第45話
スプラッターが戦っているのを耳にしながら、ニンファは街の裏通りを通って脱出を試みていた。回復しきれていない体の為、途中でつまづいてしまい、そこへベリスの変異体達が天井から降り落ちてくる。
「しつこいんだよ!!!」
ニンファは大雑把に腕を振るって空気の刃を作り出し、落ちてくる変異体達の体を斬り裂いた。が、真っ二つになった後でも変異体達は尚も動き、地面を這いずりながらニンファの元へと近づいてくる。
ニンファは立ち上がろうとするが、つまづいた時に杖が遠くの方へと転がってしまったため、起き上がる事が出来なかった。
這いずってくる変異体達を見ると、頭部に赤い光が点灯しており、徐々に点灯する間隔が速くなっている。ニンファは彼らの頭部に爆弾が埋め込まれていると考えた。
「ベリス、悪趣味な奴め!」
応戦する事を止め、変異体から逃げる事に専念するが、力が十分に戻っていない分、ニンファよりも変異体の方が動くのが速かった。
背後から聴こえる変異体達の這いずる音が段々と近づいてくるにつれ、心拍数が上がり、口から怯えが声となって漏れ出す。
すると、後方から変異体とは違う足音が現れ、突然ニンファの体が宙に浮かんだ。顔を上げると、先程バンから降りてきたスプラッターがニンファを抱えていた。
「あんた・・・!」
「話は後だ。今は黙って俺に利用されろ。」
「この私を利用するですって?余程殺されたいのかしら!?」
「そのザマでよく言う。変わらないな、お前は。」
「え?」
ニンファを抱えて裏道から出ると、既に爆破寸前といった変異体達が待ち構えていた。後ろに戻ろうとしたが、這って来ていた変異体達がいるため、戻れずにいた。
「爆発する!?」
そう言うニンファの言葉と同時に、前後から迫ってきていた変異体が一斉に爆破を起こし、激しい爆音を耳にしながらニンファは目を閉じた。しばらくして、体に何の変化も感じず、目をゆっくりと開けると、目の前には鋼鉄の壁が広がっていた。
「鋼鉄の・・・壁?」
「いや、鎧だ。」
顔を少し上に上げると、鋼鉄の鎧を身に纏ったスプラッターがニンファを見下ろしていた。
「あなた・・・異能体なの?」
ニンファは驚いていた。さっきまでこの男からは変異体や異能体から感じられる感覚など全く無かった。それは今もである。
しかし、現に今目の前にいる彼は異能の力を使い、全身に鎧を纏わせている。困惑しているニンファをよそに、スプラッターは鎧を解除し、再びニンファを抱えて走り出した。
「どこに連れて行くつもりなの?」
「お前の記憶を取り戻す。」
「記憶?何の事よ!?」
「着いたぞ。」
そう言って辿り着いたのは、教会だった。といっても、変異体が暴れ回ったお陰でボロボロになっており、今となっては教会と言える物とは程遠い物に変わっていた。
中に入るや否や、スプラッターは抱えていたニンファを下ろし、自身が嵌めていた指輪を取り、ニンファの指に嵌めようとする。
「何よ、結婚式のつもり?」
「今から失ったお前の記憶を呼び戻す。強引だが、これが一番手っ取り早い。」
「ちょっと!勝手に話を進めないで!」
「かなり頭が混乱するが、堪えろ。」
嫌がるニンファに、スプラッターは強引に指輪を嵌めた。その瞬間、ニンファの視界が真っ暗になると、すぐにノイズが走り、無いはずの記憶が眼前に広がっていく。見知らぬ場所・見知らぬ人物・見知らぬ自分・・・それらが一気に迫り、ニンファはパニック状態になりつつあった。
そんな中、一つの場面で記憶が止まった。その場面は、スプラッターとシェリルとアイザの三人と焚火を囲んで笑い合っている場面。その様子を見続けている内に、あれ程感じていた吐き気や頭の痛みが和らいでいき、再び現実の世界へと戻ってきた。
視界が元に戻ると、スプラッターが自身の指に指輪を嵌め直しながら、心配そうな表情でニンファを見つめている。
「・・・ブロック?」
さっきまで名前も知らぬはずの目の前の男の名を言葉にした。すると、スプラッターは安堵の笑みを見せながら、強く優しくニンファを抱きしめた。
「ああ・・・ああ、そうだ。」
「私・・・ずっと、忘れてたのね。」
「大丈夫さ・・・大丈夫・・・。」
「泣いているの・・・?」
「泣いてなんか、いないさ。」
ブロックはニンファを自分から離し、彼女の頬に手を当てた。
「おかえり、サレナ。」
「ブロック・・・ああ、どうしよう!私、私はとんでもない事を!」
記憶を取り戻したサレナだが、ニンファだった自分がしてきた今までの悪行の記憶も残っており、罪悪感が一気に込み上げてくる。
その時、外から隕石が落下してきたかのような音が鳴り響き、二人の体にも衝撃が走った。
「なんだ?」
「多分、コウ君よ。」
「コウ?」
「彼は大事な人を取り戻すために、私含めて五人を倒して、ネムレスの元に辿り着く必要があるの。」
「ネムレス・・・あの野郎、やっぱりここでも面倒な奴みたいだな。」
ブロックは立ち上がり、教会から出て行こうとする。
「どうするつもり?」
「まずは話してみるさ。コウという人物は前の時にはいなかった。だからそいつがどんな奴か見極めてくる。」
「気を付けて、彼は覚悟を決めている子よ。油断はしないで。」
サレナの忠告を聞き、ブロックは勢いよく扉を蹴破って外に出た。外に出ると、そこには両腕両足が機械仕立てで出来ている少年が立っていた。
「君がコウ君かい?俺はブロック、少し話をしないか?」
話をしようとコウに近づいていくと、唐突にコウがブロックに襲い掛かり、迫りくる金属の拳を鎧で纏った左手で受け止めた。
「そこにニンファがいるのは分かっている!邪魔をするな!」
「待ってくれ!これには事情が―――」
戦う気が無いブロックをコウは容赦なく蹴り飛ばし、ブロックの体は廃墟の中へと吹き飛んでいく。
コウは再び視線をサレナがいる教会に戻し、足を進めていくと、吹き飛ばされたブロックが瓦礫の中から戻ってきた。
「僕の邪魔をするなと言ったはずですよ。」
「・・・どうやら、少し暴れたいらしいな。いいぜ、君が落ち着くまで相手してやるよ!」
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