第26話
謎の人物によって異空間に引きずり込まれてしまったシェリル。引きずり込まれた異空間には何も無く、果てしなく続く真っ白な世界であった。
「ここは・・・。」
「ここは俺が創った世界だ。」
連続で自分に巻き起こる不可思議な現象に困惑しているシェリルに、男がシェリルの背後から声を掛けてくる。
シェリルが振り向くと、そこには赤毛の男と隣にはレオもいた。咄嗟に剣を構えるシェリルだったが、それを阻むようにレオが赤毛の男の前に立ち、制止する。
「待てシェリル!こいつは俺の弟、ブラッドだ!」
「弟?いつかあんたが言ってた一緒にシシャを倒した、あのブラッドか?」
「そうだ。俺もいつの間にかここに連れ込まれて、もう一人連れてくるって言って、お前がここに。」
今起きている現象を説明するレオだったが、シェリルは剣を収める事はなく、二人と一定の距離をとって警戒していた。
そんなシェリルの黒く燃える右手に目がいったブラッドは、空間から出現させた鎖でシェリルを拘束する。
「ぐっ!?なんだよこの鎖!?」
自分の両手両足を拘束する鎖を解こうとするが、鎖は頑丈で、抵抗すればするほどシェリルの体から力が抜けていく。
「悪いな、俺はお前の異能についてまだ把握出来ていない。安全のためにしばらくそのまま話を聞いてくれ。」
「・・・分かったよ、私も右手のコイツの事を知りたいしな。」
「まずは異能について説明しよう。レオから俺達が昔シシャと戦った話を聞いたか?」
「ああ。」
「俺はレオと別れた後、シシャの体から出て来た血液の群れを追いかけていた。血液がラズー族の遺跡を抜けると、それぞれ散らばっていき、俺は一番近い街に飛んでいった方へ追いかけていき、そこでシシャの血に触れた老人と出会ったんだ。老人はたちまち悪かった手足が回復し、異形の姿へと変貌していった。咄嗟に刀を構えると、俺の刀にも異変が起きていたんだ。」
そう言って、ブラッドは自身が背負っていた刀身の長い刀を抜き、刀に秘められた異能の力を解放する。力を解放した刀の刀身には紫の霧の様なオーラが纏われた。
「この力を纏った俺の刀はこの世界に行く事も、別の場所へと移動する事も出来る。俺はこの力を使って、今まで世界を監視し続けていたんだ。」
ブラッドが刀身に手をかざすと、刀身からオーラが失われていき、元の状態へと戻った。
「あのシシャの血に触れた生物は、何かしら能力を得られる。レオの両目や、お前の黒い炎がそれだ。」
「ちょっと待てよ!私はシシャの血になんて触れてなんか・・・いや、一か月前に初めて異能体と戦った時、私は異能体の心臓を直接右手で握り潰した・・・まさか、その時に私も異能体に?」
シェリルはブラッドに尋ねるが、ブラッドは首を横に振った。
「いや、異能体の血液に触れても、異能体には変異しない。異能体になる条件は、シシャの血液に触れる事だ。恐らく幼い頃にシシャの血液をどこかで触れたんだろう。」
「今まで私の中に眠っていたって訳か・・・そもそも、異能の力はどうやって発動するんだ?」
「異能の力は、その人の何らかの強い想いの力が必要だ。想いが強ければ強い程、異能の力も強力な物になるだろう。」
「想いの力・・・。」
ネムレスに殺された時、シェリルの視界は暗闇に包まれ、無音の空間に閉じ込められているようであった。徐々に自分の体や声を忘れていき、存在自体を消滅しかけていた時、どこからか声が聞こえてきていた。
その声は聞いたことも無い言語でシェリルの体内を蝕み、気付くと右手に黒い炎を宿して、現実の世界へと戻ってきた。
(あの声は、私の心の声なのか?生きたいと思ったから異能が発動した・・・けど、今まで死にそうな場面は何度もあった・・・どうしてあの時に・・・。)
悩むシェリルの頭に、一人の人物の姿が浮かんだ。その人物は自分を殺したネムレスの姿であった。
(あいつに殺されたからか?そういえばあいつ、笑いながら私にこの出会いは運命だとか言っていたな。私とあいつに、何か関係があるのか?)
考え込んでいると、突然鎖の拘束が解け、シェリルの体が解放される。
「ようやく異能の力が弱まったようだな。」
ブラッドの言葉にハッと自分の右手を見ると、シェリルの右手に纏っていた黒い炎が消えていた。
「あの鎖は異能の力を弱らせる物だったが、お前の異能は他のと比べると力の大きさが段違いなようだな。だが憶えておけ。強大な力は時として自分に向けられる事がある。」
「その為には、まずは異能の力を制御しろって事か?」
「そうだ。この空間で力を試すといい。レオ、お前もな。」
「俺もか?」
「あんたも異能の力をまだ目覚めさせていない。これからは異能の力も利用しないと、勝てない戦いが続くだろう。」
そう言って、ブラッドは異能の力を帯びた刀で空間を裂き、シェリルとレオに現在の世界の状況を見せた。
そこから見えた世界の有様は酷い物であった。街は変異体が蔓延り、ようやく安全な場所に逃げ込めた人間を既に避難していた人間が迫害している。
そんな現在の世界の状況にレオとシェリルは歯を噛み締めていた。
「あのネムレスという男・・・ロンドだけでなく、他の街にまで変異体を・・・!」
抑えきれない怒りを抱きながら、レオは二人から離れ、正座をして瞑想を始める。それに続くようにシェリルも剣を引き抜き、ブラッドに剣の先を向けた。
「何のつもりだ?」
「あんたが言ったじゃないか。この空間で力を試せってな。私はレオと違って体を動かして学ぶタイプなんだ。」
「似た者同士って事か・・・ふっ、いいだろう。」
ブラッドは斬り裂いた空間を閉じ、シェリルから少し離れてから刀を構えた。その構えは、昔レオに教えてもらった肩に担ぎ、姿勢を低く構える状態。
シェリルは鼻で笑うと、ブラッドと同じように剣を構えた。
「言っておくが、手加減は無しだ。殺す気でかかってこい!」
「へっ!言われなくても!」
お互いに同じタイミングで前に飛び出し、振り下ろされた剣と刀が当たり、その時に生じた金属音と衝撃が真っ白な世界に響き渡った。
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