6章 スプラッター

第40話

この世界で起きた変異体の侵攻から三か月。各所の街から逃げてきた議会関係者達は、議会が管理する聖域と呼ばれる壁に囲まれた街に集められ、議会のトップであるボルドが信仰するアルカインドと呼ばれる神に、祈りを捧げる日々を送っていた。

そして変異体達は、ネムレスの仲間であるベリス・ニンファ・バンバ・ジェリオ・ワーカーが支配する五つの街に集まり、それぞれの街の支配者の指示に従い、徐々に人間を追い込んでいった。

今この世界は議会・ネムレスの二つに分かれ、世界の終わりを迎えようとしている。


そんな混沌の世界の中、変異体を狩る狩人と呼ばれる人物達がいた。


ある者はこう語った。


「両腕両足が機械で出来ている少年が、私達家族を変異体から守ってくれた!」


またある者は。


「灰色の女剣士が百体もの変異体をたった一人で斬り殺した!」


狩人が変異体を殺し、街が平和になると、今度は別の問題が出てくる。変異体という脅威が去り、街に隠れていた悪人達が出てきた。

悪人達は狩人が去るや否や、街の住人達を襲い、残り少ない物資や女や子供を奪い、抵抗してくる男を無残に殺して嘲笑った。

悪人達はまるで蜂の様に戦利品を巣に持ち帰り、巣の中で貪り喰らう。変異体がいなくなっても、外の世界には最早平穏など訪れはしない。


「やめて!その子を連れて行かないで!!」


娘と共に連れてこられた女性の叫び声が部屋中に響き渡る。悪人達は女性の叫び声など気にせず、一人の少女を三人がかりでトイレにまで運んでいく。トイレの中に入ると、外で叫んでいる女性の声が聞こえなくなり、三人の男の荒れた息や酒の臭いがトイレの中に充満している。


「大丈夫、何も怖くないよ?本当さ!」


そう言いながら、男達は少女の服に手を伸ばしていく。恐怖がピークに達した少女が叫び声を上げようとした時、一室の個室の扉がゆっくりと開いた。

開いた扉からは男達の仲間と思わしき男がおぼつかない足取りで出てくると、突然耳を塞ぎたくなるような大きな音が鳴り、男の頭部が吹き飛んだ。

男の吹き飛んだ頭部の欠片が三人の男の顔にかかり、目を瞑った瞬間、開いた個室のトイレからもう一人、大柄な男がショットガンを構えて姿を現した。

ショットガンで二人の男を撃ち殺し、少女の目の前に立っていた三人目の男に素早く近寄り、喉元にナイフを突き刺した。


「隠れていろ。」


男はビクビクと震えている少女を個室に隠すと、トイレの扉を蹴破って、広間で大騒ぎしている悪人達を片っ端からショットガンで撃ち殺していく。

数人を殺した所で弾が無くなり、その隙に悪人達は身近にあった酒瓶や刃物を手に男に襲い掛かった。

男はショットガンを捨て、熊のような雄たけびを上げながら襲い掛かってくる悪人達を殴り、持っていた凶器を強奪しながら次々と殺していく。

三分も掛からずに、三十人程いた悪人達は一人だけとなり、男は持ち前の拳で悪人の顔面に穴が開くまで殴り続け、空気が抜けたボールとなった悪人の頭部を蹴り潰した。


「動くな!!!」


最後の一人を殺すと、男の背後から悪人達のボスが女を盾にしながら男に叫んできた。悪人の手には拳銃が握られており、引き金には既に指が掛かっている。


「てめぇの所為で俺達は終わりだ!仲間を皆殺しにしやがって!一体どうしてこんな惨い事しやがるんだ!!!」


悪人の言葉を男は無視して、腰から拳銃を引き抜き、弾が入っているのかを確認する。


「おいおいおいおい!!!頭だけじゃなく、てめぇ目まで悪いのか!?俺の前にいるこの女が見えねぇのか!?」

「ひぃ!た・・・助けて・・・!」

「無理だな。」


男は盾になっている女性に三発撃ち込むと、女性はぐったりとその場に倒れていった。盾を失った悪人は男に食って掛かる勢いで立ち向かうと思いきや、銃を投げ捨て、膝まづいて祈りを捧げるようにしながら男に助けを懇願してきた。


「た、頼む!殺さないでくれ!欲しい物は何だって持っていけ!女や子供は裏の倉庫に押し込めてある!食い物もそこにあるから・・・頼む、頼むからー!!!」

「俺が欲しいのは・・・あんたの車だ。」


男は悪人の頭部に三発撃ち込み、床に置いていたショットガンを拾い上げた。


「ひっ、ママー!!!」


すると、トイレの中に隠れていた少女が目を開けたまま死んでいる女性に駆け寄ってきた。二度と動く事の無い自分の母の体を揺さぶっては、何度も何度もママと呼びかけ続ける。

そこへ、度重なる銃声や叫び声を聞きつけ、街に隠れていた住人がぞろぞろと駆け付けて来た。

住人達は死体の山を見て目をギョッと開き、ショットガンを持つ男の姿を見て、怯えながらも敵意を持った目で睨みつけた。


「あんたがやったのか・・・あの子の母親も!」

「っ!?・・・おじさんが、ママを殺したの?」


全員の視線を浴びる中、男は無言のまま入り口に歩いて行く。入り口を塞いでいた住人達は近寄ってくる男に怯んで道を開き、男が背を向けた瞬間に罵声を浴びせた。


「このイカレ野郎!」「あの子の母親まで殺す事は無かったでしょう!」「あんたは化け物だ!」「出ていけ!すぐに街から出ていけ!」


後ろから飛び交う罵声に耳を貸さず、男は停めていたバンに歩いてく。バンのドアを開け、運転席に乗り込もうとすると、トイレで助けた少女が駆け寄ってきた。

男はバンのドアを閉じ、少女の方へと振り返る。


「なんだ?」

「・・・ありがとう。助けて・・・くれて。」


言葉では感謝を述べてはいるが、少女の表情は怒りと憎しみに満ちていた。男は鼻で深く息を吸い、腰から拳銃を引き抜き、少女に手渡す。


「好きにしろ。」


男がそう言うと、少女は拳銃を構え、男の顔に標準を合わせた。拳銃を握る手は震え、息は乱れ、枯れる程流したはずの涙が頬に流れてくる。

しかし、少女は拳銃を撃つことなく、その場に座り込んで泣いてしまう。男は少女の目線に合わせ、泣いている少女の目を真っ直ぐ見つめながら話しかけた。


「情は捨てろ。他人は敵だ。生きたければ、自分の身を第一に考えるんだ。」


それだけ言い残すと、男は早々とバンに乗り込み、街から出ていく。さっきまで泣いていた少女は無表情になり、遠くなっていくバンを見送り、男から貰った拳銃を握り締めながら母親の元へと戻っていった。




外の世界に取り残された人々にとって変異体以上に恐れられている男がいた。


人としての情を捨てた悪魔として。


銃で撃たれても、刃物を突き刺しても死なない男として。


あらゆる武器を用いて、怪物や人間達を殺す殺戮者として。


その男の名は、スプラッター。

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