第10話

仕事を終え、シェリルは帰路についていた。歯応えの無い仕事だったため、物足りなさを感じながらタバコを吸っていると、携帯から着信音が鳴る。着信主はレオからであった。


「レオか?今仕事を終えて帰ってるところだ。ちゃんと事後処理もやっといたぞ?」

『そうか、意外と早く終わったな。』

「私もさ。それで、何の用だ?追加の仕事か?」

『いや、お前の剣についてで話があってな、新しいのを欲しくないか?』

「クリスマスならとっくの前に終わってるぞ。それに今のままでも十分使える。あんたの好意には悪いが・・・」


突然、激しい衝撃と共にシェリルの視界がぐるぐると回り出した。車は何度も回転した後に止まり、フロントから見える黒い煙を見て何が起きたか理解したシェリルは、怒りに身を任せてドアを蹴っ飛ばして外に出る。

それに続くようにシェリルが乗っていた車を横から追突してきた大型の車からネムレスが降りてきた。


「よぉ!久しぶりって訳でもねぇよな!」

「ネムレス!てめぇ私の車をぶっ壊しやがって!」


二人の距離がどんどん縮まっていき、先に手を出したのはシェリルだった。シェリルは大雑把な右ストレートを放つが、ネムレスはひらりと躱し、シェリルの背中を蹴飛ばす。

それが更にシェリルの怒りを沸騰させ、後ろを振り向くと同時に裏拳を放つが、それもネムレスは腕で防ぐ。しかし、シェリルが放った裏拳はガードを吹き飛ばし、隙だらけとなったネムレスの腹部に蹴りを入れた。

吹っ飛ばされたネムレスであったが、すぐに飛び起き、蹴られた腹部を手で払う。


「この脳筋野郎、ブーツの裏側汚すぎだろ。服に汚れがついちまったよ・・・。」

「ネムレス!お前は議会に連行されたはずだ!」

「議会の下っ端も廃れたもんだ。少し挑発したら隙を見せてくれた。後は・・・分かるだろ?」

「いいさ・・・今度は私の手でぶち殺してやる!!」

「やれるもんならやってみな!」


再び二人は衝突し、至近距離で壮絶な攻防を繰り出す。シェリルはネムレスに攻撃を当てたいが完璧に対処され、逆にネムレスはカウンターで攻撃を当てたいが、シェリルの底無しの体力から繰り出される連撃に中々隙を見つけられずにいた。

するとネムレスは、わざとシェリルの蹴りを脇腹でくらい、そのまま足を掴んで関節技に持ち込んだ。

シェリルの右足は完璧に極められ、激痛で顔が歪められていく。一方ネムレスの方も脇腹の骨にヒビが入ったらしく、シェリルの足を絞める度に脇腹に激痛が走り、ネムレスもまた苦痛の表情を浮かべていた。


「お、おい!ギブアップだろ!?」

「ば、馬鹿言うな!てめぇこそ、さっきの蹴りで脇がイカれただろ!」


我慢比べが続き、先にネムレスの方が根を上げ、激痛に耐えかねて締めていた力を緩めてしまう。その隙を見逃さなかったシェリルは、強引に関節技を解き、マウントを取って殴りかかろうとする。ネムレスは両足でシェリルを蹴飛ばし、自分の上からシェリルを離し、すぐさま立ち上がる。

シェリルは右足が痛み、ネムレスは脇から激痛が走り、二人は手を出す事なく、荒れた息を吐きながら睨み合っていた。


「まだ・・・やれるぞ!」

「ははは・・・こっちはクタクタだよ。決着は次に持ち込むとしよう。」


するとネムレスは小型の球体状の機械をシェリルに投げ、シェリルの目の前で機械が眩い光を放った。視界が白く染まり、しばらくして視界が回復するとネムレスの姿はもう無かった。どうやら視界を奪われていた隙に逃げられてしまったようだ。


「逃げられた・・・くそっ!」


自分と同等の強さを持ちながら、平気で逃げ出すネムレスに腹が立った。シェリルは最早使い物にならない車に八つ当たりをし、怒りを発散する。だが、どれだけ八つ当たりをしても、ネムレスの姿が頭をよぎり、怒りの炎に油が注ぎ続けられていた。

シェリルは怒りで我を忘れる自分に呆れ果て、スクラップになった車に背をつきながらその場に座り込んだ。

しばらくその場に座り込んでいると、シェリルは無意識の内に自宅に電話を掛けていた。


『・・・もしもし。』

「アイザか?私だ、シェリルだよ・・・その・・・楽しくやってるか?」

『一人なのに楽しい訳ないよ・・・。』

「だよね・・・。」

『・・・ねぇシェリル、仕事は上手くいってるの?』

「ん?あ~、上手くいったさ。お陰で髪はボサボサ、服はボロボロ、オマケに昨日手に入れた車はスクラップに変わり果てたよ・・・。」

『あんまり上手くいってるようには聞こえないけど・・・。』

「それもそうだな。」


アイザと話し、あれだけ燃え盛っていた怒りの炎が小さくなっていき、ここにいないはずなのに、アイザがシェリルの心を包み込んでいるようであった。


「さて、これから帰るよ。」

『うん、気を付けてね。』

「ああ、それじゃ。」

『あ、待ってシェリル!』

「ん?どうしたの?」

『・・・待ってるから。シェリルが帰ってくるのを。』

「・・・ありがとう。」


電話を切り、立ち上がったシェリルは空を見上げた。雲に覆われていた空はすっかり晴れ、温かい陽光がシェリルを照らす。


「帰る場所に誰かがいる、か・・・私も幸せになったもんだ。」


自分の家に誰かが待っている事に嬉しさを隠しきれないシェリルは、痛めた右足の痛みなどとうに忘れ、アイザが待つ自宅へと走り出した。


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