第16話

変異した女性の姿は最早人の姿ではなく、左右に腕が二本生え、髪には触手の様な目が生えた。


「随分良い男が目の前に、それも二人・・・ふふふ、美味しそう。」

「あいつ、一体何者だ・・・?」

「・・・恐らく、シシャ。」


女性はシシャという言葉にピクリと反応した。


「あら?赤毛のあなたは私達をご存じで?私はシシャ、サリヴァン。美の女神とお呼びになって。」

「美の女神だと?そんな姿で!」

「待て、レオ!」


ブラッドの制止する声を無視して、レオはサリヴァンに斬りかかった。刀が迫っているのにも関わらず、サリヴァンは身動き一つ取らず、不敵な笑みを溢す。

すると、不思議な事に刀がサリヴァンの目の前で止まる。


「何っ!?」

「ふふふ、血気盛んで可愛い。」


サリヴァンの指がレオのおでこにコツンと触れると、レオの体に突風の如き圧力が押し付けられ、そのまま壁にまで吹き飛ばされてしまう。


「がはぁっ・・・!?」

「レオ!」


ブラッドは刀を構え、サリヴァンの方へと振り返る。敵の情報が全くない状態で、レオの攻撃をどうやって防いだか、レオの体をどうやって吹き飛ばしたかも分からず、前へ踏み出せずにいた。


(どうする?あいつの力は底知れず、あのレオですら赤子のように扱われる始末だ!どう攻める、どう攻めたら・・・)


考えれば考える程、その場から一歩も動けなくなる。冷や汗を流すブラッドに、サリヴァンは唇に指を当てて笑みを浮かべた。


「くそっ!ウジウジ考えたって、動かなきゃ分からねぇだろうが!」


未だ迷う自信を鼓舞し、サリヴァンへと向かっていく。ブラッドは振り上げた刀をサリヴァンの頭部目掛けて勢いよく振り下ろした。が、やはり刀はサリヴァンの頭上で止まってしまい、どれだけ力を入れてもそれ以上振り下ろせない。


「ぐぐぅぅぅ!!!」

「二人揃って、本当に可愛い。」


サリヴァンはレオにしたように、指をブラッドのおでこへと触れにいく。


「がぁっ!?」


振り下ろせずにいたブラッドは、やけになって刀から手を離し、サリヴァンの顎を蹴り上げた。不思議な事に、ブラッドの蹴りは命中し、サリヴァンの顔が勢いよく上へと振り上がった。


(当たった!?)


自分の攻撃が当たった事を確認した後、ふとさっきまで握っていた刀を見ると、刀は持ち手がいなくなったにも関わらず、空中で静止していた。


(刀が地面に落ちていない・・・まさか、そう言う事か!)


サリヴァンの能力が分かったブラッドだったが、顔を前へと向き直したサリヴァンは、さっきまでの美しい顔から鬼のような形相へと変貌し、ブラッドの体を吹き飛ばした。

ブラッドの体はゴロゴロと地面を転がっていき、立っているだけでもやっとの状態なレオの足元で止まる。


「ブラッド!」


ブラッドの体を起こそうとした時、レオは気付いた。ブラッドの両腕がまるで強引に引きちぎられたように無くなっている事に。


「・・・レオ。」

「ブラッド!お、お前、腕が・・・!」

「レオ、耳を、貸せ・・・!」

「喋るな!今は両腕を止血するのが先決だ!」

「いいから、聞け・・・!」


痛みに耐えながらも、未だ闘志を無くしてはいないブラッドを見て、レオは耳をそっとブラッドの口に近付けた。


「奴には、目に見えない腕がある・・・目に見えている腕はただの飾りだ・・・受けてみて、確信した。」

「目に見えない・・・だが、どうやって・・・!」

「お前が奴の目を惹け・・・その隙に、俺が奴を・・・斬る・・・!」

「・・・そんな状態でやれるのか?」

「俺はまだ生きてる・・・なら、やれるさ!」


そう言うと、ブラッドは気を失ったかのように目を瞑った。レオはあたかもブラッドが死んだかのように悲しみ、サリヴァンへ怒りの形相で睨みつける。

刀を両手で握りしめ、サリヴァンへと走り出し、飛び上がって落下する勢いを利用してサリヴァンの頭上から斬りかかった。


「同じ事を何度も!!!」


サリヴァンは下半身から伸ばした触手でレオを捕らえ、体を締め上げていく。レオの体から骨が軋む音が響き、苦悶の表情を浮かべる。


「ぐっ、がぁぁぁぁ!!!」

「ふふふっ、何度も何度も同じような事しか出来ないなんて、頭の悪い所はあまり好きになれないわね。ねぇ、あなたは本当の暗闇を見た事はあるかしら?今から見せてあげる。」


サリヴァンが空中で締め上げているレオに手を当てる。すると、額に人の手が触れた感触をレオは感じた。

手の感触はゆっくりと舐め回すようにレオの顔を撫でていき、目の所で動きが止まり、突然レオの視界が痛みと共に暗闇に包まれる。


「うぁぁぁぁぁ!!?!」


目の奥から感じる激痛に叫び声を上げるレオ。そんなレオの叫び声をサリヴァンはうっとりとした表情でレオが苦しむ姿を鑑賞していた。


「どう?真の暗闇というのは、ただ闇が広がっているんじゃない。痛み、後悔、恐怖が永遠と感じ、自身の存在を消し去るほど広大で恐ろしく美しいものでしょ?」

「ぐぅぅぅ・・・なら、俺達からも教えてやる!本当の死ってやつを!!!」


レオは手から刀を落とし、駆けつけてきたブラッドが口で持ち手を噛み締めた。刀を口で持ったまま、ブラッドは体を捻るようにしてサリヴァンの胴体を斬りつけた。

少し遅れて斬られた事に気付いたサリヴァンは斬られた部位に目がいき、締め上げていた触手の力を緩めてしまう。触手の拘束から解き放たれたレオにブラッドが刀を投げ渡し、レオは落下しながら目の前にいるであろう自分が斬るべき相手に向けて刀を振り下ろした。

レオが振り下ろした一撃は命中し、サリヴァンの体は引き裂かれ、地面へと倒れていく。


「本当の死ってのは、案外呆気ないものだ・・・まぁ、聞こえちゃいないか。」


刀に付いた血を払い、刀を鞘に納めると、鞘で地面をついてブラッドの体を探す。


「・・・今突っついているのが、お前か?」

「・・・ああ、そうだよ。分かったら後頭部を突くのやめろ、段々腹が立ってきた。」

「ははっ、悪いな。あいにく、目をやられちまってな。」


ブラッドは鞘に噛みつき、そのまま体を引き上げてもらう。自分の無くなった両腕と、両目を失ったレオを見て、ブラッドは思わず笑い声を溢した。


「一人相手に二人揃ってボロボロになるなんてな。全く、こんな姿誰にも見せられねぇな。」

「ああ。それより、お前大丈夫か?」

「平気さ。少し視界がぼやけてるが、死にはしな―――っ!?」


すると突然、殺したはずのサリヴァンの体が破裂し、サリヴァンの血液が上空へと上がっていく。近くにいた二人にも血液は付着し、途端に心臓部に激痛が走る。

二人が悶え苦しんでいると、ブラッドの失くした両腕が再生し、レオの失くなった両目には、新たに黒い目が形成された。


「腕が・・・再生した?」

「・・・見える。さっきまで感じていた両目の痛みも消えている・・・。」


自らの変化に驚いている二人だったが、空中に舞い上がった血液が壁に開いている穴に入っていくのを見て、ブラッドは思いっきり飛び上がった。

すると、ブラッドの体は軽々と高く飛び上がり、かなり高い位置にあった穴に着地する。


「これは・・・今はそんな事を考えている暇なんかない!レオ!俺はこのサリヴァンの血液を追う!」

「どうする気だ!」

「自分で体感して分かったよ。あの血液が変異体や悪人に付着すれば、まずい事になる。俺は手当たり次第に血液が付着した連中を殺しに行く!」

「俺も行く!」

「あんたは厄介屋の仕事があるだろ!自分の仕事に専念するんだ!」

「おい待て!お前、今は一体何をしているんだ?」

「悪いな、それは言えない。だが、またいつか会うだろう。その時まで、さよならだ。」


そう言い残し、ブラッドは穴の先へと走り去っていった。







「その後、俺はいくつかの仕事でサリヴァンの血液に感染した異能体を殺してきた。かなりの数を狩ってきたはずだったが、まさか未だに存在するとは。」

「あんたの目って、初めからそんなんじゃなかったんだな?それにしたって、そのサリヴァンって奴、レオ相手に、しかもレオの弟をも相手にして圧倒するなんて、恐ろしい相手だったんだな。」


シェリルはベッドから起き上がり、棚に置いてあるタバコを手に取って部屋から出て行こうとする。


「どこへ行く?」

「見りゃ分かんだろ?おじさんの昔話に付き合わされてタバコ吸いたくなったんだよ。屋上に行ってくる。」


シェリルはダラリと手を振って部屋から出ていき、部屋にはレオとケイだけが残った。


「さてと、シェリルも元気になった事だし、俺は街に戻るよ。またな、レオ。」

「・・・。」

「ん?どうした?」

「・・・いや、何でもない。」


レオがシェリルの部屋に入る前、シェリルの身体検査をした医者から奇妙な事を聞かされていた。


『火傷を負った全身は、この病院に着く頃にはほぼ治りかけていたんですが、おかしなことに右手部分だけが火傷を負ったままなんです。それだけじゃなくて、その・・・生きているんです。あれだけ酷い火傷を負えば細胞やら血管やらは使い物にならないはずなんですが、まるで何ともなかったように右手が正常そのものなんです。』


「・・・まさか、な。」

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