第6話

気を失っていたアイザの意識が目覚め始める。


(・・・何が、起きたの?)


ぼんやりとする視界が段々と回復していき、意識を取り戻したアイザは、目の前の光景に驚く。

目の前には頭から血を流したロジャーが、虚ろな目で自分を見ている。ロジャーの方へ駆け寄ろうとしたが、まったく身動きがとれなかった。アイザは自分の体が椅子に縛られ、口に布を巻き付けられて言葉を発することが出来ないことに気付く。


「やっと目を覚ましましたか。」


男はアイザの背後からそっと肩に手を置き、耳元で囁く。


(誰!?)


男は乱れたアイザの髪を整える。


「驚かせてすまない。本当は子供相手に乱暴な事はしないが、どうしても君が必要だったんだ。」


(必要?何を言ってるの?)


「これで良し。綺麗な黒髪ですね。さぁ。彼女が目を覚ましたところで始めましょうか!」


男はロジャーとアイザの間に小さなテーブルを置く。


「君達には申し訳ないと思っているよ。けど仕方ない事なんだ。あの死体を見てしまったんだから。」


「「———ッ!!??!」」


(この人が殺したの!?)


「口封じのため、君達を殺そうと思ったんだが。」


男は椅子に座り、タバコに火をつける。


「気が変わったんだ。」


男は懐からリボルバーを取り出し、テーブルの上に置く。男がこれから何をするのか全く予想出来てはいなかったが、これから嫌な事が起きるという事だけは二人には理解出来た。


「偶然現場を見てしまった君達を殺すのは理不尽だと思ってね。ここは公平にゲームで決めよう。」

「ルールは、今からこの銃に一発だけ弾を入れた後、こんな感じに銃をこめかみに当て。」


男は銃を自分のこめかみに当てる。


「引き金を引く。」


カチャッ!


「こんな感じだ。そうして回していき、実弾を誰かが引き当てるまで続けるんだ。」


(引き当てるまでって事は、必ず私かロジャーさんが死ぬことに!?)


「ちなみに、自分の番の時に実弾が入っていると思う時は自分に向けず、上に撃ってもいい。だが、もし実弾が発砲されなかった場合は、罰ゲームとして死んでもらう。もちろん、俺も参加する。それでは始めよう。」


男は銃に弾を一発だけ込める。


「レディーファースト。」


男はアイザの片手の拘束を解き、銃を握らせるとアイザは銃を見たまま固まってしまう。

見かねて男はアイザの手を取り、アイザのこめかみの方へ銃を動かす。


「さぁ。引き金を引いて。」


男の底の無いような黒い目がアイザの恐怖を増し、涙を流してしまう。


「・・・。」


男はアイザから離れ、ロジャーの後ろに立つ。男は隠し持っていたアイスピックをロジャーの頬に向ける。


「早く引き金を引かないと、この男の頬に突き刺しますよ。」

「———ッ!?!?!」


ロジャーの息が荒くなる。

アイザは震える手で銃の撃鉄を降ろし、引き金を引こうとするが、実弾かもしれない恐怖が襲い、やはり引き金が引けない。


「・・・。」


男は無言でアイスピックをロジャーの右頬に突き刺さす。突き刺さった痛みで、ロジャーは暴れる。


「暴れると余計に痛みますよ?」


ロジャーはアイザに引き金を引けと目で訴えかける。


(本当に刺した!早く引かないと、ロジャーさんが!)


アイザは引き金を引くのも怖かったが、自分がもたつくせいで他人が傷つく場面を見るのはそれ以上に嫌な想いがした。


(引き金を引け!引き金を引け!引き金を引け!)


呼吸は荒くなり、引き金に掛けた指をゆっくりと引く。


カチャッ!


一発目には実弾は入っていなかった。アイザは持っていた銃をテーブルに置く。


「さぁ。次は君の番ですよ。」


男はアイスピックを引き抜き、ロジャーの片腕の拘束を解く。

ロジャーは銃を手に取り、自分のこめかみに当てる。

こめかみに当たる銃口の圧と、頬に感じる痛みを感じながら、こちらを楽しげに見ている男の顔を睨みながら引き金を引く。


カチャッ!


二発目にも実弾は入っていなかった。ロジャーは銃をテーブルに投げ捨てる。

男は銃を手に取ると顎の下に銃を当て、どこか楽し気な雰囲気で引き金を引く。


カチャッ!


「あら?ハズレか。」


三発目にも実弾は入っていない。男は銃をテーブルに置き、アイザに渡す。

自分の方へと渡された銃を見つめ、アイザの死の恐怖は更に強まっていく。


(残り三回。その内の一回に実弾が・・・怖い。次こそ実弾かもしれない。)


中々銃に手を付けないアイザに対して、男はアイスピックをちらつかせる。


(・・・そうだ。早くやらないと、またロジャーさんが。)


アイザは銃を手に取る。最初に持った時よりも重く感じ、震える手に力が入らず、銃を落としてしまう。


「・・・どうしたんだい?」


男は銃を拾い、無理矢理アイザの手に握らせる。そのままアイザの手を動かし、こめかみに銃口を当てる。


「ほら、後は引き金を引くだけだ。」


アイザの手首を掴む力が強まる。


「さぁ。」


男の底の無い瞳から目を離せず、自分の指が勝手に引き金へと動いていく。


(あ、あ、駄目。)


「さぁ、撃つんだ。」


(勝手に指が、動いて。)


「撃て!!!」


男が発した怒声に驚いた拍子に引き金を引いてしまう。


四発目は。


カチャッ!


「・・・ハズレか。残念だったな。」


男はそう言うと、アイザの手から銃を取り、テーブルの上に置いた。


「さぁ、残るは二回分。つまりお前か俺のどちらかが当たりを掴み取る。」


男は銃をロジャーの前まで動かす。


「運はお前に味方するのかな?」


ロジャーは銃を手に取り、銃の引き金に指をかける。すると、銃を自分に向けるのではなく、男に向けた。

ロジャーは恐怖と痛み、そして何よりも男に対する怒りを抱いていた。

二分の一の確率なら、今まで好き勝手やってきたこの男に一矢報いるために自分の番に賭けたのだ。


「いいね~、やるといい。」


男は自らの額を銃口に近付ける。


「さぁ。こっちは準備万端だ。」


ロジャーは、男に対して銃を向けたはいいものの、人を殺すという事に抵抗があり、引き金を引けない。


「どうした?人を殺すのは怖いか?さぁさぁやりなよ。なぁにどうせ俺みたいな屑を殺しても心は痛まないさ。少なくとも、俺は今まで心を痛めたことはなかったぞ?」


男は臆することなくバカにするような笑い顔でロジャーを煽る。

ロジャーの眉間に力が入り、銃を持つ力が強まり震えだす。


「おいおい!そんなに力むなよ。殺すときは何も考えずにただ殺せばいいんだよ。さぁ撃て!撃ってみろ腰抜け!」


未だ迷っているロジャーを鼓舞するように男は声を荒げる。


「殺れぇ!!!」


男の怒声に反応してか、はたまた自分の意志か、ロジャーは指をかけていた引き金を遂に引いた。


カチャッ!


聴こえたのは銃声ではなく、甲高い金属音。五発目にも弾は込められていなかった。


「・・・ハズレだ。残念だよ。お前は選択を誤った。」


このまま銃を渡せば間違いなく殺される。そう思ったロジャーは、銃を男に向けたままもう一度撃とうとする。

男は撃とうとしているロジャーの手首にアイスピックを突き刺す。刺された痛みで銃を握る力が緩んでしまう。手から離れ、下に落ちていく銃を男は掴み、ロジャーの口の中に銃口を入れる。


「お前の負けだ。」


男が引き金を引くと、大きな銃声が部屋中に響き、ロジャーの口から真っ赤な血が流れ出てきた。

アイザは目の前で死んだロジャーを見て、涙を流しながら大声で叫ぶ。


「———ッ!!?!?!?」


口から大量の血を流したロジャーが、虚ろな目でアイザをじっと見つめている。


「・・・さて、彼は死んだが君は、見事生き残った。」


男は立ち上がり、アイザの後ろに立つ。


「おめでとう!と、言いたい所だがね。君だけ生き延びるのもおかしいから、やっぱり殺すことにするよ。」


アイザの後ろで、男は銃に弾丸を込める。


「ッ!!?!?」

「ん?何か言いたげですね?」


男は聞き取るためにアイザの口を縛っていた布を解く。


「滅茶苦茶ですよ!ゲームに生き残れば助かるんじゃ!?」

「逃がすなんて一言も言ってませんが?」

「・・・最初から、私達を殺すつもりで?」

「当たり前だろう?君を生かした所で何の得があるんだい?」


男は銃をアイザの頭に向ける。


「そういえば名前を聞いていませんね。名前は?」

「な、なんで名前を?」

「個人的に君を気に入ってしまったんだ。だから教えてくれよ。」

「・・・アイザ。」

「アイザ。憶えておきますよ。さようなら、次は違う形で会おう。」。


(・・・殺される。嫌だ。まだ、生きていたい。まだシェリルに何も!)


「シェリル―――!!!」


アイザは断末魔の様にシェリルの名前を叫んだ。

男が引き金を引こうとしたその時、ドアから勢いよく飛び出してきたシェリルが男に斬りかかる。


「なっ!?」


男は後ろから斬りかかってきたシェリルに銃を向けるが、シェリルは姿勢を低くしながら近づき、下から斬りかかる。

男は咄嗟に後ろに下がり、剣による一撃を避ける。


「アイザ!無事かい!?」


シェリルはアイザの拘束を解いていく。解放されたアイザはシェリルに抱き着く。


「シェリル!どうしてここが分かったの?」

「船の音や、波の音に混じって銃声が聞こえたから、もしやと思って来たんだ。」

「ありがとう。けど、ロジャーさんが・・・。」


シェリルが死んだロジャーの亡骸を見る。


「ああ・・・間に合わなかったか。」


シェリルはロジャーから男へ視線を移す。男は僅かに切れた服の痕を見て、どこか嬉しそうにしていた。


「アイザ。走れる?」


アイザをここから逃がそうとしたが、度重なる恐怖とロジャーの死に直面したアイザは動くことが出来なくなっていた。


「・・・ごめん。走れそうにない。」

「だよね。」


最悪の結果を回避でき、安堵したシェリルはアイザに笑顔を見せた。すると、突然男が拍手をしながら笑い出す。


「やるね~、あんたがその子の探し人か。」

「それがどうした?」


男はシェリルから香る染みついた血の臭い、殺気を帯びた鋭い眼光に自分に近しい物を感じた。


「・・・似てるな。俺とあんたは同じ存在だ。」

「は?どこがだ。」

「男じゃないって所以外だな。」

「あんたみたいなイカれた殺人鬼なんかと一緒にすんな。」

「いや・・・一緒さ。」


男は不意を突き、シェリルではなく、アイザへ銃を向け撃つ。

シェリルは銃弾からアイザを庇うために前に立ち、弾はシェリルの脇腹に当たる。

脇腹に痛みを感じながら男へと斬りかかり、男はもう一度撃とうとするが、弾を一発しか装填していなかった事を思い出し、銃を捨てアイスピックを構える。

斬りかかってきたシェリルの一太刀を避け、アイスピックを顔に向けて突き出す。頭を傾かせ、突きを躱したシェリルは突き出した男の腕を掴み、背負い投げる。男は壁を蹴り、体勢を整え、男は掴まれていることを利用し、自分の方へ引っ張り、弾が当たった脇腹に膝蹴りを入れる。

後ろによろめいたシェリルの足を引っかけ、倒れ込んだところに勢いよくアイスピックを振り下ろす。

咄嗟に両手で男の手首を掴み、アイスピックを自分から離れさせていくが、男はシェリルの弾が当たった脇腹の穴の中に指を入れ、刺激する。

痛みによって抵抗する力が薄まり、徐々にアイスピックの先がシェリルに近づいてくる。


「がぁっ、くそっ・・・!!」

「ちっぽけな良心なんて捨ててしまえ。戦いは常に冷静に、非情にだ。」


アイスピックはシェリルの目のすぐ先にまで来ていた。その時、後ろから椅子を持ったアイザが男に椅子をぶつけ、意識外からの攻撃による衝撃に男の力が一瞬だけ緩んだ。

その隙にシェリルは男を横に転がし、マウントを取る。

男の胸部分に乗り、両腕を足で抑え、男の顔を何度も殴る。男の顔面は血だらけになり、徐々に意識を失っていく。


「シェリル!もういいよ!」


殴り続けるシェリルを抑え、男から引きはがす。


「落ち着いて!もういいよ!これ以上は・・・死んじゃうよ。」


アイザは暴れるシェリルを必死に抑える。


「アイザ!放せ!こいつはアイザ達を殺そうとした!生かしちゃおけない!!」

「殺しちゃ駄目!」

「アイザはこいつを助けるのか!?」

「・・・この人の事は許せない。ロジャーさんや色んな人を殺した。けど、殺すのは間違ってる!きちんと自分の罪を償わせないと!」


暴れていたシェリルが徐々に落ち着いていく。息を整わせながら倒れている男を見下ろす。


「だから、落ち着いて。シェリル。」

「・・・分かった。」


落ち着きを取り戻したシェリルは、男を椅子に座らせ、拘束に使っていた布で縛る。縛り終わる頃には男の意識は戻っており、顔に感じる痛みや痺れに苦い顔をした。


「街に着き次第、あなたを警察に引き渡します。」

「真面目だねぇ、アイザちゃん。」


縛られている事を一切気にしないようにアイザに話しかける。余裕を見せる男の姿に再び火が点いたシェリルは男の襟を掴み、殴ろうとするがアイザに止められてしまう。


「落ち着いてよシェリル!」

「駄目だ!やっぱりこいつはここで殴り殺す!」


必死に食い下がるシェリルの体を力一杯引っ張り、何とか男からシェリルを引き剥がす事が出来た。

その様子を間近で見ていた男は笑い声を上げながら、三度足で地面を叩いた。


「はぁー・・・君達は見ていて面白いよ。普段は名乗らないが、君達、特にアイザちゃんとは知り合いになっておきたい。俺はネムレス、本当の名前かは知らんが、他人が俺を呼ぶときはこの名前だ。」




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