第41話

ミオを連れ去られてから三か月が経ち、至る所で変異体に襲われている人々を助けながら、コウは変異体が集まる場所を探し求めていた。しかし、世界はコウが思っていた以上に広く、まだネムレスの仲間の一人も見つけられず、どんどんとコウの体から命の時間が減っていくばかり。更に、コウ自身には自分に残された時間がどれくらいなのか分からない為、常に死の恐怖に怯えていた。

始めは我武者羅に世界を駆け巡っていたが、次第に募っていく死の恐怖を拭いきれず、今は洞窟の中でマントにくるまってじっと立ち止まっていた。


(あとどれくらい時間が残されているんだ・・・あとどれだけ時間を削ればミオの元へ辿り着くんだ・・・。どうして、僕はこんなにも役立たずなんだ・・・!)


自分自身を卑下しているコウの所へ、一人の影が近づいてくる。コウは目だけ動かして、影に視線を移すと、そこにはペストマスクをつけた黒いローブの存在が佇んでいた。


「なっ!?」


慌てて飛び起き、戦闘の構えを取ると、ペストマスクもコウの真似をして構えを取った。

お互い動かずに相手の出方を伺っていると、ペストマスクはやけにキレのあるパンチや蹴りをコウに見せびらかすように演じ始める。


(な、なんだこいつ・・・!?さっきからまるで敵意を感じない!だけど・・・なんだこの感じ・・・シシャのような異様さを感じるけど、それを上回る純粋さも感じ取れる・・・。)


全く読み取れないペストマスクに、しびれを切らしたコウはペストマスクの腹部にパンチを捻じり込んだ。

すると、ペストマスクの動きがピタリと止まり、反撃が来ると警戒したコウが防御の構えを取ると、ペストマスクは怒涛の反撃を繰り出す・・・訳は無く、その場に倒れ込み、腹部を抑えながら地面を転がり始めた。


「え・・・?」


マスクの所為で表情を読み取れないが、動きだけで読み取れば痛がっていた。あまりにも痛そうにしている様子を見たコウは、地面を転がっているペストマスクに近づくと、ペストマスクは俊敏な動きで壁際に転がっていき、コウを怖がっているポーズを取った。


「あ、ごめん・・・その、いきなり気配も無く現れたから敵だと思って・・・。」


コウはペストマスクに手を差し伸べると、ペストマスクは恐る恐るその手を取った。

瞬間、コウの視界にノイズが生じ、ノイズが消えるとそこには見上げる程巨大な砂時計が見え、上に溜まっている銀色の砂が少しずつ下へと落ちていき、下に溜まった砂は既に半分ほどとなっている。


「これは・・・!」


その光景を見たコウは直感でこの砂時計が自身に残された命の時間だと理解し、残された自分の時間は後僅かだという事実に驚きを隠せずにいた。

すると、またノイズが走り、ノイズが消えると現実の世界に戻り、さっきまで見下ろしていたペストマスクが、今は自分を見下ろしている。


「今見たのは・・・多分、いや確かに僕の・・・!」


未だ驚きを拭いきれていないコウとは裏腹に、ペストマスクはコウの腕を引っ張り、洞窟の外へ連れ出そうとする。


「・・・ああ、そうだな。こんな所で悩んでいても時間の無駄だ。残された時間でミオの元へ行かないと!ありがとう、君のお陰だ!えっと、君の名前は?」


コウはペストマスクに名を尋ねるが、ペストマスクには名も無く、声を出せないため、手を横に振りながら顔も横に振った。


「そうか・・・それじゃあ、ゴーストなんてのはどうかな?幽霊みたいに気配も無く近づいてきたし。あー、でも嫌か。そんな理由の名前なんて・・・。」


幽霊が元の名前で悲しがると思っていたコウだったが、それとは裏腹に、名付けられて喜んだゴーストは奇々怪々な踊りを踊ると、コウの影に入り込んだ。

自分の影に入り込んだゴーストに驚くコウ。なぜなら、自分の影の中に入れるのは主であるミオだけなはずだからである。

しかし、長い間独りきりだったコウにとって、誰かが傍に居てくれるのがとてもありがたく、自分の影に入れる事なんかどうでも良く感じた。


「全然君の事は分からないけど、何だか心強いよ。それじゃあ、行こうか!」


コウは勢いよく走り出し、暗い洞窟の中から外の世界へと出ていく。外は雲一つない晴天で、眩い太陽の輝きがコウを照らし出す。

嬉々として走り出したコウだったが、そんな所へ巨大な鷲の姿をした変異体が急降下でコウに襲い掛かり、コウの体をヒョイッと軽く持ち上げ、空へと上昇していく。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


突然の事で驚くコウだったが、すぐに体を掴まれていた足から抜け出し、鷲の背へと乗り込んだ。


「ほぉ、抜け出したか。だがどうする?羽を持たぬ貴様が空に放たれれば、後は落ちるだけだ。」

「ニンファ・ジェリオ・バンバ・ワーカー・ベリス。この五人の内、誰かを知っているか?」

「何だ唐突に。ああ、知っているさ。俺達を自由にしてくれたネムレスの手下だろ?」

「場所はどこだ?」

「知ってどうする?まさか、殺しに行くとでも?」

「その通りだ。」

「ふははははは!!!」


変異体は大いに笑い声を上げると、180度回転し、ネムレスの仲間の内一人の元へと進み始めた。


「案内してくれるのか?」

「ネムレスには感謝はしているが、手下の連中は気に喰わない!俺達変異体をチェスの駒扱いでコキ使いやがる!奴らをぶん殴ってくれるんだったら、手を貸してやろう。」

「・・・ありがとう。あんた名前は?」

「名前?俺達変異体に名前なんか無ぇよ。だがそうだな・・・トレイターとでも呼んでくれ。」

「トレイター、約束するよ。奴らは残さず僕が倒す。いや、殺してやる!!!」

「ははは、面白い奴だ!そんじゃ、お望み通り連れてってやる。」


一度は挫折し、死の恐怖に暗闇に閉じこもっていたコウだったが、この時出会ったペストマスクのゴースト、鷲の変異体のトレイターとの出会いをきっかけに、囚われの身となったミオとの再会を胸に、再び進み始めた。



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