第7話

朝を迎え、シェリル達を乗せた船は、目的地であるロンドに到着した。

シェリルは捕まえたネムレスを警察に引き渡すために、ネムレスを車いすに縛り、船から下りていく。


「おいおい、何もここまでやる必要ないだろ?」

「あるに決まってるじゃない。」

「だからって、車いすに縛り付けることはないだろ。これじゃあまるで凶悪犯罪者の護送じゃないか。」

「間違ってないだろ。とにかくお前を警察に引き渡すまでこれで行かせてもらう。」

「あーあ、お前に殴られた顔面がヒリヒリするよ。」

「私の腹をぶち抜いたくせによく言うよ。」


シェリルは車いすを押していき、受け渡し場所にまで行く。

そこには20人程の黒いスーツを着た男たちが待ち構え、数台の黒塗りの車が道を塞いでいた。


「警察・・・って雰囲気じゃないな。」

「ちっ、議会の連中か。」

「あんた、議会に目を付けられる程なのか?」

「そんなはずはないんだがな。ただ連中のお偉いさんを殺しただけさ。」

「議会に手を出すなんて、どうかしてるよ。」


すると、一人の男がシェリル達に近づいてくる。男の右手は不自然に開かれており、腰に銃を隠しているのが分かった。


「ご協力感謝します。その男は我々が引き取ります。」

「そうかい、じゃあさっさと持ってってくれ。」

「それでは。」


男が車いすに手を掛けようとしたとき、シェリルが男の手を掴む。


「ちょっと待った。」

「・・・どういうことですか?」

「善意でこいつを引き渡そうとしたが、見返りが欲しくなった。」


シェリルは、男達が乗ってきた黒い車を指差す。


「あれと交換だ。」

「おいおい!俺の価値は車程度なのか?」


自分の交渉価値が高級車程度だった事に少しだけ傷ついたネムレス。男はよろこんで、シェリルの要求を承諾した。


「決まりね。」


シェリルはネムレスの身柄を男たちに渡し、車の鍵を受け取る。


「とんだ一儲けね。さよなら、ネムレス。過去も名前も無い殺人鬼。」

「・・・次に会う時は必ず殺すからな。それまでもう少し強くなっておけ。」


男達は車いすを押していき、ネムレスを車いすに縛ったまま車の中に入れて去っていく。


「シェリル、終わったの?」

「ああ、終わったよ。さぁ、私達も行こうか。こいつで。」


先程貰った車の鍵を回しながら、ドアのロックを解除する。


「これシェリルの?」

「今日からね。」

二人は車に乗り、まずはシェリルが所属する厄介屋の拠点に向かう。

車を走らせていると、突然雨が降り始めてきた。


「雨、降ってきたね。とりあえず私の店に向かうよ。」

「シェリルの所?」

「そそ。報告しなきゃいけなくてね。」


反対側を通りすぎていく車一つ一つに目が向き、歩道では傘を持った人や雨から逃れるために雨宿りをしている人もいた。

そんな風景の中、周りの建物が霞む程、天高く上に伸びた建物に目がいき、アイザは興味を持った。


「シェリル、あのタワーは何?」

「あれはドミネーションタワー。議会の連中が出入りしている場所さ。」

「議会?」

「裏の世界の親玉みたいなもんさ。議会の連中がこの街の流れやら階級を決める。それと厄介屋に変異体の駆除を依頼するのも議会だ。」

「シェリルは会ったことあるの?」

「ない。噂じゃ議会のお偉いさんは6人で、全員90超えた老人達らしい。ま、ネムレスが言ってた事が本当なら、もう違う奴に入れ替わってるかもな。」

「噂って事は、誰も議会の人達を見たことないの?」

「ああ。部下の連中でさえも知らんらしい。だが権力があるのは確かで、みんなそれを嫌ってる。」

「それじゃあ・・・議会の人達は悪者ってこと?」

「まぁ奴らがやった事全部がいい事とは思わないけど、それでも奴らがいるお陰でこの街は動き続けている。必要悪って奴かもな。」

「シェリルはどう思ってるの?」

「別に興味ないね。」


しばらく走らせて行くと、シェリルが所属する厄介屋の店の前に着いた。


「アイザ、店に入る前に一つだけ約束して。レオの目は絶対に見ない事、レオに聞かれた事には私が返す。」

「どうして?」

「レオは人の真偽を見通す男だ。嘘がバレたらまずい事になる。」

「まずい事?」

「前に言ったように、変異体の存在は限られた者以外の人には知られてはいけない。変異体がいた痕跡は消去するのが決まりなんだ。つまり、本来であれば変異体の存在を知っているアイザは存在してはいけないんだ。最悪・・・殺されるかもしれない。」

「・・・うん、分かった。」

「大丈夫、私が上手く話しをつけるから。」


アイザは車から降りて、シェリルにくっつくように歩き、店の中に入っていく。

店内を照らす薄暗い照明、席は一人用の背もたれがないカウンター席が6つ並べられ、その向かい側に一人の落ち着いた雰囲気の女性が佇んでいた。


「お帰りなさいシェリル。」

「ただいまレディ。」

「・・・今日はお連れの方がいるんですね。」

「まあね。レオは今どこに?」


すると、レディの後ろにある扉が開き、白髪交じりの髪でサングラスを掛けたレオが出てくる。


「戻ったか。」


するとレオはシェリルの後ろに隠れていたアイザを見つけ、一気に機嫌が悪くなった。


「何だそれは。」

「あ?彼女は私の相棒だ。」

「相棒?相棒はいらないんじゃなかったのか?」

「気が変わったんだ。」

「そうか・・・で?どこから拾って来たんだ。」

「拾ってきただなんて言い方ないだろ。」


レオがサングラスを取ると、彼の瞳には白い部分ですら黒く染まっており、無機質な真っ黒の目がシェリルを睨んでくる。


「答えろ。いつ、どこでその女に会った。」

「仕事帰りに会ったんだ。家を飛び出して行き場も無いらしくて、私と一緒に来ることになった。」

「嘘だな。」

「嘘なんてついちゃいない。」

「なら、何故その女を隠す。もっと顔を見せてみろ。」

「初めての場所で緊張してるだけだ。それにあんたの怖い顔にもな。」

「いいからそこをどけ。」


無理矢理アイザを前に出そうと掴みかかろうとするレオに剣を向ける。


「・・・育て親に剣を向けるのか。」

「前はいつも向けてただろ?」

「なら、再教育が必要だな。」


無言で睨み合う二人。そこに割って入るようにレディが声を掛ける。


「二人共、店の中では喧嘩しないでください。やるなら外で。」

「すまんな、レディ。」

「喧嘩なんてしないよ、レディ・・・今はね。」


男はサングラスをかけ、シェリル達から離れ、シェリルはレオに向けていた剣をしまう。


「お嬢さん。少しシェリルを借りるぞ?」

「は、はい・・・。」


レオはシェリルに裏に来るように首を振り、それに従ってシェリルは裏のレオの部屋に入っていく。


「で?調査の結果は。」

「あんたの言った通りだったよ。アッシュは調査活動中に標的に殺されていた。」

「それで標的は?」

「殺したよ。痕跡も全て消去した。」

「そうか、ご苦労。」


机から報酬が入った袋を取り出し、シェリルの前に出す。報酬を受け取ろうとしたが、直前でレオに取り上げられてしまう。


「・・・なんだよ。」

「何故あの女を相棒に?」

「私と同じ花が好きだったんだ。」

「たったそれだけか・・・ふっ、まぁいい。ほら。」


今度こそ報酬が入った袋、そして携帯電話を二つ投げ渡された。


「今時携帯も無いのは不便だろう。もう一つは、あの娘に渡しとけ。」

「貰える物は貰っとくよ。報告したことだし、私は帰るよ。」

「・・・シェリル!」


シェリルが部屋から出ようとドアノブに手を掛けた時、レオに呼び止められる。


「何をしようがお前の勝手だが、隠すなら慎重に行動しろ。お前はただでさえ嘘が下手くそなんだからな。」

「分かってるよ。それじゃあ仕事があったら連絡頂戴。」


店から出ると、外で停めていた車の車内で俯いているアイザがいた。

シェリルは車に乗り、車のエンジンをかける。


「シェリル、大丈夫だった?」

「・・・次からはもっと上手く嘘をつくように努力するよ。さぁ、家に行こう。もう今日やるべき事は終わった。」


シェリルは自宅へと車を走らせる。

二人の間に会話はなく、ラジオから流れる音楽が車内に響き渡る。

20分程たち、シェリルの自宅に到着する。シェリルは自宅の鍵を開け、家へと入っていく。

部屋の中は殺風景で、クローゼットには黒いコートが数着に、黒いシャツや黒いジーンズが掛けられている。リビングのテーブルの上にはカートンのタバコに、山のように灰皿の上に盛られた吸い殻。冷蔵庫を開けると、コーラにコーヒー、それと手榴弾が入っていた。


「狭くて何もないけどゆっくりしてて。私はちょっと買い物に行ってくる。」


そう言い残して、シェリルは家から出ていき、一人残されたアイザはソファに横になる。


(また何も出来なかった。けど、シェリルの相棒になればきっと何かの役に立てるはず。)


「シェリル・・・私、頑張るよ。」


ソファに置かれていたシェリルのシャツを抱きしめて、目を閉じて眠りに落ちていく。

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