第19話

周辺の被害はあったものの、狂犬達の群れは瞬く間に壊滅された。だが、狂犬達の脅威が去るや否や、村人達は各々クワや刃物を持ち出し、シェリルの周りを囲みだす。


「お前、一体何者なんだ!?そんなドでかい大剣を振る事と言い、狂犬達もあっという間に殺しちまった!」


村人達は声を荒げているが、明らかにシェリルを恐れており、顔が引きつっている。


「そんなのどうだっていいだろ。それより、この近くに人が立ち入らない洞窟なんか無いか?」

「そんな事を聞いて、何のために・・・。」

「こいつら狂犬の親玉に会いに行くのさ。」


シェリルの言葉にざわつく村人達。それもそのはずであり、今まで恐れていた狂犬達が倒されたと思いきや、その狂犬達の親がいたと知れば、消えかけていた恐怖が再発するものだ。


「あいつら以上に恐ろしい奴が、まだ・・・!」

「・・・はぁ、もういい。自分で探す。」


村人達の中をかき分けながら前へと進んでいく。途中、肩を掴んできた者がいたが、シェリルが睨むとすぐに手を引っ込めて道を譲った。

村人達から離れ、狂犬達の足跡を頼りに進んでいく。しばらく進んでいくと、森の前にまで辿り着き、そこから足跡が無くなっていた。


「こっからは地道に歩き回って探すしかないな。」

「ま、待ってください!」


森の中へ入ろうとするシェリルを追いかけてきていた女の子が呼び止めた。女の子は杖をつきながらシェリルに近づき、服の袖を掴んでくる。


「ここまでついてきたのか?」

「はい・・・その、さっきは助けてくれてありがとうございました。村のみんなも本当は感謝していると思うんです・・・ただ、その・・・。」

「あの犬共よりも私が怖くなったって?」

「え?・・・はい。」

「君はどうしてついてきたの?」

「その、みんなが立ち入らない洞窟、私知ってるんです。だから、私が案内します。」

「それは助かるけど、どうなっても知らないよ?」

「・・・覚悟の上です。それに、私が死んでも、誰も気にしませんから。」


女の子は俯きながら呟いた。シェリルは何か抱え込んでいる雰囲気を漂わせている女の子から目を逸らし、森の中へと先に入っていく。

森の中は暗闇に包まれてはいるが、月明かりの光によって少し先までは見えている。洞窟までの道中、女の子は杖をつきながらシェリルの袖を掴んで歩いていた。


「・・・なぁ。」

「どうしたんですか?」

「君は・・・いや、やっぱりいい。」


女の子がさっき言っていた誰も気にしないという言葉の意味を聞こうとしたが、もう誰とも深く関わりたくないシェリルはすぐに出しかけていた言葉を飲み込み、前へ視線を戻す。

無言のまま歩き続けていくと、女の子が言っていた洞窟に辿り着いた。洞窟の中から香ってくる獣の臭いが鼻を突き、女の子は思わず手で口と鼻を抑える。

そんな女の子に目もくれず、シェリルは洞窟の中へと足を踏み入れていく。


「君はここで待っていろ。中を確認したらすぐに戻る。」

「・・・はい。」


女の子はまた俯いたまま首を縦に振った。暗い洞窟の奥にまで入っていくと、そこには大量の火が点いたロウソクに囲まれた中に立っている黒いマントを羽織った子供がいた。

その子供がシェリルの方に振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべ、マントを広げるとコウモリの羽へと変異した。


「犬の次はコウモリか。まぁ、どうでもいい。お前を殺してそれで・・・っ!?」


その時、シェリルの後頭部に強い衝撃と痛みが走った。フラフラとした足取りで壁にもたれかかり、自分が立っていた後ろの方を振り返ると、洞窟の前で待っていたはずの女の子が杖を両手で握り、シェリルを怯えた表情で見下ろしていた。


「はぁはぁ・・・これで、いいんだよね?ミーシャ?」

「ふふふ、よくやったわリサ。」


ミーシャは羽でリサを包み込むように抱きしめた。抱きしめられたリサは安心しきった表情で体をミーシャに預け、腕を背に回す。


「あなた、厄介屋でしょ?犬達から聞いたわ。すんごく強いんですってね!最近強い犬を仲間に出来なくて困ってたところだったの。そこでリサにあなたをここに連れてくるように指示したの。本当によくやったわリサ!」

「ねぇ、ミーシャ。これで私もミーシャの・・・!」


リサがミーシャの仲間にして欲しいと言いかけたところで、ミーシャがリサの口に指を当て、その言葉を言わせないようにする。


「駄目よ。何度も言ってるけど、リサは私の友達なのよ?友達を手下になんて出来ないわ。」

「・・・分かった。」

「ふふふ、いい子いい子。」


和気あいあいとする二人だったが、その様子を見ていたシェリルが吸いだしたタバコの煙でミーシャが恐ろしい表情でシェリルを睨みつけてくる。


「そんな臭い煙を私達の空間に吐き出さないで!!!」


ミーシャの目は吊り上がり、目の色は真っ黒に染まり、額には黒い毛が生えてきていた。


「ようやく本当の顔を見せたな・・・。」

「意識外から頭を殴られたのに、まだそんな軽口を言えるくらい意識があるんだ。なら、私の声で飛んじゃえ!」


ミーシャは深く息を吸い、吸い込んだ空気を一気にシェリルへ放出した。キーンという金属音が耳に響き、全身が声の響きに当たられてユラユラと揺れる感覚に襲われる。

声を浴び続けられたシェリルの耳にはキーンという音だけが聴こえ、手の平が痺れて震えていた。


「ははは!その手の震えでは剣も握れないでしょ!さぁ、大人しく私の手下になりなさい!」


ミーシャはリサから離れ、シェリルの首元へ口を大きく開いて襲い掛かった。シェリルは震える手を握り締め、近づいてきたミーシャの顎にアッパーを振りぬいた。

ミーシャの体は反り上がり、そこへ追い打ちの後ろ回し蹴りを顔面に当て、ミーシャの体が吹き飛んでいく。


「がはぁっ!?」

「ミーシャ!?」


ボーっとする視界のまま立ち上がろうとしたミーシャの前にシェリルが立ち、顔面を何度も踏みつけられる。

何度も何度も蹴られるミーシャの顔面は血まみれになり、その様子を見ていたリサはすっかり腰を抜かしていた。

最後に思いっきり振り下ろした蹴りを喰らったミーシャはぐったりと顔を地面に突っ伏せ、痙攣した足がジタバタと動いている。


「どうした?さっきまで威勢はどこにいったんだ?」


手の痺れが引いたシェリルは、剣を引き抜き、ミーシャの首に剣先を当てる。ミーシャは僅かに残った意識の中、何とか体を動かそうとしたが、その思いとは裏腹に体は思う通り動いてはくれない。

剣を振り上げたシェリルの姿に死を悟ったミーシャは悔しそうな表情を浮かべ、見下ろしているシェリルを睨んだ。

すると、勢いよくシェリルに飛び込んできたリサが、シェリルに抱き着いて止めに入る。


「リサ・・・!?」

「ミーシャ、逃げて!」

「けど・・・!」

「行って、早く!きゃっ!?」


シェリルが抱き着くリサを突き飛ばすと、リサの片方の足が外れてしまう。リサの片方の足は義足であった。更に、突き飛ばされて壁に頭を打ちつけたリサの頭から血が流れてくる。

リサの頭から流れる血を見たミーシャは、歯を噛み締めながら飛び起き、シェリルが自分を見ていない内に洞窟の外へと飛び立っていった。


「逃がすか!」

「ま、待って!!!」


後を追おうとしたシェリルをリサは自分が出せる精一杯の大声で引き留める。


「お願い!ミーシャを見逃してあげて!殺すなら私を殺してもいい!だからミーシャだけは・・・!」

「・・・私はこの村に仕事で来ているんだ。君の友人のような化け物を狩るために・・・君は、人間だ。」


それだけ言い残すと、シェリルは外へ逃げ出したミーシャの後を追いかけていく。








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