2章 想いを糧に

第15話

今から10年前、レオは議会から調査の依頼を受け、北の雪原地帯に突如として出来た遺跡に向かっていた。雪原地帯は気温も低く、吹雪が常に吹き荒れていて、目の前の景色は真っ白に染められている。議会から送られてきた遺跡までの道のりが記されたデバイスを持っていたが、画面にはノイズが走り、使い物にならなくなっていた。


「とにかくこの吹雪から身を隠せる場所を見つけなければ。」


ここに来てから既に1時間が経ち、体は凍え上がっていた。体に感じていた寒さは増していき、針に刺された鋭い痛みが全身を蝕んでくる。この状態で変異体に遭遇すれば、まともに戦う事も出来ない。

しばらく歩き続けていると、レオの前にそびえ立つ山が現れた。おかしな事に、山には雪が積もっておらず、目の前の景色すら見えていなかったはずなのに、山の形がくっきりと見え、不気味な雰囲気を漂わせる黒い山であった。


「ただの山には見えないな・・・。」


レオは不思議に思いつつ、山の方へと歩いて行く。近くまで来ると、入り口と言わんばかりに、大きな穴が開いていた。

穴に入ると、先程まで感じていた寒さが嘘のように消え、山の中は外の吹雪の音が聴こえず、重苦しい無音に包まれた空間であった。

レオは小型のライトを点け、この空間の先を照らし出すと、かなり奥にまで道が続いてるようだ。


(これは何処まで続いているんだ?それにこの重苦しい感じは・・・行ってみるか。)


頼りない小さな光で暗闇の中を歩いて行くと、大きく開けた場所に出た。天井は先も見えぬほどの高さがあり、壁のあちらこちらにレオが入ってきた穴が無数に開いている。

そして、何よりも気になったのは、中央の地面に閉じた瞳の形をした何かがポツンと存在していた。

レオは中央にまで行き、その瞳に手を触れてみると、小さいが、確かに鼓動を感じた。鼓動の音は一つではなく、複数の鼓動を手の平で感じ、レオは少しだけ驚いた表情を浮かべる。


「驚いた・・・こいつ、いやこいつらは一体・・・。」

「・・・まさか、こんな所で再開するとは。」


無音の空間に、レオとは違う声が、この空間内から聞こえてくる。声は上からであり、レオが上を見上げると、上に開いてある穴の一つに一人の人影が立っていた。


「誰だ!」


影は穴から落ちていき、地上に着地すると、被っていたフードを下ろして顔を見せてきた。


「ブラッド・・・?」


その赤髪の男は、レオの弟であり、突如として消息を絶ったブラッドであった。


「久しぶりだな、レオ。」

「お前、何故ここに?」

「それはこっちの台詞だ。あんたがどうしてラズー族の遺跡、ラズヴェルに来たんだ?」

「遺跡?まさか、この山が議会が言っていた・・・。」

「その口ぶりからするに、議会の連中からの依頼か。相変わらず面倒事を見つけるのが早いこと。」

「お前はこの遺跡について何か知っているのか?」

「うむ・・・知るよりも、見た方が早いな。」


ブラッドはおもむろに手の平をナイフで傷つけ、傷から溢れてくる血を瞳に落とした。

すると、閉じていた瞳が開き、レオとブラッドを取り囲むように九つの棺が生えてくる。棺が開くと、中にはミイラ化した人間が手を合わせて眠っていた。

見ると、彼らは目玉をくり抜かれており、大きく開いた口には歯が一つも無い。


「こいつらはラズー族の巫女だ。彼らラズー族は闇の魔術を持った特殊な人間で、その力でシシャと呼ばれる存在を呼び出そうとした。だが彼らはことごとく失敗し、生き残ったのは九人だけとなった。残った彼らは闇の魔術を強めるため、こうやって暗闇に閉じこもった・・・生きたままな。」

「だが、これを見る限り、シシャとやらは呼び出せなかったようだな。」

「ああ。だがこいつらをこのままにしておいても危険だ。今までは自分達だけを犠牲にしていたが、外の世界に干渉するかもしれない。」


ブラッドは背中に背負う長い刀を抜き、眠る巫女達にトドメを刺そうとする。その間に割って入るようにレオはブラッドの前に立ち、腰に下げていた刀を抜く。


「こいつらがまだ俺達の世界に危害を加えるという確証は無い。それだというのに殺すのか?」

「可能性があるなら排除するべきだ。それに奴らが信仰しているシシャという存在は謎に包まれている。仮に魔術が成功してシシャが現れると、どんな災いが起きるか分からない。」


レオの言う事に一切耳を貸さないブラッドは、周囲を囲む棺の外側に出て、レオに向けて刀を構えた。ブラッドの表情には一切の迷いなく、目の前の自分の兄を斬ってでも巫女達を殺そうと決心した表情だ。そんなブラッドを見て、レオも棺の外側に立ち、刀を構える。

兄弟だからこそ、お互いの力や技術を知り尽くしている二人。二人が狙っているのはカウンターでの致命傷。そのため、自ら動く事なく、先に動き出すのを待ち続ける。

だが、お互いが同じ考えをしていたため、睨み合ったまま長い時間が流れた。数分、あるいは数時間であろうか、痺れを切らして飛び出そうとする自分を何度も抑えつけながら必死に待ち続ける。

すると、ブラッドの構えが変わり、前に構えていたのを今度は刀を肩に担ぐ形に構えだす。


(あの構え・・・来る!)


レオの予想通り、ブラッドは勢いよく飛び出し、レオに斬りかかってくる。レオはブラッドの一撃を刀で受け流して、無防備な所に刀を振り下ろそうとした。だが、勢いよく飛び出したブラッドの体はそのままレオの腹部に衝突し、体を吹き飛ばされてしまう。

体勢をくずしたレオに、ブラッドがトドメを刺そうと突きを放とうとした時、突然ハッと目を見開かせた。

体勢を戻したレオがブラッドに再び刀を構える頃には、ブラッドの目線はレオにではなく、横の方へと向けられていた。

レオもブラッドの視線を追うように視線を横に向けると、円状に生えている棺の中央に、いつの間にか白いドレスを着た女性が立っている。


「まずい!!!」


慌てた様子でブラッドが女性に斬りかかった。手応えはあったものの、ブラッドの胸騒ぎは更に高まり、額から大量の汗が流れてくる。

女性の斬られた場所から流れてくる黒い血が白いドレスを染め上げていく。女性はゆっくりと目を開くと、目には不思議な文字が浮かび上がっており、触れてもいないのにブラッドの体が壁にまで吹き飛んだ。


「ブラッド!!!」

「大丈夫だ!それより・・・!」


女性のドレスの下から血管の様な細い線が九人の巫女を覆い、女性の中へと飲み込まれていく。

嫌な予感を覚えたレオは女性から離れていき、ブラッドと隣り合わせに刀を構える。


「ブラッド、あれは一体何だ!?」

「術が成功したんだ・・・巫女達は、シシャを呼び出したんだ・・・!」


徐々に姿が変異していく女性は、自分を睨みつけてくるレオとブラッドを見て、笑みを溢し、ゆっくりと舌なめずりをした。

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