第44話

左半身を失いながらも飛び続けていたニンファだったが、とうとう力尽き果て、ストラムの街へと落下していく。家畜小屋の屋根を突き破り、勢いよく地面にぶつかり、ニンファの意識は朦朧としていた。


「あ・・・あが・・・。」


辛うじて動かせる右半身を使って地面を這っていき、倒れている豚の屍骸の元へと辿り着く。死んでから時間が経っているため、豚の屍骸には無数の小さな虫が飛び交っている。そんな虫の存在など気にする事無く、ニンファは屍骸の体に思いっきりかぶりついた。グチュグチュという音が口の中から脳にまで聞こえ、喉の奥から吐き気が上ってくるのを必死に抑えながら、屍骸を喰らい続ける。

腹の骨が見えるまで喰い尽くすと、ニンファの新しい左半身が断面から生え出し、やや痩せこけてはいるが、五体満足の状態にまで回復した。

立ち上がろうと足に力を入れると、左足に上手く力が入らず、崩れるように左側に倒れてしまう。


「くそ・・・回復したばかりでは上手く力が入らない・・・!」


ニンファは壊れかけている柵の一部を肘で怖し、一本の木の棒を杖の代わりにして立ち上がった。

こうしている間にも瀕死の自分を追いかけてコウが来るかもしれないという不安と、今度こそ殺される恐ろしさ。そしてそれらの感情を抱いている自分に怒りを抱いた。


「私があんな子供なんかに恐怖するなんて・・・我ながら無様だわ・・・!」


自分を卑下しながら、ひとまず家畜小屋から出ようと扉に手を掛けた時、扉は自分で開き、開いた先には小さな女の子が立っていた。


「っ!?」


一瞬ビクッと反応したニンファだったが、その女の子は骨が見える程痩せ細っており、目には光が灯っていないのを見て、この女の子は自分にとって害にはならないと判断し、すぐに冷静さを取り戻した。


「あんた、どうしてここに・・・。」


女の子に声を掛けるが、全く反応を示さず、じっとニンファの顔と左半身に目を向けていた。


「聞いてるの!?」

「・・・お姉さん、どうして半分服を着てないの?」

「は?・・・あぁ・・・。」


女の子の言葉に、自分の服装のおかしさに気付き、ニンファは近くにあった布を取り、左半身を隠すように羽織った。


「どう?これでおかしくないわよね?」

「・・・一緒。お姉さんと、私・・・!」


ニンファが布を羽織っている姿に、自分とおそろいと思った女の子は、ここで初めて笑顔を見せ、ニンファに抱き着いてきた。

突然抱き着かれたニンファは女の子を突き飛ばそうとしたが、女の子が抱き着いてくる所為でバランスが狂い、必死に両手で杖にしがみついた。その際に、偶然にも女の子を抱きしめるような形になってしまい、女の子は自分が抱きしめられていると勘違いしてしまい、抱きしめる力を更に強めてしまう。


「・・・はぁ・・・もういいかしら?」

「お姉さん・・・お姉さん・・・!」

「・・・全く、これだから子供は・・・そろそろ離して頂戴。」


ニンファが優し気な声色で女の子を諭し、女の子は渋々ニンファから離れていく。


「あなたは、人間?どうして人間がこんな所に?」

「・・・ずっと、逃げてきた・・・ずっと、ずっと・・・。」


その時、遠くの方から数人の足音をニンファは耳にした。ニンファは女の子をどかし、道の真ん中に立つと、こちらに向かってくる精神病棟の患者服を着た者達を目にする。


「ベリス・・・!」


ニンファ達が駒として扱っている変異体達にはそれぞれ特徴がある。ニンファは妖美なドレス・バンバは蟹・ワーカーはカラクリ人形・ジェリオは騎士・そしてベリスは、今こちらに向かってくる患者服を着た変異体達で別れていた。

いくらこの街がニンファが支配している範囲の端とはいえ、他の者のテリトリーに足を踏み入れるのはご法度だ。


「あいつ・・・どうしてこのタイミングで手下を仕向けた・・・!」

「お姉さん・・・?」


嫌な予感を覚えたニンファ。そんな事は知らず、女の子はニンファの元へと近寄ってくる。


「っ!?こっちに来るんじゃない!!!」


ニンファが叫ぶのと同時に、ベリスの変異体達がニンファの近くにいた女の子を捉え、体中から患者服を突き破って腕を生やし、走り出してきた。


「面倒な事を・・・死にたくなきゃ、あんたはどっかに隠れてなさい!」

「お姉さんは!?」

「ぐずぐずしないで!隠れないなら私があんたを殺すわよ!」


女の子は涙を流しながら、また家畜小屋の方へと走り去っていく。ニンファは右手で空気の刃を作り、変異体に飛ばしていく。

空気の刃は変異体の体に直撃し、体の一部が欠損するが、彼らは走るスピードを緩める事無い。


「この!ゾンビもどきがっ!!!」


今の自分の体では近づかれれば簡単に殺されてしまう為、必死に空気の刃を飛ばし続ける。やっとの事で一体仕留める事が出来たが、まだ五体残っていた。このまま続けても二体までが限度。半ば諦めかけていたニンファの前を塞ぐように突然バンが止まり、運転席からスプラッターが降りてくる。


「あんた、誰よ?」


突然現れた謎の大柄な男に警戒するニンファ。スプラッターはそんな彼女に目もくれず、車を挟んで向こう側から近づいてくる変異体達を睨みつけ、持っているショットガンに弾を込めながら向かっていく。

戸惑うニンファだったが、スプラッターが変異体の相手をしている内に逃げられると考え、その場から離れる。


「はぁ・・・うおおおぉぉぉぉぉ!!!」


ショットガンのリロードを終え、スプラッターは深く息を吸うと、熊の様な唸り声を上げながら変異体へと向かっていった。

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