第12話

村に着いた二人は、早速ミルクウッドで何か不思議な生き物を見かけたかを聞きこんでみた。だが、村人から聞けたのは熊や不気味な鳴き声を発する鳥を見たという話ばかりで、肝心の猿の変異体の情報は手に入れられなかった。


「誰も見てないみたいだね。どうするシェリル?」

「情報が無いんじゃ仕方ない。本当なら場所や時間帯を知りたかったが、直接身に行くしかないようだな。」


シェリルは森の方へ目を向ける。森はまるでこちらの世界から遮断されているように思える程、木々が生い茂り、日光が差し込まない森の中は暗闇に包まれていた。

森から飛び立ってきた数羽のカラスの鳴き声が不気味な雰囲気を増し、アイザは身構えてしまう。

そんなアイザの肩にシェリルは手を置き、笑顔を向けた。


「そうビビる事ないよアイザ。傍に私がいるから。」

「・・・ありがとう。」


アイザはシェリルの背にくっつくように歩いて行き、森の中へと入っていく。森の中に入ると、やはり暗闇に覆われており、足元も見えない状態であった。

シェリルは持ってきていたライトをアイザに手渡し、先の方を照らしてもらいながら奥へと進んでいく。

進んでいくと、体の中にまで響いてくる低い鳴き声が暗闇の中から聞こえてくる。


「っ!?何の鳴き声・・・?」

「さぁね、目的の変異体なら手っ取り早くて助かるけど。」


やはりと言うべきか、こんな状況でもシェリルは冷静であった。すると、右の方から何か重い質量の生き物がこちらに近づいてきているのをシェリルは耳にする。

シェリルは剣を抜き、足音が聞こえてくる方へ視線を移す。


「アイザ、右の方に明かりを。」

「右?」


言われるがまま右にライトを当て、茂みの方へ明かりを照らした。足音はだんだん近づき、アイザの耳にも聞こえてくるほどであった。

近づいてくる何かに身震いするアイザだったが、手に持っていたライトを両手で強く握りしめ、足音が聞こえてくる茂みの方へ明かりを照らし続ける。


「・・・来た。」


照らされていた茂みから大きな熊が現れ、大きく振り上げた腕でシェリルに襲い掛かってきた。

シェリルは振り下ろしてきた熊の手を斬り落とし、そのまま熊の首を斬り落とした。

ドサリと大きな音を立てながら熊の体は地面に倒れ、首の断面から赤黒い血が流れてくる。


「おー・・・。」


アイザは一瞬の内に巨大な熊を倒したシェリルの手腕に思わず声を漏らした。対して、シェリルの方は目的の変異体ではないため、どこか不満げな表情を浮かべている。


「なんだ、ただの熊か。」

「いや、熊相手に圧勝できるのは凄いよ。」

「鍛えれば誰だってやれるさ。というわけで、先に進むぞ。」

「うん・・・ねぇ、素手でも勝てるの?」

「ああ。」

「おぉー・・・。」


少しだけ雰囲気が和み、森の暗闇にも慣れてきたアイザは、シェリルからほんの少しだけ離れて歩き始めていた。


「ねぇシェリル。シェリルが初めて受けた仕事ってどんなのだったの?」

「初めてか・・・確か、鳥の変異体だったかな?中々地上に下りて来なくて、痺れを切らして木に登ってそいつの背に乗って戦ったな。倒したには倒したけど、服に羽がたくさんくっついて、取るのに苦労したよ。」

「倒すのには苦労しなかったんだ・・・。」


会話を楽しんでいると、再びどこからか足音が近づいてくるのを耳にする。今度は熊のように重い音でなく、人が歩いているような軽い音であった。


「誰かこの森にいるな。私達以外の人間が。」

「村の人かな?」

「今は誰も近づいてないって言ってたはずだ。となれば、間違って森に入った遭難者か、あるいは・・・。」


足音はどんどん二人に近寄り、アイザは足音がする方向にライトを当て、シェリルは手に持っている剣を握り締める。

足元の主がライトの明かりに照らされると、シェリルにはその人物に見覚えがった。


「シェリル・・・!」

「お前、ケイか!」


シェリルがケイと呼ぶ無精髭の男は、ロンドとは別のメイルズという街の厄介屋に所属している同業者であった。


「お前がここにいるって事は、猿の変異体の討伐に来たんだな。」

「ああ。ケイ、お前もか?」

「まぁな。話し声が聞こえてくるから、一般人が迷い込んじまったと思ったが、まさかお前だとはな。そっちの子は?」


ケイはシェリルの後ろに隠れているアイザに近寄ろうとすると、ライトの明かりを目に当てられてしまう。


「眩し!?だ、大丈夫だから!おじさん何もしないから!」

「その顔じゃ怖がられるに決まってるだろ、おっさん。」

「これでも俺は子持ちで、子供からは愛されてるんだぞ!」

「え・・・ケイ、さん。子供がいるんですか?」

「ん?ああ。まぁ、本当の子じゃないけどな。」

「本当の子じゃないって、どういう事ですか?」

「それはな・・・ん?」


突然、ケイとシェリルの耳に、こちらの方へ木が揺れ動いてきている音が聴こえてくる。森の中は風も通っておらず、微かに血生臭いものが鼻をつく。


「シェリル、来るぞ。」

「ああ、今度こそお目当ての相手だ。」


アイザは二人が見ている方へとライトの明かりを向けると、遠くの方から木々をつたってこちらに向かってくる大柄な影が見える。影は大きく上に跳ね上がり、木の上へと姿を隠してしまう。

三人の頭上で大型の生物が木々を渡っている音が聴こえてくる。ケイは背に担いでいたクロスボウを取り、マガジンを入れて、頭上の木々に連続で撃ち込んでいく。

撃ち込んでいた内の一発が頭上にいる生き物に当たり、その生き物は下に落ちてくる。

三人は瞬時に避け、アイザは落下してきた生き物に明かりを当てた。照らし出されたソレは先程の熊よりも大きく、黒い体毛から見える青白い肌が気味の悪さに拍車をかけた。


「アイザ!少し離れてろ!いいか、絶対にライトを落とすなよ?」


シェリルの言われた通りにアイザは木の後ろに隠れ、持っていたライトを強く握りしめる。

起き上がった変異体は、資料で見たよりも大きく見え、暗闇でも光る赤い目でシェリルとケイを睨みつけた。


「ヒト・・・クイモン・・・ニク・・・!」


二人を見た変異体は大きな口でニヤリと笑い、腕を広げた。ケイはクロスボウを背にしまい、腰にある二つの短刀を構え、シェリルは笑みを溢しながら剣を構える。


「気をつけろシェリル。あの腕で殴りつけられたら一巻の終わりだぞ。」

「ふっ、最近は手応えの無い奴ばっかだったからな。楽しんでいこうぜ、ケイ!」


雄たけびを上げながら変異体は大きく腕を振り、それを跳んで躱したシェリルは、上から変異体に斬りかかる。

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