第11話

「だから駄目だって!」

「駄目じゃない!やるったらやる!」


シェリルとアイザの共同生活が始まって一か月が経った。この一か月、シェリルが仕事から帰ってくるたびに自分も協力したいと懇願するアイザにシェリルは頭を悩ませていた。


「言っちゃ悪いけど、アイザは力も無いし、喧嘩すらした事も無いだろ?そんなんじゃ連れてけないし、はっきり言って邪魔だよ!」

「ぐ~!私だってこの一か月、筋トレを頑張って力がついたもん!」

「それじゃあ試すか!?腕相撲だ!」

「よーし!一か月の成果見せてあげる!」


二人はテーブルの上で手を握り、腕相撲を始めた。結果は十回ともシェリルの圧勝だった。最後の方はシェリルの手がテーブルに付くか付かないかの所から始まったが、一瞬の内にアイザの手がテーブルに激突した。


「なぁ・・・そろそろ機嫌直してくれよアイザ。」

「・・・痛かった。」


アイザは完膚なきまでに叩き潰された所為で、完全に塞ぎこんでしまい、部屋の隅に縮こまっていた。


「とりあえずご飯食べよっか!今日は一体何を作ってくれたんだい?」


するとアイザは嬉々として立ち上がり、キッチンの方へ小走りに向かっていった。鍋から自分が作った料理を配膳し、テーブルの上に並べていく。


「今日は牛肉100%のハンバーグにデミグラスソースをかけ、更にハンバーグの中にチーズを仕込んでみました。それだけでなく!ここにあるパンは私が焼き上げた手作りフワフワパンです!」


自信満々に料理を説明するアイザ。自信満々なだけはあり、ハンバーグから浮き上がる湯気から食欲をそそる香りが脳にまで響き、料理を前にしたシェリルの開いた口からは涎が出ていた。


「毎度毎度美味しそうだ!アイザと出会う前まではインスタント食品ばかりで、こういう味のある料理は口にしてなかったんだ!」

「ほんとだよ・・・よくあんな味の無い物ばかり食べてたね。」

「腹が膨らめば何でも良かったんだ。だけど今はアイザの料理が楽しみの一つになってるよ!」


満面の笑みを浮かべながら、ナイフでハンバーグを切ると、中から肉汁と共にとろけるチーズが溢れてくる。シェリルは切り取ったハンバーグをフォークで刺し、ゆっくりと口に運んでいく、

すると突然、口に運ぼうとするシェリルの手をアイザが掴んでくる。困惑するシェリルにアイザはニッコリとした表情を浮かばせながら耳元に顔を近付けた。


「ねぇ、シェリル。私の料理美味しいそうでしょ?」

「え?あ、うん。アイザの料理は私の楽しみだし・・・早く食べたいんだけど?」

「そんな楽しみの一つが一日に一回、酷い時は一週間に一回だけなんて、そんなのあんまりじゃない?」

「あー、そうだね・・・アイザ?」

「私を仕事に連れて行けば、いつでも私の手料理が食べられるわよ。」


妙に色気づいたアイザのその言葉に、シェリルの全身に電流が走った。


(こんな美味い飯が・・・いつでも・・・!)


「さぁ、どうする?」


歯を強く噛み締め、誘惑してくるアイザの提案に必死に抵抗する。


「私は・・・私は、誘惑なんかに屈しないぞ!アイザ!」







次の日、仕事の内容を聞きにきたシェリルだったが、部屋に入ってきてからレオに睨まれていた。


「・・・おいシェリル。お前にくっついているそれは何だ?」


レオが呆れた表情でシェリルにくっついているアイザの説明を求めた。


「・・・私の、相棒・・・料理担当の。」


先日、誘惑に屈したシェリルはアイザの要求を呑み、仕事に連れて行く約束を取り付けられていた。


「馬鹿かお前は!?お前の仕事はピクニックじゃないんだぞ!!」

「レオ、あんたには分からないさ!あんなのを前にして屈しない奴なんていない!」

「だからといって仕事に一般人を連れていくな!」


レオの言う事はもっともで、シェリルの胸にグサリと突き刺さる。呆れ果てたレオは頭を抱え、大きく溜め息を吐いた。


「・・・はぁ、まぁいい。そこの荷物はお前が責任を持って守る事だな。」


レオは机の引き出しから今回の依頼について書かれてある書類を取り出し、机の上に置いた。


「今回の依頼はミルクウッドという森で確認された変異体の討伐だ。はっきりとした情報は無いが、変異体は巨大な猿の姿をしている。」


書類を手に取り、シェリルとアイザが目を通していくと、猿の変異体の外見が描かれてある絵を目にする。

体長は3m近くあり、肌は青白く、それを覆うように黒い毛が生え、大きく開かれた口から見える鋭い歯と赤く染まった目が印象に残った。


「いいか?今回は同伴者もいる。今までと同じように好き勝手動けない事を理解した上でこなせ。」

「オーケー、終わったら連絡するよ。アイザ、行くぞ。」

「う、うん。」


二人は店から出ていき、少し歩いた場所にある駅からミルクウッドの近くの村にまで行ける電車に乗り込んだ。電車の中は二人以外に乗客はおらず、電車の走る音が車内を響き渡っている。

電車はロンドから離れ、大きく広がる美しい湖が窓から見える。アイザは外に見える湖の美しい風景を見向きもせず、隣で目をつぶるシェリルの横顔を眺めていた。


(シェリル、無理を言ってごめんね。でもね、私はシェリルと一秒でも傍にいたいの。あの時救ってもらってからずっと・・・どうしてかは分からない。恋心だけで説明できる物でもない、もっと深く・・・もっと黒い何かが、私の中にあるからかな・・・。)


「・・・アイザ。」

「え・・・?」


気付くと、シェリルがアイザのすぐ近くまで顔を近付けていた。


「大丈夫か?ボーっとして。」

「・・・うん、大丈夫だから。」


アイザはニッコリと笑みを浮かべた。そんなアイザの笑顔に、シェリルは言い得ぬ恐ろしさを感じ、無意識的に右手を握り締めていた。





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