第8話

アイザが目を覚ますと、すっかり日が暮れ、部屋の中は暗闇に包まれていた。体を起き上がらせ、壁に手をついて電気のスイッチを押す。明かりが部屋の中を照らし出し、キッチンの冷蔵庫の前で仰向けに倒れているシェリルを見つけた。


「嘘っ!?シェリル!」


慌ててシェリルの元に走り出すアイザだったが、床に転がっていたコーラ缶を踏んで足を滑らせ、前に飛び込む形でシェリルの体に落ちていく。


「おぼあぁぁ!!!」


いきなりの衝撃に目を覚ましたシェリルは、野太い声を上げた。シェリルに馬乗りの状態になっているアイザは、シェリルの苦しむ表情に動揺して、肩を激しく揺さぶる。


「大丈夫!?シェリル!」

「だ、大丈夫!大丈夫だから!」


取り乱したアイザを落ち着かせ、二人はテーブルに向かい合わせに座って缶コーラを飲む。先程までの行動でアイザは少し落ち込んでいるようだ。


「いやぁ、私よく床で寝るからさ、アイザをびっくりさせちゃったね?」

「・・・ほんとごめん。」

「いいって、いいって!それよりさ、明日の事で話があるんだけど。私、仕事で三日ほど遠出してくるから、その間留守番を頼みたいんだ。」

「うん、分かった・・・え、留守番?」

「そう・・・え?」


お互い考えている事が違うようで、二人は硬直したまま、部屋に置いてある時計の針だけが動いていた。

しばらくして先に口を開いたのはアイザの方であった。


「え、私も連れて行かないの?」

「連れて行くって・・・なんで?」


シェリルの言葉に再び困惑するアイザは、一度コーラを一口飲み、シェリルの方へ身を乗り出した。


「私はシェリルの相棒でしょ!」


いきなり顔を近づかせてきたアイザにシェリルは少し身を引くが、すぐにアイザの両頬に手を当てて、自分からアイザの顔を離しながらアイザの問いに答えた。


「レオに言ったのは冗談だよ。危険な場所にアイザを連れていく事は出来ない。」


アイザは自分から離そうとするシェリルの手を掴んで、強引にもう一度シェリルの顔に自分の顔を近づかせる。


「危険なのは分かってる!けど、私はシェリルに助けられたんだから、今度は私がシェリルを助けたいの!」

「その気持ちだけで大丈夫だから!」

「気持ちも行動も受け止めて!」


顔を引き離されたり、近づいたりとアイザとシェリルの根競べが始まり、僅差でアイザの熱量が勝り、シェリルの手をすり抜けてアイザのおでことシェリルのおでこが重なり合う。

至近距離で見るシェリルの瞳に魅了されながら、アイザは自分の想いをシェリルに打ち明けた。


「わ、私は!何も出来ないかもしれない!けど、このままずっと助けられてるままじゃ嫌なの!」

「アイザ・・・はぁ、とりあえず離れて。」

「嫌だ、もう少しこのまま。」

「それじゃこのままで話すね。私達は基本、一人で仕事をするんだ。どうしてか分かる?」

「・・・分からない。」

「変異体は擬態する。という事は、一緒に仕事をする奴に擬態する可能性もあるんだ。今アイザの目に映る私は、一体誰なんだい?」

「誰って、シェリルはシェリルでしょ?」

「どうして私をシェリルだと確信できるの?」


シェリルの問いに答えられず戸惑っていると、突然シェリルがアイザの頭を掴み、テーブルに叩きつけて抑え込む。そして懐に隠していたナイフを取り出し、アイザの顔のすぐ真横に振り下ろした。


「っ!?」

「アイザ、私はね、変異体を殺す為なら手段を選ばないの。変異体との対峙の際は、本物の可能性があっても殺す。」


テーブルにナイフを突き刺したまま、アイザが座っていた椅子にアイザを突き飛ばす。すっかり怯え上がったアイザの目には、先程までの優しかったシェリルの姿は無く、光の無い黒く淀んだ目から殺気を感じ取った。

目の前のシェリルの目に恐怖と突き放された悲しさでアイザは涙を流し、風呂場の方へと逃げて行った。

一人取り残されたシェリルは自分のコーラを一気飲みし、中身が無くなった缶を握り潰して、壁に投げつけた。


「くそっ・・・何やってんだよ・・・。」


シェリルは危険に晒したくない一心で怖がらせたが、強引すぎる自分のやり方にイライラしていた。


「どうしてこんなに不器用なんだ私は。もっと他に・・・こんな事なら、あの時アイザを連れて来なければ・・・っ!」


無意識に発した自分の言葉に怒りが爆発し、テーブルに刺さっているナイフを抜き取り、自分の左手の手の平に突き刺した。

怒りで痛みは感じておらず、怒りに身を任せて自分の手の平にナイフを突き刺した自分自身に酷く呆れた。


「何やってんだ・・・こんな事をしてもアイザにした事を無かった事になんか出来ないのに・・・。」


手の平からナイフを抜き取り、穴が開いた手の平を見る。冷静になったせいで、手の平からはジンジンと痛みを感じ、穴から流れてくる血を舐めとって自分の体に帰した。


「・・・寝よ。」


手の平の傷を塞がず、テーブルに足を乗せて椅子に座ったまま眠りについた。


その日、シェリルは夢を見た。見た事もない場所で、自分と似ているもう一人の自分はとても大きな大剣を背負っていた。灰色だった髪は黒く染まっており、瞳は赤く染まっていた。。

すると、後ろからシェリルの名を呼ぶ少女の声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、太陽の輝きで顔がよく見えなかったが、その少女はシェリルにとって、何者にも得難い存在である感覚を感じた。それと同じく、自分はその少女から離れられない、見えない鎖で繋がれている風に思えた。

次の瞬間、目の前の少女が消え、空に見えた太陽は黒く染まり、辺りは暗闇に染まる。少女が消えた事により、少女と繋がっていた鎖が断ち切られる音が聞こえ、もう一人の自分の姿は見る見るうちに異形の怪物へと変異していく。その姿は禍々しく、とても悲しそうに見えた。


そこでその夢は終わり、シェリルは眠りから覚める。見ると、シェリルの上には毛布が掛けられており、左手には布が巻きつけられている。席を立ち、ソファの方へ行くと、アイザが眠っていた。眠っているというのに、閉じた瞼から涙が零れている。


「アイザ・・・。」


シェリルは寝ているアイザにそっと毛布を被せ、涙をそっと拭う。


「ごめん・・・行ってくるよ。」


クローゼットから黒いコートを取り、剣を持って家から出ていく。外へ出ると、丁度日が昇り始めており、眩い光がシェリルを包み込む。








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