第5話
「あ、うぁぁぁ!!!」
驚いたロジャーは足を滑らせ、尻餅をついてしまう。
「な、何だよこれ!!!」
「・・・ひどいな。」
「ひどいだと!?ひどいなんてもんじゃない!」
「落ち着けロジャー。」
「落ち着いてられるか!お前は何で落ち着いていられるんだよ!?」
パニックになっているロジャーを無視し、シェリルは吊られている男に近づく。ロジャーはシェリルが遺体に触れようとしたところを咄嗟に止めに入る。
「待て!触るんじゃない!」
少しだけ落ち着いたロジャーはシェリルを部屋の外へと追い出す。
「いいか?今すぐ自分の部屋に戻るんだ。絶対に部屋から出てきちゃだめだ。他の奴らにも知らせないと。こんなひどい殺し方をした奴だ、きっと普通じゃない。さぁ!君たちは部屋に戻るんだ!」
「・・・分かった。」
シェリルはロジャーを部屋に残し、ショックを受けているアイザの手を握り、自分達の部屋へと帰っていく。
自分達の部屋の中に入ると、アイザをベットへ座らせ、隣に自分も座る。
「・・・大変なことになったね。」
「そうだな。」
「・・・シェリルは落ち着いてるね。」
「まぁ慣れてるからな。こういうのは。」
「私は怖いよ。教会で見た変異体と同じくらい。」
「それが普通なんだよ。」
シェリルはベッドの上で足を抱えて座っているアイザの体を自分の方へ抱き寄せる。
「私は色々な場所で人の生死を見てきたから、もう感覚がおかしくなってきてるんだ。最初のころは怖くて足がすくんだのにさ。今はもう、何の感情も浮かばないよ。」
「じゃあ、自分の知人が死んでも悲しくもならないの?」
「どうだろう、分からないな。」
「・・・ねぇ、シェリル。」
「何?」
「もし私が・・・死んだら、その時もシェリルは、何の感情も浮かばないの?」
アイザは真っ直ぐにシェリルの目を見つめながら、問い掛ける。
「君を死なせたら、教会で死んでしまった彼らに申し訳が立たない。それに・・・私の中でアイザは、言葉で言い表せられない存在なんだ。だからきっと、アイザの事は守るよ。」
「・・・そっか。」
二人の間で、無言の時間が流れる。
すると、シェリルは突然立ち上がり、部屋の扉の方へ歩いていく。
「シェリル?どこに行くの?」
「少し喉が渇いたから水をもらってくるよ。すぐに戻ってくるから。」
そう言って部屋から出たシェリルは、先程の吊られていた男の部屋へ向かう。運がいいことに、移動中、誰にも見つかる事はなかった。
男の部屋に入るとロジャーの姿はなく、男の遺体は変わらず吊られていたままであった。
「悪いけど、少し体を触るぞ。」
シェリルは男の体を触り、殺した犯人がどんな奴なのか調査する。
(刺された場所は目立ったところは腹部、それに脇腹を何度も刺されているな。)
(穴から見て、先の尖った細い刃物で刺されたのか。)
(殺した奴は何故腹部にだけ執拗に刺したんだ?)
次は男の顔に注目する。無数に刺された跡がある腹部とは違い、男の顔には刺し傷が見当たらない。
(顔には傷がない。殺した奴は苦しむ男の顔を鑑賞する猟奇的な趣味があるのかも。)
シェリルは部屋の中に置いていたバックの中を開け、男について何か情報がないかと探る。
カバンの中を探ると、男の身分証明書を見つけた。
「カルロス警部補。この男は警察官なのか。警察なら、ある程度の相手なら抵抗できるはずだが。」
部屋の中は争った形跡がなく、部屋の物が散らかった印象はなかった。
「知人に殺されたか、抵抗する間もなく殺されたのか。しかし、何故逆さ吊りにする必要が?」
他に何かないか漁ってみると、開封済みの封筒を見つけた。封筒の中には手紙と一枚の写真が同封されていた。
「手紙と写真か。」
手紙の内容はこう書かれていた。
『手配されている男がロンドに向かうため、船に乗ると情報があった。男を尾行し、何が目的かを調べてほしい。そして可能ならば確保してくれ。奴は凶悪な殺人犯だ。くれぐれも奴に気付かれるなよ。』
「この写真の男が、凶悪な殺人犯か。」
写真には人混みの中で、タバコを吸いながら歩いている白髪の男の姿が写っていた。
「この写真の男に殺されたか。恐らく部屋に忍び込んで不意をつき、殺したのか。」
写真の男の姿に憑りつかれたように見入っていると、気付けば部屋に入ってきてから30分以上経っていた。
「このくらいにしておこう。」
シェリルは手紙を元の場所へしまい、自分の部屋へと戻っていく。
(この船内に手配されていた殺人犯が乗っている。あの写真の男が一人殺しただけで終わるとは限らない。部屋に戻ったらアイザに知らせないと。)
自分の部屋に着き、扉を開ける。しかし、部屋の中にアイザはいなかった。
「・・・アイザ?」
少し時間は戻って、シェリルが男の部屋で調べていた時、部屋にいたアイザは中々帰ってこないシェリルを心配していた。
「シェリル、戻ってこないな。どうしたんだろ?」
戻ってくる気配を感じず、痺れを切らしたアイザは部屋から出ていく。
「水を貰いに行ってくるって言ってたけど。え~と、食堂ってどこだろ?」
当ても無く通路を歩き回り、しばらくすると明かりが当てられた食堂と書かれた札が見えた。
「あそこだ。」
食堂のドアを開けて中を確認する。室内は明かりがついていたが、人影は見当たらない。
「シェリル?」
シェリルの名を呼ぶが、自分の声が響くだけで返答は返ってこない。
綺麗に並べられた机や室内全体を照らす明かりが、人が誰もいないというだけで、どこか不気味に思えてくる。
調理場へと行く扉を開けると、ここも明かりがついていた。
「あの、誰かいませんか?」
アイザの問い掛けに答える者はやはりおらず、ただ無音だけが室内をつつんでいた。
「どこ行ったんだろ?」
調理場から出ようとしたその時、奥の方でぺチャッという音が聞こえた。
「え?」
もう一度調理場の方へ振り返るが、人の姿は見当たらなかった。
しかし、またペチャっという音が聞こえる。
「・・・誰かいるの?」
音は尚も続き、段々と音は間隔が短くなっていく。
「誰!」
音の主は、アイザの問いかけに答えることはなかった。すると、誰かがアイザの後ろから肩を掴んでくる。
「君、ここで何してるんだい?」
振り向くと、茶髪の男が不思議そうな顔で立っていた。
「え?あ、いや。実は調理場の奥から何かの物音が聞こえるんです。」
「音?どこだい?」
音がしている方へ指差す。
するとその男は、何の迷いもなしに音がする方へと歩いていく。
「・・・これは。」
「な、何ですか!?」
男は音を立てていた者を掴み、アイザへ見せる。
「ただの魚ですよ。」
「魚?」
男の手には、逃れようと激しく体を揺らす魚の姿があった。
「どうやってか知りませんが、食材庫から逃げたのでしょう。」
男は魚をゆっくりと水槽の中へと返してあげた。
「魚か、びっくりしたー。」
「・・・ところで、お嬢さんはどうしてここに?」
「実は、私と一緒の部屋にいた人が部屋から出ていったっきり帰ってこないんです。」
「ほぉ。どんな人ですか?」
「灰色の髪の女性です。見かけませんでしたか?」
「灰色の髪・・・ああ、見ましたよ。誰かの部屋の中へ入っていきましたね。」
「本当ですか!?あんな事があった後なのに。」
「ん?あんな後とは?」
「・・・実は、ある部屋の中で、男の人が殺されていたんです。」
「殺された?あなたは現場を見たんですか?」
「はい。少し扉が開いてて、少しだけ中が見えてしまって、そしたら部屋の中で男が逆さ吊りにされて殺されてたんです。」
言葉で説明していくうちに殺された男の顔を思い出してしまい、猛烈な吐き気に襲われる。
「うぅぅ・・・。」
喉から上がってくる物を堪えるように口を手で塞ぎ、しゃがみ込んでしまう。
「おいおい、大丈夫かい?」
「・・・すみません。もう大丈夫です。」
男はしゃがみ込んだアイザに水を入れたコップを差し出す。
「水を飲んで落ち着くといい。」
「ありがとうございます。」
「いいんですよ。それにしても、船の中で殺人事件が起きるなんて。犯人は捕まったんですか?」
「いえ、まだこの船内にいるはずなんです。」
「それなのに君の連れは部屋から出ていったのかい?」
「はい。まだ知り合ったばっかりなんですけど、なんというか、予測不能な人なので。」
「予測不能・・・私と気が合いそうですね。」
男はしゃがみ込んでいたアイザを立たせる。
「さぁ!君の同室の女性の所へ行きましょう。」
二人は食堂から出ていき、アイザは男がシェリルを見たという部屋へと案内される。
「そういえば、あなたはどうして食堂に?」
「少し探し物を。」
「探し物?何を探してたんですか?」
「それはね。」
目的の部屋の前まで来ると、男は部屋の扉を開け、アイザを入れる。
部屋の中へ入り、部屋の中に入ったシェリルを探す。だがそこにはシェリルの姿はなかった。
その代わり、その部屋には口に布を巻きつけられ、頭から血を流したロジャーが椅子に縛られていた。
「・・・ロジャー、さん?」
「———ッ!?!?!」
ロジャーは何かを訴えかける様に声を出すが、布が巻きつけられているため何を言っているのかが分からない。
混乱していると、後ろにいた茶髪の男が、アイザの耳元で囁いてきた。
「君を探していたんだよ、お嬢さん。」
後頭部に強い衝撃を感じ、アイザはその場に倒れてしまう。
「・・・。」
男はアイザの体を持ち上げ、ロジャーの前にある椅子に座らせる。
「———ッ!!?!?!」
男はベットに座り、被っていた茶髪のカツラを取り、真っ白い髪をあらわにする。ポケットに入れていたタバコに火をつけ、ベットの上に置いていたカバンからリボルバーを取り出す。
「———ッ!?!?!?」
ロジャーは拘束から逃れようと必死にもがく。しかし、ぎっちりと縛られていたため逃げることは出来なかった。
「・・・慌てるなよ。始めるのはこのお嬢さんが起きてからだ。」
男はタバコを口に咥えたままゆっくりとロジャーに近づく。
「だから今は、楽にしてな。」
持っていたタバコをロジャーの傷ついた頭に押し付け、激痛で、ロジャーは体を激しく震わせる。痛みに苦しむロジャーの表情を見ながら、男の口角がゆっくりと上がった。
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