうあんな化け物になんかならない!」


「お前はどうなんだ、サイボーグ君。」


「僕はコウです!サイボーグじゃありません!」


「そりゃ失礼。で、コウ・・・お前は何者なんだ?」


「・・・僕は、人間ですよ。あなたと同じ、他の人より少し力があるだけの。」


瞬き一つせず、常に自分の動きを読まれている感覚に陥っていたコウは唾を飲み込んだ。今まで色々な姿をした変異体と戦ってきたコウだったが、今目の前にいるシェリルは、それまでの相手とは比べ物にならないほど恐ろしい怪物のように見えた。


「あの金色のビーム。撃ったのはお前だろ?お前の体を見るに、その両腕から放ったものだと考えているが、とても人が造り出した物とは思えない。しかもお前、さっき見た時よりも体が成長している。この短時間でその成長量は、人間とは呼べないな。」


「・・・お願いします。せっかくこの人を助け出したんだ。この場は見逃してくれ。」


無駄な事だと分かっていたコウだが、目の前に立つシェリルに正面から戦って勝てるビジョンが浮かばない以上、情に訴えかける他なかった。


「ん?」


突然、シェリルが何かの気配を察知したのか、コウから目線を外し、ゆっくりと後ろを振り向く。振り向いたシェリルの視線の先には、タバコを口に加えながら既に臨戦状態になっているネムレスが足早と近づいてきていた。


「運が良かったな、コウ。得体の知れないお前より見逃せないクソ野郎が自分から姿を現したからな!!!」


シェリルは大剣を片手に勢いよくネムレスの方へと飛び出した。それに続くようにネムレスもタバコを吐き捨て、アイスピックを両手に持って走り出す。


「ネムレス!!!」


殺意の籠った怒号と共に振り下ろした大剣はネムレスの体から外れ、激しい音と共に激突した。振り下ろされた大剣を避けたネムレスは素早くアイスピックを突くが、あろう事かシェリルは突き出されたアイスピックを歯で掴み、噛み砕いた。

一度距離を取ろうとしたネムレスだったが、そこに隙を見出したシェリルはネムレスに体当たりを当て、ネムレスの体勢が崩れた所に再び大剣を振り下ろした。

勢いよく迫り来る大剣をネムレスは白刃取りで受け止めるが、シェリルの化け物じみた勢いに押され。右肩に刃が2cm程入ってしまう。痛みに一瞬顔を歪めたネムレスだったが、すぐにいつもの挑発的な表情に変わり、鬼気迫るシェリルの顔を覗き込むように近づけていく。


「よぉ、シェリル。随分久しぶりだな、会いたかったぜ。」


「私もさ!てめぇの吐き気がする顔を見るとあの時の屈辱が今でも鮮明に思い出されるよ!」


「なら思い出が霞む前に今回も同じような屈辱を味わらせてやるよ!」


「ほざけ!地面に這いつくばるのはてめぇの方だ!!!」


肩に食い込んだ大剣の刃はどんどん深く入っていく。右腕はもう使い物にならないと判断したネムレスは抵抗するのを止め、わざと右腕だけを切断させ、左手でシェリルの顎に掌底を叩き込んだ。

よろめくシェリルの腹部にネムレスは膝蹴りを当て、頭が下がった所に左肘で後頭部を打ち込む。更にシェリルの髪の毛を掴んで顔面に膝蹴りを三度当て、駄目押しの後頭部にかかと落としを振り落とした。

それでもシェリルは倒れる事はなく、そのシェリルのタフさに焦り始めたネムレスは首に左腕を回し込んで絞め落としにかかるが、呆気なくロックを外されてしまい、振り向きざまの裏拳を顎に喰らってしまう。


「ぐぅっ!!!」


「剣なんか必要ねぇ!素手で殺してやる!!!」


大剣を地面に突き刺し、今までのお返しと言わんばかりにシェリルはネムレスの顔面や胴体を滅多打ちに殴り続けていく。意識が朦朧となり倒れそうになったネムレスの胸ぐらを片手で掴んで無理矢理立たせ、腹部に三度拳を叩き込み、トドメに回し蹴りをネムレスの顔面に入れた。


「はぁはぁはぁ・・・!」


地面に倒れたネムレスを背にし、シェリルは地面に突き刺した大剣の抜き取り、未だ倒れたままのネムレスの元へと大剣を引きずって近づいていく。


「残念だったな・・・勝ったのは、私だ!!!」


大剣を振りかざし、ネムレスの首めがけて勢いよく振り下ろそうとした時、倒れているネムレスの下から影が広がっていた。

その影に一瞬戸惑った為、シェリルが大剣を振り下ろすよりも先に影から飛び出してきた複数の黒い腕がシェリルの体を突き飛ばした。

黒い腕は倒れているネムレスの右腕に集まっていき、ネムレスの切り落とされた右腕を復元する。

意識を取り戻したネムレスは、切り落とされたはずの自分の右腕が戻っている事に驚くが、体の底から溢れてくる力の懐かしさに浸っていた。


「どうしてだか知らないが・・・あぁ、懐かしい感覚だ。」


「あいつの異能か。見た目に相応しく、不気味な力だな。」


「やはりお前と俺は運命だ!お前と戦い、死と隣り合わせになる事で、俺の失われた過去を取り戻す事が出来る!この力もそうだ!」


「お前と運命なんてごめんだね!今度はその体を焼き尽くしてやる!」


右腕に黒い炎を纏うシェリルに対し、ネムレスは自身の影から禍々しい見た目をした二丁の拳銃を取り出す。

一触即発の二人。そんな二人に割って入るようにコウが二人の間に降り立った。


「どけ!そいつの相手は私がやる!」


「シェリルさん・・・その男には僕も用があるんです。今ここで死なれたら、僕はミオを助け出す事が出来ない!」


「コウか、お前も新たな力を手にしたようだな・・・いいぜ、二人まとめて相手してやるよ!」

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